預かりモノ

はおらーん

預かりモノ


「皆さん。事前の通達通り夜に一度起こしに来ますから、今日はもう寝なさい。あと、宮下さんはお母様から預かってる物があるから‥」


宮下さんと呼ばれた女の子は、うなだれた様子で養護の先生の後を追って部屋を出た。部屋に残った数人の女の子たちは、何も言わなかったがその中身を察していた。部屋に残された子たちの中には、去年お世話になった子もいたことだろう。



去年も私だけだった。5年生の林間学校に参加した時は、たしかに私以外にもおむつを履いている子がいた。朝養護の先生の部屋に行って汚れたおむつを取り替えてゴミ袋に入れた時、他にも何枚かおむつが入っているのが見えた。興味本位で中身を見たが、汚れているものは一枚もなかった。夜が心配でおむつを履いて参加した子がいたのはたしかだが、実際におむつを汚してしまったのは自分だけというのも確かなことだった。



「宮下さん、これね」


「はい」


養護の先生はカバンから巾着を取り出し、真帆に手渡す。巾着には6-1宮下真帆と刺繍が入っている。お母さんは普段使う体操服の袋に入れて先生に渡したらしい。1泊2日の修学旅行なのに、なぜ2枚入っているのか不思議に思ったが、1枚だけ抜き取って先生に返す。


「じゃあ履き替えたらトイレ行ってから部屋に戻ってね。先生は他の部屋に見回りに行ってくるからね」


養護の先生はそう言い残すと足早に部屋を出ていった。本当に忙しかったのかもしれないが、おむつを履くところを見ないようにする配慮だったのかもしれない。真帆は、急に誰かが入ってくるかもしれないと思い、わざわざ入り口の死角になる場所を探してジャージのズボンに手をかける。去年は半分くらいはパジャマで寝ていたが、6年生になるとほとんどがTシャツとジャージになる。真帆は上半身シャツだけになると、屈んで紙おむつを手にする。おむつに描かれた可愛らしいキャラの絵が、余計に真帆の恥ずかしさを掻き立てる。たくさんいる6年生の中で、おむつを履いて寝るのは自分しかいない。その事実がとてつもなく恥ずかしいことのように思えた。いつものように、両足を通して、一気に腰まで引き上げた。子供用だが、一番大きいサイズなので小柄な真帆にとってはぴったりの大きさになる。小さく「まえ」と平仮名で書かれているのが、余計に子供用という事実を煽っているように真帆には思えた。


養護の先生の言う通り、部屋に戻る前にトイレに寄る。ダメだとはわかっているが、念のためと思って便座に座った。家ではベッドに入る直前におむつを履くので、おむつを履いた状態で便座に座るのは珍しい。ジャージと一緒におむつを膝まで下ろしたが、モコモコの吸収体が目の前にくる。お母さんにねだって買ってもらったジャージだったが、おむつとセットになると台無しになっていると感じた。結局トイレにまたがっただけで、おしっこは少しも出なかった。部屋に戻るとまだ電気がついていて、何人かが談笑していた。真帆はなんとなく下腹部に視線を感じたが、誰からも話かけられることなく自分の布団に入った。



12時を過ぎたころ、「起きてくださーい」という養護の先生の小声が、かすかに部屋の中に響く。眠りが浅く、パッと目覚めた子もいれば、隣の子に体をゆすぶられて、やっと目をこするような子もいる。養護の先生と一緒に来た若い女性教師も一緒に体をゆすって起こしていた。


「みんな大丈夫だったかな?一旦全員でトイレに行きましょうね」


部屋の中の何人かの女子からは、「よかった~」、「セーフ」などの声が漏れる。今回の修学旅行では、事前の健康調査表で、夜尿症が心配な生徒、特に夜起さないといけないような生徒を一部屋に集めていた。ホテルの部屋数の影響もあり、個人で対応するのではなく、部屋単位になったようだ。相当夜尿が心配な子もいたかもしれないが、おむつを履いて対策したのは結局真帆だけだったようだ。


