落語 得手不得手

紫 李鳥

落語 得手不得手

 


 えー、秋風亭流暢しゅうふうていりゅうちょうと申します。


 一席、お付き合いを願いますが。


 ここで、お決まりの小話を一つ。


 えっ! ゆんべの台風で布団が飛んでったって?


 そうなのよ、ふっとんだのよ! 亭主の布団だけ。


 ま、なんで亭主の布団だけなのか、その辺は、さて置きまして、台風には気ぃつけてぇもんですな。ついでに亭主まで吹き飛ばされる可能性がありますからね。


 ま、亭主がどっかに吹き飛ばされて喜ぶ奥方も、中にゃいるかもしれませんが。


「クッ。台風と共に亭主まで去っちまってさ、左遷させんみてぇにド田舎にでも飛ばされちまったかね? “台風と共に去りぬ”なんちゃって。クッ」


 って、悲しんでんだか、喜んでんだか分かりゃしねぇ。


 ま、何事も紙一重ではありますが。


 えー、季節柄、台風とは関係ねぇんですが、でいく(大工)の話でして。


 えっ? 久しぶりの高座だなって?


 へ。小説の語りやらをちっとばっか頼まれましてね、あっちこっち引っ張り凧だったもんで。


 本業のほうがおろそかになっちまって、ホント申し訳ねぇ。


 ってことで話を続けさせてもらいますが。




 でいく見習いの佐吉には、どうしてもうまくできねぇことが一つありましてね。


「佐吉。何べん言ったら分かるんでい。これを見ろ、ガタガタじゃねぇか。なんで、真っ直ぐ平らに削れねぇかな……」


「……わカンナい」


「ッ。駄洒落だじゃれなんか言ってる場合じゃねぇだろ」


「……すんません」


金槌かなづち持たせても、のこぎり持たせてもうめぇのに、なんでかんなだけは下手くそかね……」


「……わカンナい」


「こんなデコボコじゃ、隣同士フィットしねぇだろ? 見ろ、隙間だらけじゃねぇか」


「♪隙間だらけのテーブルを~ををを……へぇ」


 棟梁とうりょうに叱られた佐吉はしょんぼりするってぇと、鉋を巧く使えねぇのがよっぽど悔しかったのか、恨めしそうに鉋の出っ歯を睨み付けた。


 そんな時だ。母ちゃんの作ったうどんを食べてると、


「ほらよっ、これをかけるとうまいぞ」


 母ちゃんが削り節をパラパラと散らした。


「アッ! これだっ」


 突然、佐吉がでっけぇ声を上げた。母ちゃんは驚いた拍子に削り節を佐吉の頭にばら蒔いちまった。


「ビックリした。なんだよ、でっかい声出して。見ろ、お前にふりかけちまったじゃないか」


 手ぬぐいで佐吉の頭の削り節を払った。


「なんで、カンナがうまくできねぇか、理由が分かったんだよ」


「で、その理由って?」


「鰹節のせいだよ」


「鰹節がどうしたんだよ」


「あれは、おいらが八つの時だ。トビの父ちゃんが足場から落っこちて死んじまって、なんも食うもんがなくてさ。そんな時、鰹節を毎日毎日食わされたことがあっただろ? カンナで削るたんび、そのカンナくずが、鰹節の削ったのと似てっからさ。たぶん、それがトラウマになってたんだよ」


「……そうだったね。鰹節ぐらいしか食うもんがなかったっけね。お前には苦労かけたね」


 母ちゃんは当時を思い出して、うどんと一緒に鼻水もすすった。


「苦労なんて思っちゃいないさ。ただ、カンナくずを見ると、死んだ父ちゃんを思い出しちまうんだよ。……たぶん」


「……そうだったのかい。すまなかったね、お前の気持ちも知らないで、鰹節なんか削っちまって」


「いいってことよ、鰹節に罪はねぇからな。ズルズル……。ん、うめぇ」


「どれ、ズルズル……。うむ、ちっとばっか薄かったかね?」


「なーに、おいらのは涙が一滴入って、いい塩加減よ」


「ズルズル……。あ、ホントだ。母ちゃんのにも一滴入ったからいい塩梅あんばいだ」


「ハハハハ」


「ムスコムスコ」



 どうでい、いい親子じゃねぇか。こちとらも泣けてくるぜ。グスッ。



 えー、ってことで、不得手の原因を解明した佐吉だが、苦手だった鉋は克服できてっか?


「おう、うまくなったじゃねぇか」


 棟梁が感心した。


「死んだ父ちゃんが鰹節好きだったのを思い出して」


「……?」



 ま、棟梁にはなんのことだかさっぱりだな。“得手不得手えてふえて”も読みようじゃ、何かを【得て、増えて】いくもんじゃねぇのかなぁ? 何が増えるかは人それぞれだ。


 ってぇことで、不得手を克服するにゃ、まず、苦手意識の原因究明だ。そして次に、真相解明したら、それを得意分野に繋げるために、頭をプラス思考に切り替えるこった。


 なー、そうすりゃ、おのずと道がひらけ、不得手を克服できるってぇ寸法よ。


 けど、そうは言っても、そんな理屈どおりにはいかねぇって。さっきも、苦手な師匠に叱られちまってさ。


「おめぇは、何べん言っても下手くそだな」


 って。どうせ高座のこったろと思ったが、取り敢えず、


「何がですかぃ」


 って訊いたら、


「決まってんじゃねぇか、師匠の俺を立てんのが下手くそだってぇの」


 って言うもんで、意味が分からねぇでいると、


「最近、おめぇのほうが売れてんじゃねぇかよぉ、も~」


 って、子供みてぇに駄々をこねましてね。


 だから、演目をもじって言ってやったんですよ。


「師匠から良き落語を【得て、増えて】きたんですよ、良きお客様が」と。






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____幕____

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