第4話 ヒラキ


柚月には、入寮して以来ひとつ気になることがあった。それは毎日外で揺れている洗濯ものだった。練習着や普段着、タオルなど大量の洗濯物はいつも寮長さんが洗濯してくれている。女子寮なので、かわいいキャラものの私物や、アイドルのグッズのようなタオルも散見されるが、その中にダントツに柚月の目を引くものがあった。中高生が好むようなキャラものではなく、乳幼児が対象かと思うようなキャラの大きなタオルがたまに干されている。柚月はそれに見覚えがある。


(アレ、うちにあるおねしょシーツと同じだ…)


10年以上も実家で使い古されてきたおねしょシーツを見間違えるはずがない。最初柚月は自分が間違っても実家から持ってきたものではないかとヒヤヒヤしたが、定期的に干されているので誰かが使っているものに違いない。かといって、あのおねしょシーツ誰のですかと聞くわけにもいかず、疑問に思っていた。






「二人とも今日は部屋に居てね。お荷物来てるから」


食堂を出るときに寮長さんに言われた。「ハイ」と返事をしたが、柚月には何のことかわからなかった。竹内先輩少し恥ずかしそうにハイと答えて二人で部屋に戻った。


「先輩、荷物ってなんでしょうか…?」


「高萩は入寮前にお母さんと相談しなかった?送ってくる頻度とか」


先輩も段々慣れてきたのか、さん付けではなくなっている。最初に高萩と呼ばれたときは、練習の時にさん付けだと呼びにくいからだと丁寧に理由まで教えてくれた。学校では鉄仮面で通っている竹内先輩も、根本はコミュニケーションが少し苦手なだけなんだろうなと柚月は思っていた。


「あ~!」


柚月も気がつく。一応2週間に一回送ってきてもらう約束になっているが、念のため残り枚数は常にラインで連絡するようにしている。この前お母さんから、そろそろ送るねとラインが入っていたのを柚月は忘れていた。そうこうしていると、部屋をノックする音が聞こえる。


「お母さんよ、荷物持ってきたから開けてくれる?」


急いで柚月がドアを開けると、お母さんは段ボールを2つ抱えてドアの前に立っていた。先輩がお母さんの手を支えるようにして段ボールを受け取ると、一旦ベッドの傍に置いた。


「ゆうちゃん、高萩さんとはうまくやってる?」


「ええ、まぁ」


寮長は軽くウィンクして部屋を出ていった。竹内先輩が入寮した時は夜尿の生徒が他におらず、肩身が狭い思いをいしていたことを寮長はよく覚えている。今は秘密を打ち明けて共有できる人がいることに一番ホッとしていたのは寮長かもしれない。


「こっちが高萩の分だね」


先輩は小さい方の段ボールを柚月に手渡した。丁寧に梱包されているテープを剥がすと、いつも使っている紙おむつがパッケージごと入っていた。先輩は柚月の2倍はあるであろうと段ボールを開封して、一旦ベッドの上に置く。段ボールの中には、大人用テープ式紙おむつと書かれたパッケージと、もう一つパッドだと思われるものも入っていた。


「先輩、そっちはパッドか何かですか?」


「ああ、これ?フラットタイプのやつだよ」


先輩はパッケージのオモテ面を柚月の方に向けてくれた。フラットタイプおむつをシンプルに書かれた薄緑のパッケージだった。大人用のおむつであれば柚月もある程度メーカーなどもわかるが、そもそもフラットタイプというおむつがあること自体柚月は知らない。


「フラットタイプ…」


柚月が怪訝そうな顔でパッケージを眺めていると、先輩はパッケージを破って中から一枚取り出して見せてくれた。三つ折りになったビニールのシートを広げてくれたが、柚月はペットシーツみたいだなと、思った。


「こんな感じになってるんですね」


先輩からおむつを受け取って表面を触ってみる。柚月が履くおむつを大差はないが、少しすべすべしているように感じた。


「そうだね、普通のパッドよりも値段が安いらしくてさ。送って来られるやつを使うしかないから、しょうがなくだけどフラットタイプだね。パッドみたいにギャザーがないから、当てるときに自分でギャザーになる部分作りながら当てるんだよね」


