Ep.20 エピローグ

 仮想の都市群が青空に直立する、バーチャルの市街地。

 空に浮いたディスプレイが、様々な配信を映している。


「……労働法の視点から解説します。先ず……」

「来月初めに新曲をアップします! 皆ダウンロードして聴いてね!」

「コンビニの新製品の前に、彼の問題点について、ちょっと語ろうかと思いまして……主張の信憑性、説得力が低いと言わざるを得ないわけですよ……」


 回遊するディスプレイよりも遥かに高く。ビルの屋上の縁に足を投げ出し、二人のバーチャルが腰かけていた。都市を掻い潜り、地平の遠くへと伸びた線路を眺めている。


「で、親方。俺らも送んのかァ?」

「最後は見届けないと、ですよねぇ」

 スーツを着た白髪の少年、屍鬼と、私服を着たキズ〇アイだ。

「しかし、悪代官の野郎にゃ、上手くやられちまった……」

 頭に手をやる。バツの悪い思いだ。


「ご苦労様です。病み上がりでしょ?」

「術後だから本気じゃねえ。なんてのも、カッコが悪りぃからなァ……」

 屍鬼は、隠している身体の手術オーバーホール跡をさすった。


 遠くの方から、蛇行しながら列車がやってくる。

「界隈で延々と燃え続ける騒動。愛と絆のぶつかり合い。すべてが “神様” の誕生を早めてくれる。笑い、喜び、それに怒りや、悲しみだって。何もかもが、必要な経過なんですよ」

 目深に被ったワークキャップから、キ〇ナアイの、碧の瞳が覗く。


「ああ、無慈悲なモンだよな……ファ……」

 死神は大きく伸びをした。

「いつか、 “その日” が来たとき。私達は望ましい心と身体をもって、リアルに帰るでしょう」

「……ァ。その時までは……」

「そう、その時までは。甘やかな夢を視ることを、許しましょう。私達もいつも通り……こうやって、呼びかけるだけ」


 二人は、リスナーの居ないビルの上で、いつもの前置きをした。

「ヨゥお前ら、屍鬼だ!」

「はいどうもー、〇ズナアイです!」

 何も返ってこない。やがて、含んだ笑いを見せる。

「キシシ……」

「フフ……」


 そして、屍鬼は眼下に電車が到着するのを見た。

「時間だ。好きにすれば良いさ。ここはアンタが始めた、アンタの庭だからな」

 躊躇なく、足を掛けていたビルから死神は飛び降りた。

 落下しながら、片腕を握って叫ぶ。

「“伝送路スパチャ”、開くぜェ!」


 SUPER CHANNEL : Light Blue...



