もっと自分のことを正しく知ってからオススメしろ!

ちびまるフォイ

あなたへあなたじゃないオススメ

『個人情報を管理するサーバーが何者かに攻撃されました。

 発表によるとすでに復旧しており、とくに影響ないとのことです』


つけっぱなしのテレビからはハッキング被害のニュースが流れていた。

とくに気に留めるでもなく、テレビの電源を切ってコンビニへ向かった。


「お腹へったな」


店内に入るとまっさきに目に入ったのは化粧品売場だった。


「……あれ配置変わった?」


いつも買うものはだいたいいつも同じようなルートで棚に向かう。

なのに棚の配置を変えられては店内を探すことになる。


「もうめんどうだな……カップ麺売り場はっと……」


10分ほど店内をぐるぐる回り続けていた。

店員には万引きするんじゃないかと思われている気がする。


それでもカップ麺売り場の棚は見つからない。

コンビニでこんなことがあるのかと信じられなくて何度も確かめた。


「あ、あの! カップ麺売り場が見当たらないんですけど!?」


「え? ああ、バックヤードにありますよ」


「なんで隠すんですか!」


「うちの店、お客様の情報に合わせて店内の棚が自動で動くんです。

 お客様がよく買うものとか、興味のある商品の棚はバックヤードから出てきますよ」


「はぁ!? なんでそんなことを!」


「お客様それぞれにフィットしたコンビニが今じゃ普通なんですよ」


バックヤードに向かって、なんとかカップ麺を手に入れた。

たかだか昼食を買いに来ただけなのにこんなにも労力を消費するなんて。


「お会計、300円になります。ポテトをつけますか?」


「いりません」


「レジ袋とポテトはつけますか?」


「どちらもいりません」


「レシートとポテトはつけますか?」


「だからいらないって! なんですすめるんですか!」


「あなたのデータ的にポテトは毎回買ってるから、買わないほうがめずらしいんですよ」


「そんなわけあるか!」


否定して叫んだとき、頭の中で今日見たニュースがよぎった。


「個人情報のサーバーが攻撃されたって、まさか……」


自分に紐づくデータが別の人と混線してしまったんじゃないか。

まるで自分に興味のないものばかりがおすすめされてくるのも説明がつく。


「……しばらくは不便な生活になりそうだな」


おすすめされるだけであって自分の行動が制限されるわけではない。

そのときは気にも止めていなかったが、変化は日常へとじわじわ干渉してきた。


「なんだよこの通知の数……!」


スマホを見ると大量のメッセージが届いていた。

飲み会の誘いがほとんどで、クラブでパーティなどの誘いもある。


「こんなパリピの集いに参加するわけないだろ!」


断っても「からの~?」などがコメントされるので面倒くさい。

やはり自分のプロフィールが間違って他の人とすり替わってしまっているに違いない。


「なんとか治す方法はないのか!」


自分の手で自分のデータを書き換える方法を探してみるが、

ネットで出てくるのは海外のイケメンサーファーの情報やまるで興味ない動画配信者の映像ばかり。


いくら検索エンジンの森をさまよったところで答えは見つからない。

見つかるのは猫の動画ばかり。


「ちくしょう! 俺じゃない誰かに最適化されて、答えにたどりつけねぇ!!」


自分が欲しい情報ではなく、自分に見せたい情報ばかりが画面を占める。

これじゃらちが明かない。腹を決めて個人のデータを管理している会社へと突撃を決めた。


「こうなったら自分の手で自分のデータを正しく治してやる!」


データ会社の場所を調べようと地図アプリを立ち上げた。

近くの美味しい飲食店や、夜景のキレイなスポットがおすすめで表示される。


「ああもう邪魔くさい! 俺が知りたいのはそんなことじゃないんだ!」


データ会社の情報を調べてみても、名前の似ている別の夜景スポットが検索結果に出てくる。

これでは場所がわからない。


しかたなく半世紀ぶりに紙の地図を買うことにした。

おすすめされたポテトを断ってなんとかデータ会社にたどり着くことができた。