先輩は実際にフラットタイプのおむつを手で寄せながらギャザーの作り方を実演して見せてくれた。


「高萩はパンツタイプでいいね。履くだけだもんな」


「でもなかなか合うサイズがなくて、今使ってるのになるまでいろんなおむつ試しましたよ~」


柚月は過去のおむつ遍歴を思い出す。特に小学校の高学年以降はおむつの選択肢も少なく、試しては漏れるの繰り返しで、修学旅行の前などは何度もお母さんと作戦会議をした。


「そうなんだ。前にも話したけど、うちは布だったからね。逆に小学生の時とかはかわいい紙おむつとかCMで見るとうらやましくてお母さんにおねだりしたこともあったかな」


「小学生だとオヤスミマンとかでしたよ!」


「あ~、そうオヤスミマン!プーさんの柄がいいってお母さんにお願いしたけどダメだったんだよね」


今までのおねしょやおむつの話が共有できる人がいなかったからか、普段あまりテンションの高低がない先輩が、嬉しそうに小さい頃の思い出を語っている。


「私がどうしてもプーさんがいいって泣いたからさ、お母さんが用品店でプーさんの生地買ってきて昔使ってたおむつカバーに縫い付けてくれたの、今でも覚えてるな。たぶん今でも実家で妹が使ってると思う」


「めっちゃいいお母さんじゃないですか~」


「こんなのオヤスミマンじゃない!って余計に泣いたのよって大きくなってからお母さんに教えてもらったの恥ずかしかったな」


「私は逆にオヤスミマン恥ずかしかったです」


「どうして?」


「だってCMに出てくる子、自分より小さい子ばっかりじゃないですか?あの子たちと同じなんだって思うと恥ずかしいし、家族でご飯食べてる時にCM流れると気まずくって…」


「そうなんだ。紙は紙で苦労するんだね」


2人はおむつの思い出話をしながら、それぞれ鍵付きの棚におむつを仕舞った。パッケージのごみは、バレないように一度裏返してから結んでゴミ箱に捨てるという先輩のアドバイスはさすがなだと感心した。



コンコン


急なノックに柚月はビクッとなった。入寮して以来、一度もこの部屋にやってくる同級生や先輩はいなかった。21時以降立ち入り禁止のプレートの効果なのか、鉄仮面のキャプテンにわざわざ会いに来る人がいないだけなのか、柚月には判断しかねる。


「竹内先輩、2年キャプテンの開です!来週の遠征試合の打ち合わせに来ました!」


ノックと同時に凛々しい声が響く。「先輩、いいんですか?」と小声で聞いたが、「開だけはいいんだよ」と言って、招き入れる。


「ヒラキ、ちょっと演技がわざとらしいな」


「え~、ゆーみん先輩の為やないですか~」


さっきの凛々しい声とはうってかわって、歓迎式で笑いをとっていたしゃべり方に変わる。部内で先輩のことをキャプテン、竹内先輩以外で呼ぶ人は見たことがない。柚月は2人の空気感にどう割って入ればいいかわからず、やりとりを眺めるしかなかった。


「ゆづき、ゆーみんは怖い?」


急に話を振られた柚月は一瞬固まる。


「あ、いえ、優しくしてもらってます」


「ホンマ?いびられたら私に言うんやで。まぁそんなん言わんでも、まだ寝小便するくせに!って言ったら一発やけどな~」



固まっていた柚月は真顔になり背筋が凍ったのを感じた。


「え、あ、あの…、え?」



「ヒラキ、高萩いじめるのそこまでにしといてあげて」


竹内先輩と開先輩は、一瞬視線を合わせてクスッと笑った。


「ヒラキも私たちと同じなんだよ」


「え、どういうことですか?」


「私も同じおねしょの民ってこと。同じ民族なんやで!」


ぽかんとしている柚月に、竹内先輩が丁寧に説明してくれた。去年までは開先輩が竹内先輩のルームメイトだったそうで、理由はもちろん夜尿症だった。毎日おねしょする竹内先輩とは違って、開先輩は週に1,2回程度らしい。妙に馴れ馴れしいのは去年のルームメイトだったことと、柚月以外で唯一おねしょのことを話せる仲だったからだ。


「ということで、ゆーみん今回もおなしゃす!」


一通りの成り行きを言い終えると、開先輩は竹内先輩に何かを懇願しだした。


「いくら縁起がいいからって、遠征先には持っていけないんですよ~お願いします~」


「わかった。わかったからベッドには乗るな」


竹内先輩にすがりついて何かをお願いする開先輩はコントか何かをやっているように見える。


竹内先輩は、しょうがないなとため息をつきながらさっき仕舞った鍵付きの棚を開けた。


「ゆーみんこんなにたくさんあるならケチなこと言わなくていいやんか」


「お前のために送ってもらっているものではない」


ぴしゃっと言いながらも、棚からテープ留めのおむつを一枚とって開先輩に渡した。竹内先輩曰く、普段は頻度が少ないから対策はしないが、泊まりの遠征試合があるときは先方に迷惑をかけられないからとおむつを拝借しに来るらしい。去年までは同部屋だったので問題なかったが、今年から部屋が分かれたので、わざわざ試合の前に部屋まで取りに来るようになったらしい。