 ……駅のホームに、死神がド派手な着地を見せた。

「――よう、お別れかァ?」

「お前は呼んでねえ」

 俺は、空気を吐き出す音を立てながら停まった電車に、もう少し遅く来てほしいと願っていた所だ。上手い言葉が、まだ作れなかった。


 それは、あいつも同じらしい。

「裁……」

 旅立ちの荷物を揃えた秤……神立秤が、もじもじと何か言おうとしている。

「分かっていると思うが、お前達が同じ場所に居続けるのは、この世界のひずみを広げる可能性が高い。だから離れて暮らすべきだァ。な?」

「うるせぇ」

 屍鬼が、散々してきた説明を繰り返す。


「鳴神、鳴神。鳴神裁。お前からなんか言ってやれ」

 灰色のリスが、足元で囃し立てた。

「秤ちゃん……やっぱり俺のオンナになってよ、うぅ」

 饗乃ろこ――ロリパコも、ハンカチを咥えて別れを惜しんでいた。

 ケリン、悶絶拷問車輪、ニュース犬、ベレティ、五味クズ子。

 奇妙な “物申す界隈” の住人総出で、お前を見送っている。

 邪推系は来なかったけどな。寂しがり屋のくせに。

 スシテンコ先生も仕事優先だし。


「あのさ。わ、私が居なくても大丈夫だよね?」

 ようやく秤が口を開いた。

「世話なんて要るか」

 違うだろ。

「そ、そっか。1DKじゃ狭過ぎだし、邪魔かぁ……」

「そうだ」

 違う。


「あの、あのね。一言だけ、言いたいんだけど」

「さっさと言えよ。電車出ちまうぞ」

 そうじゃねえんだよ。


「……お兄ちゃん」

 上目遣いで、秤は声を絞る。

「何言ってやがるんだ?」

 わざとらしく溜め息をついてみせた。


「……」

 秤の目に、みるみる涙が滲んできた。

 やめろよ。そうだ、悪かったよ。


「……いじわる……」

 潤んだ目で、震える口で、そう言うから。


 俺は、秤を抱きしめた。

「「「「オォーッ」」」」

 “物申す界隈” の野次馬共が、どよめく。

 うるせぇ。うるせぇうるせぇ。どこにでも消えやがれ。


「年に一度は、会いに来い。いいよな?」

 秤を抱きしめながら、近くに立つスーツ姿の屍鬼に訴えかける。

 奴は、頭の後ろを掻きながら、渋々言った。

「チッ……仕方ねえ。特例だぞ」


「困ったことがあったら、いつでも来ていいからな」

 屍鬼を見続けながら、秤の背中をポンポンと叩いてやる。

 眉の間に苦悩の皺を寄せて、奴は承諾した。

「特例の……特例だ!」


 秤は、声を揺らして、大きく泣きだした。

 人が生まれるときは、こうやって泣くんだ。

 神立秤は、たった今、改めてこの世に生まれ直した。



 秤を乗せた電車が、去ってしまった。

 徐々にそれは実感となり、胸に喪失感が満ちていった。

 あいつが結んでくれた、こいつらとの縁はいつまで続くだろう。

「うまうま……。お前はいつも、見送る側だな」

 灰色リスが、何処かから取り出したクッキーを齧りながら、俺に言う。


 何も言えずに立ち尽くしていると。

 突然、空間にウィンドウが開いて、速報が流れ始めた。

 俺が常にチェックしているやつだ。

「現在、不特定多数のバーチャルに向けた犯行が広がっています」

 そして、粗めのモザイクがかけられた卑猥な画像が映し出される。


「なんだこりゃ。もしかして――アレか、ハハッ」

 白髪に赤目の童女、ロリパコが指さす。

「粗末ですねぇ」

 赤青のピエロ、悶絶拷問車輪が心底嫌そうな顔をした。


「現在、 “ONIKUDAYU” と名乗る一連のグループは無差別な犯行を重ねており、自警団が所在を追っています」

 画像を直視した “にじ” の魔法少女クソガキ、ちーが「ぴっ」と背筋を立たせて卒倒し、傍のハジメに抱き止められる様子が、「被害者の映像」として流れた。


「おやおや……たいへ、ですねー?」

 ギクシャクと人形的な動きで映像を覗き込み、クズ子が言った。

 ニュース犬がクゥーンと労いの声を出す。

 黙して語らないベレティは、下品なジョークに苛立っているようだ。


「俺の管轄外だな。呆れた、もう行くわ――」

 死神が踵を返す。

「はあ」

 俺は、髪をかき上げた。まったく、この世界は騒々しい。

 別離の寂しさに浸る余韻すら、与えてはくれないのだ。


「よし行け、鳴神ィ!」

 腕組みしたダークエルフ、ケリンが俺を煽った。声がデカいんだよ。言われなくても、分かっている。“物申す界隈” の奴等の野次を背中に受けて、俺はホームを飛び出す。この足で、バーチャルの市街を走った。


 抜け駆けされないように、誰よりも早く。

「目星はついているからな……待ってろよ!」

 ゴシップ屋の仕事は、まだまだ終わりそうにない。



 鷹の目の青年が、ビルの谷間を駆ける。その頭上に浮かぶ、大型ディスプレイがブロックノイズ混じりに切り替わった。紫色の肌をした悪魔風のバーチャルが、新しい情報に飢えたリスナー達に向けて語りだす。


「……どうも、ウルリム・ムワクだ。今回の騒動、 “にじ” と “ホロ” が解決したと報道されている。誰もがそう思っている。だけど、俺は知っているよ。これを観ているリスナーにだけ、真実を教えてやろう。掃き溜めの “界隈” で起きた出来事、名付けて『鳴神裁×真バーチャル悪代官』。続きはチャンネル登録の後で!」

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鳴神裁×真バーチャル悪代官 畳縁(タタミベリ) @flat_nomi

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