「あの! 俺のデータが間違っているので直してください!!」


「データが間違っている? そんなはずありませんよ。すでに不具合は復旧しています」


「間違ったまま復旧したって言ってるんだ! とにかく俺のデータを直させてくれ!!」


名前や住所をはじめ知りうる自分の個人情報を求められてないのに暴露した。


「わかりました……データ探してきます」


職員は明かされた個人情報をもとに、その人物のデータを持ってきた。


「あなたの個人データはこちらになります」


「なんだよこれ!? めちゃくちゃじゃないか!!」


趣味はサーフィン、週末は中のいい友達と飲み会。

肌の手入れには人一倍に気を使っていて、職業は美容師。


自分の大好きなゲームのゲの文字すらない。


「それがあなたのデータです」


「これ間違ってますよ! 明らかに他人です!!」


「はあ、そうですか。だからどうしたんです」


「なんだって?」


「100歩ゆずってこのデータが別人のものだったとして、それが何なんです?

 もしかしたらサーフィンだって始めてみたら楽しいかもしれないじゃないですか」


「ふざけるな! こっちは間違ったデータを消せっていってるだけじゃないか!」


「あなたは知らないようだから言っておきますが、このデータは資産なんです。

 これだけの趣味・趣向、行動パターンから検索履歴まで残る情報は

 いまたくさんの企業で高値で買い取られている大事な資産なんですよ」


「……はぁ? だから何だって言うんだよ」


「自分のデータが間違っているから消せ、というのは

 我々の大切な財産をこの場で捨てろと言っているようなものなんですよ」


「それはそっちの都合だろ!」


「ええそうです。ですがすでにあなたの行動情報はすでにたくさんの場所で売り買いされました。

 消すとなると、他の会社にも賠償しなくちゃいけなくなるんですよ」


「そんなこと……」


「問題はシンプルです。あなたがこのデータに合わせればみんな丸くまとまります。

 そうでしょう? なんでそんなに正しい自分のデータでありたいと思うんですか」


「俺にデータに合わせろっていうのか!」


「その方法が誰も不幸にしないスマートなやり方なんですよ。

 趣味・趣向なんて人間はいくらでも変えられますがデータはそうもいかないんです」


男の言うことも理解できるが、頭で理解したことを心では拒絶反応を示していた。

そして、俺の体は頭よりも心が主導権を握っている。


「断る! 俺はデータや機械に合わせて、自分らしさを手放したりしない!!」


「ああそうですか。ならデータ消去にかかる費用はあなたが負担してくださいね」


「うっ……」

「嫌ならあなたがデータを受け入れてください」


「だ、だったら! 俺が今から自分の個人の趣味・趣向をすべてここで書き換えてやるよ!!

 それなら文句ないだろ!? データを消すわけじゃないんだから!!」


「本気ですか。このデータにはあなたがお風呂に入ったときに、体のどこから洗うかまで細かいデータもあるんですよ」


「俺じゃない別人で扱われるよりはずっといい!!」


データの改変作業は夜通しで行われた。

自分でも意識していないような自分の癖も改めてデータに登録し直した。


「お……終わった……。これで文句ないだろ。あんたも資産を失わず、俺も本当の自分にデータを直せた」


「そうですね。では今後はこちらのデータで最適化していきます。

 しかし、もったいないですね」


「もったいない?」


「あなたの以前のデータだったら、恋人相談所でたくさんの美人におすすめされたのに。

 今の本当のデータでは誰にもおすすめが届かなくなってるんですよ」




「……すみません、ひとつ大事な自分のデータ記入を忘れてました」


俺は改めて自分のデータを書き換えた。


「俺はとんでもない嘘つきってこと、書き加えておきました。

 プロフィールには趣味はゲームなんて大嘘ですよ! はっはっは!!」


週末にはナイトプールでサーフィンの予定をすぐに入れた。

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