魔法士

 この世界には『魔法士』という者が存在する。

 誰もが体内に存在する『魔力』という力を『魔法』という事象に変換させ、この世の理に介入するもの。それを巧みに扱えるのが、魔法士という存在である。


 魔法士は、『者』という称号が与えられ、その名を口にすれば敬意を向けられ、称えられたりする。


 魔法士になるのはそこま難しいものではない。

 魔法を扱え、魔法士協会という集団が定めた基準を達すれば、誰もが魔法士という存在になれるのだ。


 魔法士には色々な恩恵がある。

 というのも、魔法士という存在は一種の仕事であり、魔獣退治や護衛、王族直属の部隊に配属されたりなどといった仕事が自動的に協会によって斡旋され、職に困ることはほとんどない。


 そもそも、魔法士は世界であまり見られないため、色々な場所で重宝される。国としても魔法士という存在は各国の力の差を見せつけるための道具でもあるので、待遇が凄くいいのだ。

 その存在は知らぬ人はいない。というより、皆が憧れる職の一つでもある。


 では、ここで疑問だ。

 魔法士という存在があまり見られないのか? 魔力が誰の体内にもあるのいうのであれば、誰でも魔法が使えるはずなのに、どうして魔法士が少ないのか?


 魔法士になるための基準が高い、それも一つの理由だろう。

 だが、それだけではないのは、こも文脈からも察せられる通り。


 一般的に魔法士が少ない理由────それは、からである。

 というのも、魔法を扱うためにはそれぞれが『テーマ』というものを己の中で定めるのだ。


 自分がなりたいもの、目指す理想像、自分のありのままの姿、なんでもいい────なんでもいいのだ、定めるテーマは。


 そのテーマは魔法に影響する。

 テーマこそが、己の魔法を魅せるもの。

 自分の選んだテーマに準ずる魔法しか、扱えることができない。


 これが世界の仕組み。

 世の中に存在する魔法は、『テーマを決めないと魔法が使えない』。


 では、テーマさえ決めてしまえば魔法が扱えるのではないか?

 そう思うのも、至極ご最もだろう。


 だが、このテーマはおいそれと決めれるものでもなく、多くのデメリットが浮上するものなのだ。


 第一に、テーマは渇望するからこそこの世に影響する力が増える。

 簡単に言ってしまえば、『テーマに対して強い思いがないと、魔法は強くならない』ということだ。

 例えば、安直なテーマを決めたとして、そこに対する強い思いがなければ、チープな魔法しか使えないといったり。

 だからこそ、魔法士になるための基準を越えられない人が多いのだ。


 そして第二に、テーマを一度決めると変更することができない。

 テーマを己に定める場合、己の血を魔刻ララと呼ばれる刻印に垂らし、テーマの名を唱えることによって、己に刻まれる。


 その刻印に刻まれてしまえば、他に移し替えることはできず、テーマを抱えて生きていかなければならない。


 自分にそぐわぬテーマを決めようものなら、魔法は使えたとしても何もかもが力不足になってしまうのだ。

 故に、皆は慎重になる。それに、『自分に似合っている』と思っていても、実際には自分にそぐわないテーマだった────なんてこともザラにあるので、運要素も強い行為とも言える。


 これが、魔法を学ぶ術がないという理由である。

 教えてもらおうにも、テーマが違えば扱う魔法も違うため教わることもできないし、師事したいがためにテーマを合わせたとしても、強い渇望がなければ強い魔法は生み出せない。


 だからこそ、独学で基準を超えるしかないのだ。

 稀に、自分に合ったテーマが誰かの魔法士と合っていて師事を受ける────なんてこともあるが、数多のテーマの中、その確率は本当に低い。


 しかし、ただ確率が低いだけで────


「んじゃ、今日も人間として如何なものかと言わざるを得ないものをテーマにしてしまった可愛い可愛い弟子に、とっても楽しいお勉強を教えるとしよう」


「師匠、ブーメランです。面白いぐらいにブーメランが刺さってますよ」


「うるさいやい」


 広々としている草原にシートを敷いて、そこにちょこんと行儀よく座るアイラ。

 目の前には、サクが仁王立ちでふんぞり返りながらジト目を向けている。


 毎度お馴染みのサクによる魔法の授業。

 気持ちのいい風と日差しの中で行う授業は、さながら青空教室のようであった。


「弟子が生意気なことを言う……俺はそんな可愛くない弟子に育てた覚えはないぞ」


「私、可愛くないですか?」


「中身の問題だ、ばかちんが」


「む……外見は否定されませんでした!」


 うぜぇ、と。額に青筋を浮かべるサクであった。


 師弟関係────そういう割には、二人の間に畏まったものはない。

 敬意がないとそう言われればそれでおしまいのだが、この壁のないやり取りこそが二人の仲を表している。


「いいか、確かにお前はそんぞそこいらの奴よりかは可愛い。それに、お前以上に可愛い奴は俺は一人しか知らん。だからこそ、中身もパーフェクトな人間に育ってくれ。このままじゃ、中身残念女だ」


「師匠、それって褒めてます? 貶してます?」


「無論、褒めてはないな」


「あ、そうですね……」


 ガックリと肩を落とすアイラ。

 だが、ハッと何かに気がつくと、モジモジと体をよじらせながら、顔を赤くした。


「(だ、だけど……中身が良くなれば師匠にとっては完璧な女の子ってことだよ、ね……?)」


 アイラは、年相応の乙女であった。

 そんな姿を見て、サクは大きなため息を吐く。


(強欲なんてテーマにしている時点で、中身は残念だって気がついてほしいものだ)


 外見は、サクの中ではパーフェクト。

 初めてマジマジと見た時は、思わず心臓が跳ね上がったものだ。


 だからこそ────


(俺に師事をお願いしてきた時は、残念に思ったよ……)


 強欲とは、人間の欲の一つである大きな罪だ。それは決して褒められるようなものではなく、テーマにしてしまえば「自分は愚かで欲に塗れている」と周囲にアピールしているも同然。

『慈愛者』、『正義者』、『調律者』、などといった魔法士がいる中で、強欲はあまりに浮きすぎている。


 褒められたものではない、故に悲しく思ったのだと、そんなことを思いながら、一人自分の世界に入っているアイラの頭を叩いて現実に戻すのであった。

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