師匠と弟子
「師匠! 師匠! いい加減そこから降りてきて起きてくださいっ!」
春に吹く風に草木が揺れ、小さなざわめきと共に少女の声が聞こえる。
陽気な日差しに明るい銀髪が反射し、そよ風に運ばれて靡いている。
「んー……あと二十分」
「二十分も許しませんからね!? いい加減起きて私に魔法を教えてください!」
少女が見上げる先には、枝を器用に枕と寝床ようにする青年の姿。
顔には白い布が置かれていて、せっかくの日差しを完全に遮断してしまっている。
「魔法……魔法ねぇ? この世界じゃ、人に魔法を教えるのが難しいっていうのに、アイラはそんなことを言う。俺の自由な時間を奪うなー」
「先生は私であれば教えれるはずですっ! っていうか、このやり取りを何回させるつもりですか!」
「それはお前が『魔法士』になれればやめるさ。っていうか、さっさと『魔法士』になれ」
「だから教えてもらうんでしょうがっ!!!」
愛嬌と可愛らしさが詰まった顔立ちの少女が苛立ちを浮かべ、青年が寝床にしている木をゲシゲシと足で蹴る。
ヒラヒラとしたスカートを履いているにもかかわらず、少女には全くをもって抵抗がなかった。
「何のために私が師匠に弟子入りしてると思っているんですか!? 魔法を教えてくれるからですよね!」
「いいや、違うとも我が弟子。俺は強欲をテーマとしている魔法士、自由時間がほしいと願ったからこそ、お前に家事全般を任せる。そのために弟子にしたにすぎない」
「それって、タダ働きですよね!? 私だけ損じゃないですか!? 強欲にも代償があるって教えてくれたのは師匠です! 師匠にも『私に教える』という代償を払ってもらわないと困ります! っていうか、払わせます!」
少女は頭上にいる青年を睨みつけると、気合いを入れて木に足をかけてよじ登ろうとする。
「おいコラ、アイラ!? お前、女の子だろ!? 下から下着が見えちゃうでしょ、はしたないからやめなさいっ!」
「師匠が働いてくれないからです……さぁ、観念すべきです!」
木登り上手と言うべきか、少女───アイラは難なく足場が少ない木を登っていく。
女の子らしからぬ行動ではあるが、アイラにとってはこのやり取りなど日常茶飯事。故に、今更下着云々、登ること云々は造作もないし気にすることはない。
というより、この場には師匠と呼ばれる青年───サクと少女しかいないわけで……気にする相手などいないのだ。
「私は魔法士にならないといけないんです……師匠、どんな手を使ってでも教えてもらいますからねっ!」
「わ、我が弟子は勤勉すぎる……ッ!」
「いいえ、違いますよ師匠。私は強欲をテーマにした魔法士もどきです。私のしている行動は魔法を教わりたいという欲を満たしたいだけですから……ッ!」
少女はついにサクが寝ている木の枝まで辿りついた。
獰猛な笑みを浮かべるアイラを見て、サクは体を起こし冷や汗を流す。
「さぁ、師匠? 私が強行に走るまでに大人しく魔法を教えた方が身のためですよ?」
「ぐ、具体的には何をする気で……?」
「このまま師匠を押し倒して貞操をもらいます」
「強かだなぁ、我が弟子は!?」
貞操の危険を感じるサク。本来であれば構図が逆なはずだと、内心愚痴が止まらない。
だが、サクの目の前にいる少女の碧眼が嘘をついているようには思えなかった。
それに加え、サクの経験上アイラはやると決めたら絶対に行動する。
何故なら────
(俺が教えたもんなぁ!?)
青年は、今までアイラにこう教えてきた。
『ほしいと思えばなんとしてでも手に入れる。それが強欲をテーマにした魔法士の基礎基本だ』
故に、アイラが強欲の下に行動している限り揺らぐことはない。
師であるサクの言葉を、弟子のアイラが破るわけがないのだから。
「師匠……私、こう見えて顔は整っていると思うんです。多分、魔法士になれば色んな場所で注目を浴びてアイドルになっちゃうと思うんです」
「自意識高ぇな、お前」
「でも、実際に可愛いと思いませんか? だって師匠、顔赤いですもんね?」
サクは息を飲む。事実、顔が赤くなっているのを自覚しているからだ。
アイラはどんな角度や贔屓目を持ってしてもとびきりの美少女と言えるほど、顔立ちは整っている。
くりりとした碧眼、ミスリルのように美しい銀髪、位置取りが完璧と言える鼻腔にみずみずしい桜色の唇、きめ細かな白い肌はまるで天使の生き写しのよう。
そんな少女が間近まで迫ってきているというのであれば、男として反応しないわけがない。
師匠という立場はであるにもかかわらず、弟子に追い詰められている現状はおかしなものだった。
アイラが一歩と枝にしがみつき一歩ずつ近づいていく。
「だからこそ師匠───私に欲情し貞操を捧げてしまう前に、早く魔法を教えてください♪」
「立場が完全に逆転されている現状は、師匠として喜べばいいのか!?」
「師匠……可愛い弟子とデキるからって喜んだら師としておしまいですよ」
「馬鹿違うわッ! 解釈の捉え方が違う!」
サクはにじり寄ってくるアイラを見て焦る。後ろには行けない、追い込まれるのも時間の問題。
であれば、ここは諦めてしっかり教えるとしよう、そう諦めが浮かんできた。
だけど────
「きゃっ!?」
二人の体重に耐えきれなかったのか、枝は根元から綺麗に折れてしまい、アイラとサクの体が宙に浮いてしまう。
アイラは思わず目を瞑り、落下の衝撃に備える。
「ととっ、大丈夫か?」
だが、いくら身構えてもアイラの体に衝撃は襲ってこなかった。
浮遊感が消える前、重力に引っ張られるかのように横に体が自然と動いたのを、アイラは感じとる。
目を開けば、いつの間にかサクの顔が眼前まで近づいており、心配そうにする顔に思わず真っ赤になってしまう。
「だ、大丈夫です……」
「そっか。ならよかった……。っていうか、これぐらい何とかしないと魔法士になれないぞー?」
からかうような笑みを向け、サクはアイラを地面に下ろすと、そのままスタスタと視界に入る小屋まで歩いていってしまう。
アイラは、高まる動悸と赤くなった顔を落ち着かせると、駆け足でサクの横に並ぶ。
「師匠、今のも魔法ですか……?」
「ん、まぁな。強欲をテーマにする魔法士なら、『ほしい物を手元に収める』魔法を使えて当然だ」
「ど、どうやったらできますか!?」
「そうだな……仕方ない、今日はこれを教えるとしようか」
地に降り立ってしまったサクは気持ちを切り替え、アイラの顔を一瞥して小さく笑った。
「同じ『強欲』をテーマにした、しょうがなくも憐れな弟子に、今日も同じく強欲に授業をするとしようか」
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