第3話 新しい子供に会う

 楽しい怪物の育て方には、主人公の他に世界の破滅を目論む存在が居る。

 正確には世界『征服』か。魔王率いる魔物の面々は世界を混沌に陥れようと侵攻を続けており、その結果人と魔物は長い間戦争をしていた。


 故に、人間からして見れば町や国の多くを破壊し、尚且つ怪物と畏怖されて然るべき人外のアブディエル達も、魔物と区分されるべき存在なのだろう。

 実際にこの町を破壊するあの見覚えのある怪物も、人々には魔物だと口々に恐れられていた。もしも本当にあれが俺の育てた怪物だったとしたら、魔物なんかとは比にならない程の怪物なのだが。


 何せ世界を破滅させたクリア済みの怪物だ。

 Lvこそ同じだが、クリア前のアブディエルよりも経験は上であると言える。

 

 そんな火に包まれ町を破壊する、かつて自分が育てたと思しき怪物を眺めながら、どうすべきか悩んでいた。

 正直言うと関わり合いたくない、と言うのが本音だ。アブディエルだけでもう手一杯なのに、別の問題に首を突っ込む余裕なんてものはない。


 だが、あのまま放置すれば怪物はこの町を夜明けが来る前に破壊し尽くすのは目に見えてるし、その後は十中八九他の町に標的を定めるだろう。

 世界を滅ぼす為に連中は創られたのだから、大体想像は付く。なので関わり合いたくはないが、彼女の破壊行為を止めなければ多くの人が殺されるのも事実だった。


「あれ強そうだね。どうしよっか、父さん」

「……休むのはなしだ。夜の狩りに行こう、アブディエル」

「そうこないとね」


 その言葉を待っていたと言わんばかりにアブディエルは窓枠から身を乗り出すと、躊躇いもなく夜の空を駆けた。

 地上の炎に照らされた夜空を背景に、怪物の元へと駆ける様は救世主のようだが、結局のところ彼女も怪物である。


 戦地に赴く際に抱く崇高な精神なんてないし、戦う最中に人が死んでもアブディエルは何も思わない。

 俺のすべき事は、なるべく被害を最小限にすること。二体の怪物を人気のない所に誘導出来れば完璧なのだが、果たしてそこまで気を回せるかどうか。


 ――そもそも、俺はあの怪物をどうしたいのだろう。

 世界を滅ぼさない為にも、殺すべきか。

 頭の中に彼女を育てた時の記憶が蘇る。所詮はゲームの中だし、三週目に体験したストーリーの内容も二週目に見聞きしたものと殆ど同じだ。


 愛着を感じこそすれど、手に掛ける事に疑問はない筈。

 それなのに、心の何処かで彼女を殺す事に対し苦い思いを抱く自分が居た。


「……実際に会って、確かめてみるか」


 結局は本当に彼女が、自分の育てた怪物なのかどうかも怪しい所なのだ。

 ――そう考えるも、彼女が本物だと言う確信が自分の中にあった。何の理屈もない、ただの感覚に近しいものだったが。

 

 アブディエルと同じように窓枠に足を掛け、飛んだ。

 2階程度の高さならこの身体になる前にも飛び降りた事があるし、無茶をするという自覚はあるが、怪我を負う気はあまりない。

 

 予想通り重力に従い落下する身体は猫のようなしなやかな着地をしてみせ、少女特有の軽い足取りで夜の町を駆けるのだった。


 ***


 ――このゲームの主人公は、何度も言う通りあまり強くない。

 尤も、外見を変えたり物を創造したり魔術が使える時点で、そこいらの人間や魔物よりは強いのだがアブディエルなんかと比べると、足元にも及ばない。


 身体能力なんか模倣した外見に引っ張られるから、今の俺は少女並みに非力だ。

 それに例え屈強な人間に変わった所で――目の前で繰り広げられる戦いに乱入する事は遠慮した事だろう。

 

 天から降り注ぐ数多の槍。紅蓮の長剣が薙ぐように振られる度に舞う炎の色。

 町の広場だろうか。円形の空間を通常は取り囲む筈の、多くの家や塔があった周辺は既に炎上し、倒壊し、一部は更地と化している所すらあった。


 視界に入るのは熱気を感じる炎と、地面に突き刺さる槍と、そして何十にも上るであろう人々の死体。

 事態を見に来た兵士の多くも全員焼かれたか貫かれたかしたらしく、この場には俺を含む三人――人として数えるものじゃないが――しかおらず、それでも火の粉を鬱陶しく振り払い物陰に隠れる俺の存在に、彼女達は気付いていないようだった。


