第27話 2日目 思い

 



 林間学校二日目の夜は、キャンプファイヤーだ。

 フォークダンス的なアレもあるようだが、パートナーはおろか友人すらいない俺には無縁のイベントであり、遠い世界の絵空事である。


 何より、仮にも自分がリーダーを務める班に負傷者がいるのに、そんな余興にかまけていられない。

 つまり俺は、雪峰ゆきみねに対して二重の責任がある。


「まだ、痛むか?」

「もうだいぶ良くなった感じ。腫れてもいないし」


 よかった。

 つか捻挫ねんざした左足首を持ち上げて、これ見よがしに俺に向けるな。

 あとその格好な。

 いくらなんでも、そのショートパンツは無防備過ぎるだろ。

 ふと、夕方の大門だいもん先輩の言葉がよぎる。


 ──あいつ、しつこいのよ。


 あの時現れた三年生、瀬戸せと先輩を評した言葉。

 やけに実感がこもったその言葉が、その時の大門だいもん先輩のうんざりした顔が、米粒ほどの不安を増大させる。


 雪峰ゆきみね明里あかりは、曲がりなりにも今は俺の弟子を名乗る女の子だ。

 その弟子に何かあったら、俺は──


「師匠……なんか怖い顔してる」


 ──どうする、のだろう。


 じっと俺の顔を覗き込む雪峰ゆきみねから視線を外して、窓の外を見る。

 さすがにキャンプ場最奥に位置するここからでは、キャンプファイヤーの灯りは見えない。

 微かに届く声だけが、その炎の存在を示すに過ぎない。

 キャンプファイヤーには岩谷いわや大門だいもん先輩、そして一年の新井が行っている。

 羽生はにゅうエマは、ウォークラリーをリタイヤしたきり姿を見せていない。


 そして昨夜されたという、雪峰ゆきみねへの告白。


 ……考え過ぎだろうか。

 すべてに違和感を覚えてしまう。


 それとも普通の高校生にとっては、これしきの出来事は日常の一部なのだろうか。


「な、なあ、雪峰ゆきみね

「なんですかー」

「昨日お前に告白したっていう男子って──」


 言いかけて気づく。

 これは、越権行為だ。

 師匠だからと踏み込んではいけない領域。

 またしても俺は、そこに足を踏み入れようとしていた。


「すまん、忘れてくれ」


 両手で顔を覆った。

 今の俺がどんな表情をしているかは分からない。けれど、なんとなく今の顔を雪峰ゆきみねに見られたくない。


 かっこわるいな、俺は。


 自ら閉ざした視界の向こう。

 かすかに衣擦れの音がする。

 次第に大きくなって。


 音が止んだ。


「師匠、安心して」


 何を?

 なぜ?

 頭の中にハテナが飛び交う。

 しかしそのハテナも、突然感じた温もりにいとも容易くかき消された。


「私、他の人からの告白は、全員断わるつもりだから」


 ちょっと待て。

 意味が分からない。

 他の人?

 誰のほか、なんだ?

 つか何故。

 何故俺は、雪峰ゆきみねに抱きしめられているんだ。


「だから、安心して」


 意味が分からない。

 筋さえ通っていない。

 その筈なのに。

 雪峰ゆきみねの言葉は胸の隙間を縫って、みてくる。

 安心してしまう。


 ああ、そういうことか。

 今までは無縁過ぎて、気づかなかった。

 一人で何でもやってきたから。

 ソロキャンプにのめり込んだのも、一人でいたいから。

 誰にも邪魔されず、誰も気にせず。

 そうして平和な日々を過ごしていたかったから。


 しかし、気づいた。

 気づいてしまった。


 雪峰ゆきみねとのデイキャンプ練習。

 こいつは、何でも真剣だった。

 真剣に、楽しんでいた。

 俺は、そんな雪峰ゆきみねの上達が嬉しくて。

 相変わらずファイヤースターターだけは下手だけど。

 それも何処か安心できて。


 もう、認めてしまえよ。

 認めれば、ラクになれる。


 そうだ。

 そうだよ。


 俺は、雪峰ゆきみねに関わりたいのだ。

 影響したい。

 尊敬されたい。

 すごいと思われたい。


 雪峰ゆきみねの前では、いつも「出来る自分」でありたい。


 他者からの影響を嫌ってきた俺が、雪峰ゆきみねには影響したいと思っている。


 我がままで、独善的。


 なんだよこれ。

 全然理想の自分じゃない。


 けれど、その裏の心理は分かってしまった。


 俺は、雪峰ゆきみね明里あかりに、嫌われたくないのだ。


 だから、関わる領域テリトリーを決めていた。

 あくまでキャンプというひとつのジャンルのみの、師匠と弟子。

 そこだけの明確な関係性に特化させようとした。

 自分の中に枠を作りルールを作り、それを厳格に守る事で防御壁とした。


 だけど、そんなもん。


 雪峰ゆきみねに抱きしめられて、吹っ飛んだ。

 なんてあっけない。


 結局、俺なんてそんなもんだ。


 弟子入りを懇願こんがんされて、いい気になって。

 でも嫌われるのは怖くて。

 いつか雪峰ゆきみねに愛想を尽かされるのが、不安で。


 ダメな自分を見せたくなくて。


 そんな恐怖も不安も、全部包み込まれて。


 ああ、勝てない。

 もう認めろ。

 師匠と弟子の関係だけでは満足出来ないと。

 自分で作ったルールすら守れないと。


 だから俺は。


「……誰に、告白されたんだ?」


 断崖絶壁から、一歩を踏み出す。

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コミュ障ソロキャンパーの俺の弟子っ娘は、ビッチと噂のギャルでした 若葉エコ(エコー) @sw20fun

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