第二王女殿下

 現在、アイラの正面には一人の少女が座っている。

 この国の第二王女であり、自分が確実に頭を垂れるべき相手。

 そんな相手を前にして、アイラは伸ばした背筋を曲げられずにいるのであった。


「今回、サクが受けてくれるなんて思っていなかったよ」


「そうですね、本来であれば私が依頼を受ける前に他の魔法士が依頼を受けるのですが、たまたま運がよかったですね」


 それと同時に、隣に座るサクの口調に気持ち悪さしか感じない。

 いつもは不遜で、面倒くさがるようなだらしないものであるのにもかかわらず、今は恭しく、敬語をちゃんと使っている。


 アイラは「こんなの師匠じゃない!」なんて言い出しそうになるのをグッと堪える。

 流石に、ツッコミをしていい場所ではないのだと理解はしているからだ。


「そういえば、そちらの方は誰なのかな?」


 そして、話の流れがアイラに向けられる。

 そのことに、アイラは肩がビクッと跳ね上がってしまった。


「私の弟子でアイラと言います」


「……弟子?」


「はい、同じテーマを志しているということで、不肖ながら私がアイラの面倒を見ております」


 固まってしまったアイラの太ももに何か小さな物が当たる。

 少しだけ視線をサクに向けると、一瞬だけ視線が合いすぐさま逸らされてしまった。


 その時、アイラは何か当たった感触はサクの排出リソースの魔法で小石を飛ばし、挨拶をしろと訴えているのを理解した。


「は、初めまして! アイラと申しますっ!」


「ふふっ、可愛いお弟子さんだね────じゃあ、私もちゃんと名乗らないと」


 少女は笑みを浮かべると、その場から立ち上がってドレスを摘み、アイラに向かって軽く頭を下げた。


「初めまして。マッカーレン王国が第二王女────ソフィア・マッカーレンと申します。以後お見知り置きを」


「は、はいっ!」


 歳で見れば、アイラとソフィアは同じぐらいだろうか。

 しかし、立ち振る舞いと心の持ちようは圧倒的な差があるように感じる。

 そこに少しだけ、嫉妬が生まれてしまったアイラであった。


「挨拶も終わったし……早速、本題に入る?」


「そうですね。そうしていただけると助かります。何分、そろそろ我が弟子がソフィア様と顔を合わせ、緊張で潰れてしまいそうですので」


(ここで私を出汁に使いますか、師匠!?)


 アイラは横目でサクを睨む。サクの言い方では、自分が場に慣れていない人間だから気を遣ってほしいと言っているように聞こえてしまう。

 さり気なく、王族がいる前で恥をかかされているような気分になってしまったアイラ。


 しかし、アイラの睨みを受けてもサクは飄々と貼り付けた笑みを崩さない。


「ふふっ、そっか。同い年の子でサクのお弟子さんだからもう少しお話して仲良くなりたかったけど、それなら仕方ないのかもね。多分、サクもここで話すのは嫌だろうし」


 ソフィアは懐から一枚の紙を取り出すと、二人の前に見えるように置いた。


「今回、私が依頼するのは『視察における護衛』だよ。毎年行われる視察だけど、今回は私が担当することになった」


「王族視察……今回はソフィア様でしたか」


 王族視察、その単語が飛び出してきて、アイラは頭に疑問符が浮かび上がってしまった。

 その様子を感じ取ったのか、サクとソフィアが付け足して解説する。


「王族視察っていうのは、王族の一人が毎年王国領地の視察を行うことだ。全て……というわけではないが、要所要所の領地を実際に訪れ、見ることで民の様子と現状を把握するもので、今回はソフィア様の番が回ってきたってことだ、我が弟子」


「視察といっても特段何かをするわけではないよ。どういう視察にするのか、どんなことをするのかは全て私達、それぞれの王族が決めるんだよ。なので、伝統ではあるものの、特に格式ばったものはないから安心してね」


 最後のソフィアの言葉で胸を撫で下ろすアイラ。

 アイラの中では、視察というのは領地に赴き、領主との対談で明け暮れるものだと思っていた。

 いち平民の自分がそんな場所に連れていかれると考えるだけで、少し身震いがしたのだが、そうならなくてホッとした。


「だから、今回サクにお願いするのは四日間、視察の間の本当の護衛。他にも私の騎士達もついていくけど、護衛が多いに越したことはないからね、サクには頑張ってもらうよ」


「承知致しました」


 サクは頭を下げる。

 すると、ソフィアは満足そうに頷くと、そのまま立ち上がって外に出ようとする。


「じゃあ、また後で私の部屋に来るように。お弟子さんと一緒に、ね」


 最後にそんな言葉を残し、ソフィアは使用人によって開けられた扉を潜って部屋の外に出る。

 そして、完全にソフィアの姿が消えると────


「「はぁ〜〜〜〜〜っ」」


 大きな息を吐き、ソファーにぐったりと崩れてしまった。

 まるで緊張という操り糸が切れてしまった人形のように、先程までの真面目な顔はどこにもなく疲れきった顔が覗いている。


「いやー、マジで毎回思うけど王族との相手って面倒臭いわー」


「それでこそ師匠ですー。真面目な師匠なんて師匠じゃないですー」


 ようやくツッコミを入れることができたアイラであった。


「疲れた、ちょー疲れた。早く帰ってぐーたらしたーい」


「師匠でも疲れるんだったら私はもっと疲れてますよー。だから、今日は帰りに何か買ってもいいですかー? 家に帰って作るのが面倒臭いんですけどー」


「いや、無理。俺、アイラの飯って結構楽しみにしている勢だから」


「なっ!? そ、そんなこと言われちゃったら作るしかないじゃないですか、馬鹿師匠!」


「何故、俺は馬鹿と言われたのか?」


 頭に疑問が浮かぶサク。

 その横では「お、お母さんに料理習っててよかった……!」と頬を染めてガッツポーズをしているアイラであったが、サクはその様子に気が付かない。


 故に、サクはアイラを放置してその場から立ち上がった。


「まぁ、いいや。とりあえず、行くぞアイラ」


「ど、どこに行くんですか師匠?」


 サクが部屋から出ていこうとする姿を見て、我に帰ったアイラ。

 そんなアイラに、サクは少しだけ苦笑いを浮かべた。


「さっき言われただろ? ってさ」


「ま、マジですか……」


 その言葉に、再び肩を落とすアイラであった。

 いつまで自分はこの緊張を味わうのか? アイラは、今は亡き天国の両親に向かって引き攣った笑みを見せた。

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