何故かの喧嘩

 サク達は移動し、とある部屋へと足を運んでいた。

 案内された場所からは離れてはいるものの、案内がないにもかかわらずサクの足取りには迷いがなかった。


 まるで、目的地に何度も足を運んでいるかのよう。

 アイラは、「そんな覚えるほどこんな場所に足を運ぶんですか!?」などと、内心で魔法士という存在がどれほど規格外なのかを実感させられた。

 それは、サクが歩く度に使用人達から頭を下げられた時も、同じような感想を抱いた。


 しかし────


「なんですか、これ……」


 目の前の光景に、ただただ頬を引き攣らせていた。

 ピンクを基調とした壁紙に包まれた明るい部屋。白いソファーにあちらこちらに存在する大きなぬいぐるみ、堂々と鎮座するカーテン付きのベッド。

 便箋が散らばった、ベッド脇に置かれた小さなテーブル。

 これだけ見れば女の子らしい可愛い部屋なのだと伺える。別に、それにかんしてはおかしなことはない。


「後で来い」と第二王女に言われていたのだからここは第二王女の部屋で、女の子らしいものもあるのだなと、威厳に親しみが湧き上がってくるぐらい。

 アイラも、サクと同じ家に住んでおらず、お金に余裕があればこんな部屋になっていただろう。

 しかし────


「サクく〜ん! 会いたかったよぉ〜!」


 この、目の前の光景は一体なんだろうか? そう思わずにはいられなかったアイラであった。


「……さっき、会ったよな?」


 サクの懐に飛び込み、サクの逞しい胸に頬ずりをしている少女。

 そんな少女を見て、苦笑いを浮かべつつもアイラの特権である『頭撫で』を何の違和感もなく行っているサク。

 アイラは引き攣る頬が元に戻らない。


「さっきは王女! 今はソフィア! そこんとこ、よろしく!」


「よろしくされても困るわー」


「けど、サクはこういうの嫌いじゃないでしょ?」


「ふむ、確かに嫌いではない。大きくもなく小さすぎることもない程よい柔らかさと、鼻腔をくすぐる仄かな甘い香り、この好意を向けてくれているのだと実感させられる態度────嬉しくない男はいない」


「さっすが、サクだね〜♪ 私、サクのそんな素直なところ好きだよ!」


 確かに、サクの顔は満更でもなさそうだ。

 頬が緩み、鼻の穴が開かれ、目元が蕩けているその姿は、いつも以上にだらしない。

 だからこそ余計に腹が立つ。本来、そのポジションには私がいるべきで、私の欲する場所なのだと、強欲と嫉妬が露わになってしまうアイラ。

 何より、自分という存在がいるのにもかかわらず、他の女の子にデレデレしている姿が許せなかった。


 故に、アイラは手首を捻り────


搾取スペイア


「髪がっ!? 髪が抜けるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」


 強欲の魔法によってサクをハゲにしようと試みた。

 まさか自分がこのような使い方をしてしまうとは思わなかったが、意外にも使えられるなと、新たな発見に感嘆してしまう。


「アイラぁ!」


 しかし、感嘆としている間にもサクの髪は引き寄せられるばかり。

 体はソフィアによって押さえられ、髪のみが引き寄せられてしまうため、引き抜かれてしまうだけの激しい痛みがサクを襲う。

 故に、サクは涙目になりながらも片手を捻り、アイラの体を引き寄せた。


搾取スペイア!」


「きゃっ!」


 引き寄せられたアイラはサクの背中に張り付いてしまう。

 突然のことに驚き集中が切れてしまったため、アイラの搾取スペイアは効果がなくなってしまった。


「おいコラ、アイラ? お前、師匠に向かって何すんだよ、うぅん?」


「師匠が私の特等席を他人に譲るからです」


「何の話をして────」


「何を言ってるの、お弟子さん! ここはずーっと私の特等席なんだよ!」


 背中に張り付いたアイラを頬を膨らませて睨みつけるソフィア。

 一方で、「どうしてこんな奴が師匠のベストポジを我が物顔で主張しているのか?」と、激しい怒りが込み上げてくる。

 一応言っておくが、相手は第二王女である。


「何を馬鹿なことを……師匠の温もりを感じ、頭を撫でてもらい、上を見上げると師匠の凛々しい顔立ちが眼前にある────そんなベストポジションに居座ってもいいのは弟子であるこの私しかいませんよ!」


「ふんっ! 何を言ったかと思えば……所詮、師弟関係は師弟関係────一人の女の子と男の子の関係は越えられない! 越えられないからこそ、このポジションに収まる資格なんてないんだよ! だから、である私こそ、このポジションに相応しい! 何なら、私は一年前からこのポジションだもんね!」


「んなっ!? た、確かに私が師匠の弟子になったのは最近ですが……師匠と会ったのは一年以上も前です! 『出会った時間マウント』を取りたいのなら、私をクライミングすることはできませんよ!」


「山は存在しない! お弟子さんの山は片足で登れちゃうほどなんだよ!」


 なんだよ、『出会った時間マウント』って。そんなことを思ってしまうサク。

 そんな中、サクに抱きつきながらサクのベストポジを争う口論は続く。言っておくが、アイラもソフィアも美少女と呼べる部類に相応しい。


 この状況、ハッキリ言って男の夢そのもの。サクとて、願うならずっと続けてほしい……そんなことを思ってしまっている。

 だけど、それでは一向に話が進まない。ぶっちゃけ、ここに来ただけで何も進まず、もう少しで一ページ文の分量を超えてしまいそうだ。


「そろそろ落ち着け、こんちくしょう」


「「あてっ!?」」


 サクは小さくため息を吐き、二人の頭上に軽い手刀を落とす。

 それを受けて、涙目になりながら可愛く頭を押さえる二人を見て、「もう一度やっていいかな?」などと思ってしまうサクであった。


「俺のポジなんてどうでもいいだろ? 別に、俺のポジなんて別にどうでも────」


「「どうでもよくないよ(ありません)!!」」


「お、おう……」


 二人の剣幕に気圧されてしまうサク。

 どうしてそんなに必死なのか? それが不思議で堪らないサクであった。

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