機械娘、姉弟のために平成町に住まう

第35話

「ん、ん、んー!」

 夏の空に、外ではしゃぎ回る子供たちにも負けないぐらいの元気な声が響いた。

 声の発生源は、とある町にある、小さな一軒家。その一軒家の二階にある、何年も閉まりっぱなしだった窓が開いており、そこからその声が聞こえてきていた。

 そして、その声の主と思われる人物が窓から顔を出し。

「あー、自然の風、この命の匂い、――――本当に最高ですね!」

 その人物、白い髪の女性、エントはこの町の夏を心から楽しんでいるというような笑顔を浮かべた。

 窓から顔を出し、そこから見える町の景色をエントは微笑みながら見続けていたが、暫くして。

「……縁果さん、起きないなあ」

 エントはそんな言葉を呟いた。

 縁果という、身体の本来の持ち主がしっかり目を覚ましさえすれば、エントは自分のいた別の地球に戻れるというのに、エントがこの身体に入ってから一週間が経っても縁果が完全に覚醒する気配はなかった。

 けれども、とエントは前向きに考える。エントは今、縁果の弟である陸と一緒に縁果が覚醒しやすい状態の傾向を探っており、その成果はきっと近いうちに出るだろうとエントは思っているのだ。

「どういう偶然か、はたまた必然かはわかりませんが、私はこうして此処にいるのです。身体を借りているお礼も兼ねて、縁果さんも陸さんも幸せになれるよう、私が一肌脱ぎます!」

 そして、エントはこの家に住む姉弟のために、全力を尽くすという覚悟を声に出した。

「それに、ここでの生活はとても楽しいですし、不満も何一つ……、あー……不満は、せいぜい、陸さんたちが未だに私を別の地球から来た存在だと信じてくれないことぐらいですかね」

 私を二重人格か何かだと思っているみたいなんですよねー。と、エントは陸たちが傑作機エントの存在を認めてくれていないことを、ほんの少しだけ不満に思っていたが。

「……」

 けど、それはそれで良いのかも知れない。と、エントは思い直した。

 彼らにとって、自分は夢幻。エントという存在は、一夏の不思議な話で終わるのまた、悪くない。と、エントは考え。

「……だから、この夏の間に起きてくださいね、縁果さん」

 と、エントは胎内にいる赤子に話しかけるように呟いた。

「ま、それはそれとして……」

 その呟きの後、エントは自分の思考を切り替えるために再び声を発したが、家の電話が鳴ったことに気づき、言葉を止めた。

 そして、一階で誰かが電話に出て、電話に出た人物は受話器を置くとすぐに。

「おーい、エント。夢岸と因幡が準備できたって連絡がきたぞー」

 二階にいるエントに大きな声で呼びかけた。

「はーい! 今、行きまーす!」

 そして、その声に返事をしたエントはすぐに窓際から離れて。

「縁果さんが目覚めるその時までは、私も全力で――――この生活を楽しみます!」

 とても楽しそうな笑顔を浮かべたエントは、勢いよく部屋から出て、階段を駆け下りていった。



 この町、平成十年町の夏はまだ始まったばかりである。

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アンサー・ヴァルテン~機械娘、平成町で引きこもりの姉になる!~ 獏末カナイ @kanai

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