強欲者の男は、強欲で天使な弟子を育てる〜強欲をテーマに、男は少女を魔法士にするそうです〜
楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】
プロローグ
この世界は優しくない。
常に、誰かの不幸の下に誰かの幸せが満たされていくのだから。
「お父、さん……お母、さん……?」
艶やかな銀髪が黒い色が乗った熱風によって靡く。
透き通った碧眼に映るのは、懐から大量の血を流し横たわる男と女の姿であった。
その姿が視界に入った瞬間、少女は持っていた小さな籠を地面に落としてしまう。
その中には、大量の山菜と小さな果実が詰め込まれていた。
……嫌な予感はしていたのだ。
山から戻ってくる時、村の至る所から煙が上がり、辺り一面が火という赤色に染まっていたのだから。
どこにでもあるような村。
誰もがごく平凡に当たり前の平和を謳歌しているような、そんな場所であったはず。
少女も、つい朝方までは血の繋がった両親とその幸せを噛み締めるように、食卓を囲んでいたはず。
それが壊されたのだと実感するのに、さして時間はかからなかっただろう。
目の前の光景こそが、その現実を直視させるのには十分だったのだから。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
少女は泣き崩れる。
愛くるしい顔が歪み、絶望というなの味をその瞳に浮かばせながら、嗚咽することなく涙が溢れた。
そんな少女の背後から、瓦礫を踏んだ時のようなガサリという音が鳴る。
「なんだぁ? まだ生き残りがいたのかぁ?」
少女は振り返らない。声が聞こえたとしても、視界に入れるのは血の繋がった両親の姿のみ。
それ以外、少女は気にする余裕すらなかったのだ。
「若い女がいねぇから、皆帰っちまったしよぉ。最後に何かないかと思って残ってみれば────これはまたいい拾いもんを見つけたわぁ!」
声の主は、少女に近づく。
そして、乱暴に少女の銀髪を掴みあげると、崩れる少女の顔を覗き込んだ。
「すっげぇ上物じゃねぇか!? こりゃ、残った甲斐があるってもんだぜぇ!」
「あ、あ……っ!」
少女は初めて、声の主である男の姿を視認し、初めて現実へと戻ってくる。
同時に押し寄せてくるのは────紛れもない『恐怖』であった。
醜い顔、それと同時に歪んでいる口元が恐ろしくてたまらなかった。
だが、そんな恐怖も、男にとっては悦に浸らせるための素材にしかならない。
「いい……いいっ! こういうのが欲しかったんだよ! 絶望してる顔! それ以上に、これからどんな顔まで落ちていくのかがそそられる表情! 楽しみだぁ……どうやって染め上げられるかが本当に楽しみだぁ!!!」
「い、やぁ……」
「もっと、もっと見せてくれよぉ……その顔を!」
男は掴んでいた少女の髪を振り、少女を壁に投げ捨てる。
少女の体に激しい痛みが襲う。抵抗したくても足が竦み、立ち上がることすらままならない。
そもそも、少女には何もないのだ。
標準の女の子らしい筋力に、剣術も習っているわけでもなく武器も手元にない────それどころか、魔法すら使えないのだ。
そして、男は腰にぶら下げた剣を取り出すと、切っ先を少女に向ける。
「俺、髪が短いやつの方が好きなんだよなぁ! そっちの方が俺も盛り上がるしよぉ! 遊びまくれば、きっといい顔も見れると思わねぇか?」
「ひっ……!」
少女が長い銀髪を抱く。
守るように、切られないようにと、きっと反射的にした行動なのだろう。
だけど、その行動が男を異様に興奮させた。
「おぉ……! お前はその髪が大事なのか!? だったら、なおさら切ってやりたくなるってもんよぉ!」
男はゆっくりと少女に近づく。舌なめずりをし、一歩一歩と少女に恐怖を刻み込んでくる。
(いやぁ……っ!)
両親が殺され、自分が酷い目に合うのだと実感している少女は、一体どんな気持ちだろうか?
涙は止まり、後ろに下がろうとするも家の壁に阻まれる。本当の恐怖が、刻一刻と迫っていた。
────のだが、
「盗賊か? 随分、強欲な連中が現れたもんだ」
「ぶべらっ!?」
恐怖の根源が、あらぬ方向に吹っ飛んでいく。燃え上がる残骸に体を突っ込み、激しい衝撃音が響き渡った。
情けない声を漏らしながら消え去ったその場には、いつの間にか一人の青年の姿があった。
吹き飛んだ男みたいなボロい装束ではなく、小綺麗な白色の装束。
髪は切り揃えられ、清潔感がある。しかし、ポケットに片手を突っ込み、気だるそうに頭を搔くその姿は、どこか違和感を覚えさせた。
「久々に依頼を受けてみれば、盗賊に出会うし……そもそも、今回の依頼は魔獣退治だぞ? メイアの野郎……これ、分かってんのか?」
青年は少女に目もくれない。
ただ、吹き飛んだ先の男にのみ視線を合わせる。
「くそっ! テメェ、なにもんだゴラァ!!!」
吹き飛ばされた男が立ち上がり、威嚇するように剣を振るう。
しかし、それを見ても青年は臆することなく男を見据えた。
「サク、しがない強欲者の男だ。疑問という強欲は満たせたかよ?」
「強欲者だとぉ……? お前っ、魔法士か!?」
「いかにも、どこにでもいる魔法士の端くれだ。だからといって、別に驚くことじゃねぇだろ? お前ら盗賊に出会うよりかは、ごく普通にいる存在だろうに」
ゆっくりと、今度は青年が男に近づく。
「大丈夫……間に合わなかった存在もいるが、俺はちゃんと助けるためにここに来た」
少年は、後ろを振り返ることなく言葉を紡ぐ。
それを受け、少女は流していた涙をより一層溢れさせた。
「さて、改めて名乗ろうじゃないか────」
踏み出す一歩に、男は一歩後退りをする。
「魔法士協会所属────『強欲者』、サク・ガーネット。強欲の塊である盗賊に、本当の強欲を教えてやる。何故なら、それが俺のテーマだからだ」
青年は、目にも止まらぬ速さで男に拳を振るった。
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