魔法士協会の支部長

 サクとアイラが一緒に暮らしている草原から一番近い街『セレスタ』。

 そこは王都から一番近い公爵領故に、王都に続く賑わいと活気で溢れている。

 市場では多くの民が行き交い、客引きという名の歓声を上げ、酒場では日中にもかかわらず酒盛りをしている姿が常にあちこちで見られる。


 そんな場所に、サクの所属する『魔法協会セレスタ支部』が存在する。

 街の中心部の一角を堂々と使い、その聳え立つ外壁と豪華な建物が魔法士の威厳を表しているよう。


 今日の授業が終わったサク達は、その場所に気圧されることなく、セレスタ支部の中へと足を踏み入れていた。


「ごめんなさいね、アイラ。こいつを連れてきてもらって」


「いえっ! これも弟子としての使命ですから!」


「おいコラ、我が弟子。俺がいつお前に連れてこられたんだ、うぅん?」


 サクは横にいる天使のような弟子のこめかみを程よい加減でグリグリと拳で挟んだ。

「痛いっ! 痛いです師匠〜!」と涙目になるアイラの声が響いたのは、言うまでもないだろう。


 セレスタ支部の受付を潜り、案内されるがままやって来た一つの部屋。

 三人以外に誰もいないからこそ、余計にアイラの声が響いたのであった。


「どちらかと言うとなぁ? アイラじゃなくてカーミラがおっかないから来ただけであって、自己的にちゃんと来ただけだっつーの」


「おっかないとは失礼ね。私、別におっかなくともなんともないでしょう?」


 サクの目の前。綺麗な水色の髪を腰まで下ろし、室内に一つだけ存在する執務机の前の椅子に座っている、一人の少女がいた。

 アイラとは違い、可愛いより美人。凛々しい整った顔立ちと、お淑やかで気品溢れる雰囲気は思わず息を飲み、視線が惹き込まれてしまうほど。

 歳はサクと同じぐらいだろう。どこか二人は歳が近いように見える。


「支部長さんがよく言うぜ。俺達の取りまとめ役だろうが」


「単に貴族だから任されているだけよ。実力という話であればメイレの方が強いと思うわ」


「それはあいつが肉弾戦オンリーだからだろ? 大抵はお前に勝てねぇじゃないか」


 そんな少女────カーミラ・フォン・セレスタ。

 この魔法士協会セレスタ支部の支部長を任されている人間。

 彼女も立派な魔法士の一人であり、列記とした『者』の称号を賜った少女である。


「勝てる勝てないで判断しちゃダメよ? 全てはに────私は、実力で判断するのではなく人となりで皆を見ないといけないの。だから、私を差別したら許さないからね」


「おっかないことには変わりねぇだろ」


 何を言っているんだと、少しだけ嘆息つきたくなってしまうサクであった。

 そんな時、サクの目の前では一段と動きが激しくなる少女が────


「し、師匠! 流石に痛いですっ! 話しながらグリグリするのは本当によくないと思いますよ!?」


「あ、悪い。お仕置はこれぐらいでやめないとな」


「完全に忘れてただけですよね!?」


 サクがこめかみから拳を離すと、アイラは涙目でこめかみを押さえ、サクに向かってほっぺを膨らまし不機嫌アピールを見せた。

 その姿に、自然と胸が高まってしまったサクであった。


「ふふっ、相変わらず仲がいいわね二人共。当初はちゃんとやれるか心配だったけど……今となってはただの杞憂ね」


 カーミラは慈しむように二人を見る。

 この少女こそ、アイラの面倒を一時の間見ていて、最終的にサクの情報を教えた人物なのだから、他人とは別の視線を向けてしまうのも仕方ないだろう。


「その説は、カーミラさんには本当にお世話になりました!」


「気にしないで。元はと言えばサクがあなたを助けたまま放置したのがいけないんだもの。居場所と弱みを教えておかないと、サクとは平等になれないわ」


「まて、平等にした意味が分からん」


 どこをどうしたら平等になったのかと、不思議で堪らないサクであった。


「まぁ、二人が上手くやれてるなら私としては何も言うことはないわ。仲がいいのはいいことだもの────とりあえず、サクを呼び出した本題でも話しましょうか」


 カーミラが机に置いてあった資料の束をサクに手渡す。

 サクは受け取ると、その資料に目を通す。アイラに至っては、サクの腕を引っ張り、無理やりサクに顔を近づけて資料を覗き込んでいた。


 そして、資料には顔写真が一つと、細かなプロフィールが書かれてあった。


「……これは、名簿ですか?」


「そうよ。定期的に行われる魔法士試験に受ける人の、ね」


 魔法士を目指す者であれば必ず潜らないといけないのが、魔法士協会が行う魔法士試験である。

 これは四半期に一度だけ行われ、魔法士協会が選んだ魔法士を試験監督に任命し、その魔法士が『魔法士たる基準を超えている』と判断すれば、晴れて魔法士の仲間入りとなるというもの。


 その試験合格率はかなり低い。

 それは試験監督が意地悪をしているからではなく、純粋に真面目に審査をしているからこその結果である。


「今日の試験、サクも参加してほしいのよ」


「とは言うが……確か、『寛大者』と『慈愛者』と『平等者』が担当するって予め通知してただろ?」


「そうなんだけど……『寛大者』────ヘイレの故郷に魔獣の群れが出たらしくて、彼はそっちに行っちゃったのよ。だから、あと一人選ばないといけなくて」


「そんなら、別のやつに────」


「頼もうとしたけど、一番扱いやすくて暇そうだったのがあんたなのよ」


「おいコラ、平等はどこ行った?」


 明らかな差別に、ひっそりと涙を流してしまいそうになったサクである。


「俺も別に忙しくないわけじゃないんだが……一応、ちゃんとアイラに魔法を教えているしなぁ」


「でも、師匠? 今日の授業は終わりましたよね?」


「自由時間が減ってしまうだろ?」


「カーミラさんっ! 師匠は引き受けてくれるそうです!」


 弟子を言い訳に堕落を求めたサクに、アイラは容赦なく売るのであった。

 サクも弟子の勝手な物言いに少しだけ怒ろうとしたのだが────


(あ、そうだ)


 ふと、あることを閃く。


「なぁ、カーミラ? 引き受ける代わりに、アイラを見学させることは問題ないか?」


「あら、どうして?」


「こいつも魔法士を目指してんだ。他の人間がどういう魔法を使って、試験はどういうものかを見せておきたい。こいつも、俺が言っただけより見た方が実感も湧くと思ってな」


 サクはアイラの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 初めは驚いたアイラであったが、やがてされるがまま少しだけサクに体を寄せ、気持ちよさそうに目を細めるのであった。


「そうね、基本的に部外者は見せられないのだけれど……アイラだったら別にいいわよ。知らない仲でもないしね」


「了解、じゃあこの依頼は受けるよ」


「急なお願いだけど、ありがとう。そういうところは、私は好きよ」


「どうせ使いやすい駒だからだろう?」


 サクはアイラの頭を撫でながら、そのまま部屋を出ようとする。


「馬鹿ね……『平等』をテーマにしている私が、唯一あなたを差別してるの────そのことだけで、分かってほしいわ」


 そんなカーミラの呟きは、残念ながらサクとアイラには届かなかった。

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