第1話 アサの話

ボクの話を聴いてくれるの?

……ボクはとっても幸せだったよ!



まずは生い立ちから話そうか。



ボクは気が付いたら、閉じ込められていた。

周りの景色は見えるんだけど、そこから出ることはできなくて。

ボク以外にもそういう子達がたくさん、そこにはいた。


そして、時々人が来てのぞいてきたり、ご飯や汚物の始末などをしてくれる人が来たりする。



そんな生活がずっと続いてたんだ。

そこから出られることはしばらくして分かった。


隣の子も、そのまた隣の子も、上の子も下の子も、人に連れられて出て行くことができたから。



それを知ってからは、覗く人々の元に寄って出して出してと叫んでいたけれど、ボクだけずっとずっと閉じ込められていた。




ようやく出してもらえたのは、部屋が窮屈きゅうくつになってきてからだった。

出してもらえてまた、閉じ込められた。

ボクの体が楽々入って動き回れるくらい大きな檻へと。



そこからはたくさんの子が入った小さな檻の数々が見えた。

結局、ボクはこの場所から出られないんだ。



そう悟って項垂うなだれていたときだった。



「ねぇ、僕と一緒に来ない?」



他の犬など見向きもせずに真っ先にそう言ったその子に、ボクは見惚れた。

眩しくて温かい笑顔の男の子。



ヒナタ、というその子と、"オトーサン" "オカーサン"と彼から呼ばれている人に連れられてボクはようやく、そこから出られたんだ。



ずいぶん安値で売られたことはなんとなく分かっていたけど、いつも世話してくれた女の子が涙目で見送ってくれたのはなんだか嬉しかった。

 



ヒナタはボクに"アサ"という名前をくれた。

ボクの毛色はお日様みたいな色で、朝の陽だまりという意味でつけたらしい。

僕の名前と同じ意味なんだよと笑ってくれた君は、確かにボクにとって陽だまりだった。



それから、ヒナタとは四六時中――とまではいかずとも、居られる時間はずっと側にいてくれた。



朝、寝起きの悪い君を起こすのはボクの役目。

寝ぼけ眼でおはようと触ってくれるのが大好きだった。

それから散歩に連れて行ってくれる。

どんな天気でも、ボクが満足するまで一緒に歩いてくれるんだ。



ご飯を食べたら''ガッコウ"に行くヒナタをお見送り。

必ず頭を撫でてから行ってきます!っと笑って出て行くんだ。



ヒナタが出かけた後は外を見たり、寝たりして帰りを待つ。

陽が暮れる頃に走って帰ってきて抱きしめてくれるから、つまらなかった時間が吹き飛んでしまう。



それからまた散歩に連れて行ってくれて、ご飯を食べたらオモチャで遊んでくれる。

ヒナタの方がなんだか楽しそうだからついつい時間を忘れて楽しんでしまう。



それが終わったら"シュクダイ"の時間。

真剣なヒナタを邪魔してはいけないので、隅っこの方で静かにしてる。



1日の終わりには、二人並んで寝る。

ヒナタはちょっと寝相が悪くて、時々蹴飛ばされたこともあるけどそれもいい思い出。




ボクの幸せな日々はこんな感じ。

ずっとずっと続くと思っていた幸せは、しかし突然いなくなったんだ。





ある時、帰りが遅かった日があった。

陽が暮れても帰ってこなくて、オトーサンもオカーサンもなんだか慌ただしくしていた。



ようやく帰ってきたと思ったらヒナタは寝ているようで、ボクはそっと隣に行ったんだ。


ヒナタは冷たかった。

だから寄り添って温めようとしたんだ。

二人で毎日寝ていたように、隣に。



でもヒナタは温かくならなかった。

起きることもなかった。

そのままどこかに連れて行かれた。 




ボクはヒナタをずっと待っていたんだ。

朝も、昼も、夜も。


心配で探しにも行った。

ヒナタの匂いを辿って、街中を丁寧に歩いた。

けれど、ヒナタはどこにもいなかった。



ねぇ、ヒナタ……どこにいるの?





ボクの話はここでおしまい。

聴いてくれてありがとう。



……あれ?君、ヒナタなの?


ようやく逢えた……

ボクはヒナタと一緒にいられて、とても幸せだったよ。ありがとう。

それだけ伝えられなくて、後悔してたんだ。



じゃあ、そろそろボクは眠るね。

また、逢えるといいな――

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