「先生、宮下さんが…」


養護教諭が部屋の端の布団に目をやると、一人だけ掛布団に潜り込んで動かない子がいた。宮下さんのことを伝えた生徒も、なんとなく察しているようだった。


「宮下さん、大丈夫?」


掛布団の上からポンポンと優しくたたきながら声をかけた先生は、布団の中で声を殺して泣いているのに気づいた。


「宮下さん、ちょっと体調悪いみたいだから。みんなは乾先生についてトイレに行ってくれるかな?」


乾先生も「ハイ」と答え、他のおねしょしなかった生徒たちは乾先生について部屋を出ていく。


「宮下さん、もうみんな部屋にいないから。お布団めくってもいいかな」


返事がなかったので、そろそろと掛布団をめくる。空気に触れたからだろうか、ほのかに鼻をつくにおいがした。


「あー、宮下さん漏れちゃってるね」


お母さんに買ってもらった人気ブランドのグレーのジャージはお尻の方に大きなシミができている。どうやら紙おむつの腰回りから漏れたらしい。布団にも同じようにシミが広がり、真帆のシャツは背中の方まで濡れている。


「宮下さん、髪まで濡れちゃってるから。とりあえず着替えてシャワー浴びよう」


なんとか真帆をなだめて、布団から起き上がらせる。泣き止んではくれたが、ショックで自分で体を動かせないようで、無理やり立たせてズボンとシャツを脱がせた。真帆は部屋で汚れたおむつだけの姿になる。養護の先生は手早くサイドを破り、重たくなった紙おむつを丸めて持ってきていたビニール袋に仕舞った。


「宮下さん、とりあえず部屋のシャワー浴びてこようか。着替えは先生が準備しとくから」


真帆はこくんと頷いて裸で個室のシャワーに入った。その間に先生は真帆のカバンから着替えを取り出し、一緒に持ってきた紙おむつと合わせて脱衣所に棚に置いた。汚れた布団は一旦濡れている面を内側にして畳み、部屋に隅に置く。押し入れから別の布団を出してきて、さっきまで真帆が寝ていた場所に敷いた。


そうこうしているうちに、トイレに起こされた子たちが部屋に戻ってきた。修学旅行の心配が一つ消えた面々は、みんな一様にほっとしたような表情をしている。去年はおむつで参加した子も、なんとかおねしょを治そうと努力して、この一年で克服したらしい。


(去年は私だけおむつにおねしょをした。今年おむつを履いてるのは私だけ。それも、おねしょをしてお布団まで汚した…)


口には出さないが、シャワーを浴びながらそんなことを思うと、情けなくて再び涙が出てくる。今度はシャワーが流してくれるおかげで、泣いていることは誰にもバレない。


「先生、宮下さんは?」


「ちょっと体調が悪かったみたい。体に障ると良くないから、早く寝て静かにしててあげてね」


取り繕ってそうは言うが、みんな真帆の失態には当然気付いている。畳まれた布団と、記憶に新しいかすかなにおい。シャワーを浴びているということは、おむつから漏れ出して布団を汚したということも容易に想像がつく。もしかしたら自分が真帆の立場になっていたかも、とヒヤッとした子もいたかもしれない。


真帆は長い髪を丁寧に洗い、シャワールームから出る。お母さんがどうして2枚おむつを入れたかその時になって気づく。みんなが起こされる時にはすでにおむつが汚れているだろうとお母さんは先読みして、交換用のおむつを入れておいてくれたのだ。家では一度寝たら朝までおむつのままだが、修学旅行では決まった時間にトイレに起こしてもらう。何年も夜尿症でおむつ付き合っている真帆でも、おむつからおむつに履き替えるのは何年ぶりだろうと思った。


脱衣所から出ると、すでに部屋の電気は消されていた。入口に立っていた養護の先生が、「宮下さん、大丈夫だった?」と気遣ってくれた。「はい、ありがとうございました」とお礼を言って、真帆は布団に入る。汚れた布団は乾先生が持って行ってくれていた。



翌朝再びおむつが重くなるほど真帆の夜尿が重症だとは、養護の先生も予想していなかったようだが…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

預かりモノ はおらーん @Go2_asuza

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