「あの、ヒラキ先輩もしかして…」


「ん、ナニ?」


開先輩は竹内先輩からもらったおむつでふろ上がりの顔を仰ぎながら柚月に返事をする。


「たまに干されてるおねしょシーツって」


「おお、よく気付いたね!あれがおねしょシーツってわかるってことは柚月も相当な経験者なんやね」


「やっぱり、家で同じシーツ使ってたのですぐ気づきました。ずっと誰のだろうって気になってて」


「なんや、そんなん聞いてくれたらいいのに~」


気さくに開先輩は言うが、あのおねしょシーツ誰のですかなんて聞けるわけがない。


「え、でもおねしょシーツ干したり洗濯物でバレないんですか?」


開先輩はフフッと笑う。


「高萩、それがヒラキのすごいところだよ。こいつ一切自分の夜尿症隠してないからね。ルームメイト以外の1年生はまだ知らないかもしれないけど、ヒラキは部員みんなに自分の夜尿症のこと話してるんだよ」


柚月は目を見開いて開先輩の顔を見た。


「どう、尊敬した?」


ニコッと笑って開先輩が言う。柚月は驚いた表情のまま小さく頷くだけだった。


「まぁおねしょが恥ずかしくないって言ったらウソになるけどさ。でも出てしまうモンはしゃーないやんか。止めようと思っても出てまうし。小さい頃からお母さんからそう教えてもらってきたから、今までも友達とかクラスメイトにも隠したことないで。あ、でも心配せんでええよ。だからってゆーみんと柚月がおねしょ隠すこと否定せえへんし、ちゃんと秘密は守るで」


ふざけた先輩だと思っていた柚月だったが、少し開先輩のことを見直した。


「せや、柚月はどんなオシメ使ってるん?」


竹内先輩の言葉遣いが移ったのか、なぜか開先輩もオシメ呼びになっている。


「えっと、普通に履くやつなんですけど」


「ホンマ?ちょっとごめんやけど、どんなんか見せてくれへん?」


理由はわからなかったが、勢いに押されて柚月も鍵付きの棚を開けて、さっき仕舞ったおむつを一枚引っ張り出した。


「こういうやつね、はいはい。やっぱりこっちの方がいいなぁ」


柚月のパンツタイプのおむつを受け取った開先輩は、ギャザーを伸ばしたりウエストの伸び具合を確認している。


「ゆーみんのオシメさ、テープで調整できるのはええんやけど、ゴワゴワするしジャージの上からでもオシメしてるんわかってまうんよ。ずっと履くやつがいいと思ってたんやけどそれだとゆーみんのおねしょ受けきれへんし」


いつも借りに来ている割にゆーみんとおむつには辛辣なコメントが並ぶ。竹内先輩の「今度からお前には一枚もやらん」と言うのが聞こえると、両手を合わせて小さく謝った。


「柚月、これちょっと履いてみてもいい?」


柚月がOKするより早く開先輩はズボンに手をかけていた。面倒だったのかパンツとズボンを一緒に下ろすと、右、左と順番におむつに足を通して一旦膝のあたりまで引き上げた。


「お前ホントにデリカシーの欠片もないな」


柚月は気を使って開先輩の股間を凝視しないようにしている。そんな2人を無視して開先輩はおむつのサイズ感を確認していた。


「あ、サイズもいけそうや。ゆーみんのオシメよりめっちゃいい。なぁ、柚月、遠征の時だけ借りてもいい?おねしょせんかったらそのまま返すから」


開先輩のジョークを含む会話にまだ慣れない。ハイと頷いたら、「一晩履いたオシメ返してもええんか…?」と悲しそうな目でこちらを見ていた。関西人はツッコミがないと生きていけないらしい。


「じゃ、遠征試合のミーティングはこの辺にしてワタクシは部屋に戻るとしますか」


「おい、ちょっと待て」


「もう、なんですかゆーみん」


「お前そのおむつそのまま部屋に持って帰るつもりか?」


開先輩は竹内先輩のテープおむつを柚月のおむつを両手に持ってそのまま部屋から出ようとしていた。廊下で誰かに会えば、手にもっているおむつはいったい誰のものだということになる。


いけね~と頭を掻きながらトイレに入っていつも2人がおむつを処理しているビニール袋を拝借して、おむつを2枚とも袋に入れた。まったく、と竹内先輩はため息をつく。


「それから、高萩におむつもらったんだから私のは必要ないだろ。返せ」


「え~、いいじゃないですか~。もし今後ゆーみんにいじめられたりしたら、『コレ竹内先輩が毎晩おねしょで使うオシメです~』って公開するために念のため持っていきますね」


竹内先輩が何か言う前にそそくさと開先輩は部屋から逃げて行った。部屋の外から、「ミーティングありがとうございました!」とあの凛々しい声が聞こえたのはさすがだと思う。



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全寮制の夜尿部屋 はおらーん @Go2_asuza

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