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「……間に合った」
《私立結豪学園中等部 入学式》と書かれた看板の前にしてつい独りごち、立ち止まった。すこし上がった息のせいだけでなく胸を上下させる。
そう、間に合った。わたしは賭けに勝ったのだ。いつまでも迷子になって途方に暮れているばかりの御影縁ではないのである。思わずそっとガッツポーズをすると、辺りの明るさに不似合いに濃い影が、不満げにギョロリと赤い瞳を動かす。
『なぁにが「間に合った」だ、オレのお陰だろうが。感謝しろ!』
その通りだ。入学式なのに迷子になったわたしが無事に、それも余裕を持って辿り着くことができたのはこの、わたしの影にいるアヤカシモノ──影吉のお陰だった。まるでわたしひとりの手柄のようにしては、彼が不満に思うのも最もな話である。感謝しなくては。
「ありがとう、影吉」
『……そういうとこは素直なんだよな、おまえ。つか、だからオレぁ影吉なんて名前じゃねぇっつってんだろ』
「……影吉は、影吉」
『いや、だからそれが違うって言ってんだよ、こっちは』
いい加減、認めてくれてもいいと思う。わたしが初めて彼を『影吉』と呼んだのがたしか幼稚園児の頃だから、つまりはかれこれ十年以上も同じやり取りを続けていることになる。荒い口調に反して諦めが悪すぎるし、根気強い。つまりはそんなにその名前が嫌なのかと思うと落ち込むが、それとは別の理由らしい。安直なのは幼稚園児のネーミングセンスであって仕方ないので、それについては安心する。
──なので、わたしも諦めない。そっちがそのつもりなら、こっちも応じるだけだ。近いうちに「参りました、オレは影吉です」って言わせてやる。覚悟しろ。
「……えっと、わたしたちはF組だから……こっち?」
『おい、ユカリ』
「……なに」
『間違ってんぞ。どう見ても体育館はあっちだろうが』
「…………もういや……」
ポケットに入れていた入学式のしおりの地図ではなく目の前を見れば、影吉の言う通りさっきわたしが指した方向は見当違いも甚だしかった。思っていた反対の方に楕円の屋根の大きな建物が見える。情けなさすぎて逃げ出したい。これから入学式なのに。
『それにしても、私立だってのにおまえがF組……順当に行きゃ、六クラスもあるってか?』
「……どうだろう?」
『なんだよ、なんか言いたげじゃねェか』
「だって影吉、このプリント──ABCFって書いてある」
「そう、この学園は四クラスだ。そんでもって、F組は今年からの新設ときた。……まあ、他クラスどころか上の学年にまで奇異の目で見られるのは避けられないだろうな」
「ま、俺もだけど」と肩をすくめてその人はわたしに──そして、わたしの
「ようこそ、F組へ。俺はカイル」
よろしくな、とその人──カイルさんはどこか慣れていなさそうにそう言ってこちらへ手を出して、それから引っ込めた。グレースケールのような灰色の瞳がきらりと光る。
「……あー、日本ではそんなに握手はしないんだっけ? 悪い、困惑させたな」
「いえ……」
日本では、というのはつまりカイルさんは日本人ではないのだろうか。……というか何者で、そしてわたしに何の用があるのだろう。せっかく迷子を乗り越えたのに入学式に遅れるのは嫌だ。
『……おい、おまえ混じり物か? 珍しいこともあるもんだ』
「ん。まあそーだけど……俺以外にその《混じり物》ってやつ、言わない方がいいぞ。最近はそういうの、結構うるさいからな」
「……あの、お話し中すみませんが、結局何の用なんですか?」
なんか重要なことを言っていた気はするが、内容はあとで影吉に聞けばいいので気にしない。それよりも入学式だ。
「ああ、ごめんごめん。実は俺がF組の担任でさ、御影を迎えに来たんだよ」
「わざわざ担任が……?」
「……あれ、もしかして気付いてなかったのか。今日はF組の説明会で、入学式は明日だぞ」
「……え?」
『……は?』
……………………え?
じゃあ正門のところにあったあの看板、なに?
真夜中のパ・ド・ドゥ 冬村窓果 @Rail47
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