強欲の魔法
「まぁ、いい。さっさと今日の分の授業をするぞ」
「確か、師匠って今日は協会に呼ばれてましたよね」
「……だから遅刻したらマズい。カーミラに怒られる。早急に授業を終わらせよう」
「ふふっ、師匠が怖がる姿って新鮮でいいですね」
面白そうにアイラが笑う。
お前はあいつの怖さを知らねぇからだ、と。アイラの姿を見て思ったが、脱線される前にサクは話を進めた。
「魔法を極めるためには『テーマを熟知しないといけない』。それはこの前話した通りだ。何故なら、知らぬものを渇望することもできず、そもそもどんな魔法を作ればいいのかがイメージできないからな」
「魔法はイメージが大切ってことでいいんですか?」
「俺はそう思ってる。そうだな……例えば────」
サクは辺りを見渡す。
すると、視界の端の岩の上に小さな小石が乗っているのを発見した。
「あそこに小石があるだろ? それがどうしてもほしい……そう考えた時、お前だったらどうやってあの小石を手に入れる?」
サクの言葉を受けて、アイラは両腕を組んで考え始める。
うーん、と唸り声をしばらく上げると、糸が切れたように小さく息を吐いた。
「ダメです、歩いて取りに行こうって考えしか思い浮かばなかったです……」
安直な答えになってしまったからか、アイラはあからさまにしょんぼりする。
だけど、サクは小さく拍手をしてアイラに近づいた。
「落ち込むな、我が弟子。それも強欲を満たすいい方法だ」
「えっ……?」
「そもそも勘違いしてるが、魔法に答えなんてない。誰もが『生み出した瞬間』に正解になるんだ────何せ、魔法が使えたということは、テーマに沿った魔法だということだからな」
テーマとは、その人が渇望する本質である。
渇望しないと使えないというデメリットこそあるものの、本質は人間が一番追い求めるもの────故に、本質に沿える魔法さえ使えれば、大抵の魔法士は満足するのだ。
そして、本質に沿っているからこそ、
それができている時点で、魔法士としては満足のいった正解ということの証左。
後は、それを極めれば万事問題なしだ。
「まだ魔法は生み出せてはいないが……そこは今はいい。さっきの質問だが、俺は『手元に引き寄せる』という答えを出した」
「手元に引き寄せる……でも、それ! 魔法がないとできなくないですか!? それこそ、紐を括りつけた弓矢なんかないと────」
「そう、魔法がないと手元に引き寄せることなんて無理だ。だからこそ、俺は手元に引き寄せるための魔法を考えたんだ────それが、俺の中では強欲を満たす行為なんだから」
サクはアイラの隣に座り、小さく息を吐く。
「ここで始めのイメージのことを話そう。そこまで難しい話じゃない、単純な話だ。手元に引き寄せるにはどうすればいい? どんな現象が起これば手元に届くのか? 自分の行動はする必要があるのか? そんな、魔法を使わずにどうやって叶えるかを、イメージで思い浮かべる」
「……妄想?」
「身も蓋もない言い方だな、我が弟子」
サクは苦笑し、特に理由もないがアイラの頭を撫でる。
アイラは少しだけ嬉しそうな顔をするが、すぐさま真剣な瞳でサクの言葉に耳を傾けた。
「答えはない。だけど、俺が思ったのは『見えない重力を物体から俺の間に生み出せば、自然と引き寄せられないか』、ということだ」
サクは片手を小石に向けて翳す。
「我、強欲の名の下に、テーマの履行を行う者なり────
すると、岩の上にあった小石が突如何かに引っ張られるように動き出し、そのまま宙に浮いてサクの手のひらに収まってしまった。
その姿を見て、アイラが碧眼を子供のように輝かせる。
「おぉ……!」
「これが、今日教える俺の魔法────
「師匠だったら、この魔法を使ってずっとゴロゴロしていそうですね。ほら、寝ながら食べ物とか引き寄せることもできますし!」
「お前はエスパーか」
サクは過去を振り返る。
確かに、アイラの言う通り仕事がない日は一日中ゴロゴロしては食っちゃ寝していた。その際に、手が届かないからといって間食を
思い返してみたらロクな生活を送ってなかったなと、サクは頬を引き攣らせる。
「そりゃ、師匠のことであれば大体分かるようになってきましたよ。もう、これだけ一緒に暮らしているんですから」
「……そんなに暮らしてたっけ?」
「……三ヶ月ぐらいですかね」
それは果たして「これだけ」の範囲に収まる時間なのか? それは人それぞれだと思うが、少なくともアイラにとっては長い時間だったようだ。
まぁ、常日頃一緒に行動を共にし、一つ屋根の下で寝ているのであれば他の人間よりかは長い時間を過ごしたのかもしれない。
「正確に言えば半年前ぐらいからですけどね。師匠が中々弟子にしてくれなかったですし」
「いや、初対面の子が急に弟子入りさせてください、って言ってきたら普通は断るだろ?」
「……初対面じゃなかったもん」
「あ、あー……あの時は、本当に初対面だと思ったんだよ」
申し訳なさそうに、サクは頬を搔く。
「師匠は私を助けるなりすぐに私を協会に預けてどっか行っちゃいましたし……探すの苦労したんですから。それでようやく見つけたかと思えば「は? 誰?」ですもん……いいですよ、師匠の中では私みたいな女の子は今まで助けた人の中の一人に過ぎなかったんでしょうし、そもそも私がわがままを言っただけですし────」
「すまんって! お前、そのことめちゃくちゃ根に持つな!?」
「それでようやく弟子にしてくれたかと思えば「家事全般やってくれたらな」ですよ? 泣きそうになりましたよね。カーミラさんが教えて初めて気がついたぐらいです……私は、師匠にとっての何なのでしょう……?」
「弟子じゃねぇの!?」
いつまでも拗ねるアイラに頭を悩ますサク。
確かに、サクは何度も来るアイラを仕方なく、自由時間を欲するが故に弟子にした。だけど、だからといってお粗末な扱いもぞんざいな扱いもしているわけではない。
本当のことを言えば、今では一人の列記とした『可愛いらしい弟子』なのだ。
それを、しっかりと伝えたくとも、何故か男のプライドが邪魔をするサク。
くっ! と頭を悩まし、ようやく出た答えは────
「ふにゃっ!?」
アイラを抱き締めてあげることだった。
突然の事態に、アイラの拗ねは消え、代わりに羞恥と驚きと嬉しさが浮かび上がった。
サクとて、このまま放置させるわけにはいかない。
授業が進まないとか、早く勉強させないととか、魔法士にさせて早く弟子をやめてもらおうとか、表向きの理由はいくらでも浮かぶ。
だけど────
(ま、まぁ……あの時はあの時だし。今は大事に……思ってる、からな)
本音は、ただ単に弟子の不安要素を取り払ってやりたいという気持ちである。
「こ、これで満足か……?」
「ひゃ、ひゃい……」
それから、アイラが平常に戻り魔法の練習をするまで三十分かかった。
理由は、アイラが「もう少し」とごねたからである。
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