 と言うか何故自分は隠れているのか。そして別にやましい事なんてない筈なのに、妙な後ろめたさを感じているのも何故か。

 自身でさえも整理のつかない思いと共に彼女達の方を覗き見ようとしたが、それよりも早く恨みがましい、初めて聞く声が聞こえ思わず動きを止める。


「誰だか判ないが、邪魔をするなら容赦しない。人間の味方をするのは止めておけ」

「人間の味方? 冗談言わないで欲しいな。私はただ父さんの為に君を殺そうとしてるだけだから」

「……父親か。生憎だな、私も父親捜しているんだ。きっとおそらく、今もこの世界の何処かに――」


「御託はいいから。早く本気で来なよ」


 初めて見る種類の笑み。

 何時もの貼り付けたような笑みとは違うアブディエルの嘲笑は、言葉を並べ立てる彼女に欠片の興味もない事を語っており、その顔を見た途端俺の中で腑に落ちたものがあった。


 アブディエルは多分、こっちの方が本性なのだろう。

 自分と父親以外のものに価値を見出さない。相手に何の事情があり何の目的があるのかなんてどうでもいい。


 彼女の世界は狭く、完結していた。

 だから大勢殺せるし、相手の事情にも興味を示さない。アブディエルにとって父親の言葉のみが自身の世界を構築する要素だ。


 狩りをすると言った時の迷いのない顔。

 休息を取る際に、父親の邪魔は出来ないと一人町の中へ消えようとした言動。

 距離を取り、魔術も使わずに身を丸めて眠ろうとした不自然な態度。

 

 親の言葉が全てだから文句も言えずそれに従い、それ以外のものは突き放す。

 無論怪物故に人の倫理観から外れているとも考えられるが、結局のところ周囲の環境がその者の人格を形作るのだ。性善説のような持論だが、多分それは怪物にも大なり小なり適応するのだとも思う。


 そんな物思いに耽っていたのが問題だったのか。

 先程よりも過激さを増した爆発と破壊音。その威力と勢いが大きくなれば必然的に被害を受ける規模も広くなり、自分が息を潜めていた目の前の建造物が崩れたと知った時には遅かった。


「うわぁ!?」

「――ッ父さん!!」


 情けない声を上げながら降り注ぐ瓦礫に埋もれる。

 幸いにして斬撃には巻き込まれなくて済んだようだが、それでも圧倒的質量に圧し潰されれば致命傷も負うもので、自身の身体がひしげるような感覚。痛覚に唸り声を上げながら目の前が真っ暗になった。


 それでも死なないと言うのは単に運が良かったという訳ではなく、自身が人外の類であるが故の事なのだろう。

 だがどうにかしようにも身体は動かないし、魔術を扱う練習はしていない。気が遠くなるような思いを覚える最中、ふいに目の前が明るくなった。


「父さん、目を開けて!!」

「アブ……ディエル」


 普段の飄々とした態度からは想像も付かないような、切羽詰まった声色。

 瓦礫をどかして助けに来てくれたのだろう。それにしても、こんな彼女を見るのは初めてだ、なんて呑気な事を考えた際に身体の色んな所が痛んだ。


 視線を動かせば血が流れているのが見え、更に言えば左足と左腕が潰れている。切断はされてないが、骨と肉が文字通り『平ら』になっていた。

 痛い。が、何故か我慢出来る程度の痛みだった。あまりの出来事に感覚が麻痺しているのか、それとも自分が人外だからかは判らない。


 グロテスクな光景だが、悲鳴を上げる事はなかったし、再び別のものに模倣すれば手足は治るのだという確信があった。

 どちらかと言うと、俺自身よりもアブディエルの方が辛そうだ。

 あと、もうひとつ。気になる事がある。


「……とう、さん?」


 アブディエルの後ろ。最初は急に平常心を失った彼女を不審そうに見詰めていたが、俺の顔を認めるなり呆然と小さく呟いた怪物を目にした。

 最早誤魔化す事は出来ないだろう。彼女は俺が三週目に育て上げた怪物――名前は確か、エラトスと言う。


「長い間一緒だったんだ。判る、判るけど。あ、ああ。違うんだ、父さん。貴方を傷付ける気は――」

「気が変わったよ」


 冷酷な声。

 先程までの、相手に対する興味を感じさせない平坦な声とは異なる、底冷えするような憎悪を孕ませた、危うい雰囲気がアブディエルに付き纏った。


 振り返り、彼女はエラトスを見る。

 きっと今のアブディエルはあの薄い笑みを取り払い、恐ろしい顔をしているに違いない。ただの憶測に過ぎないが、目を合わせた時にエラトスが驚いたように一歩身を引いたのを見ると、多分俺の予想は的中しているのだろう。


 不意に天空が光った。雲の上で稲妻が光ったのかとも思ったが、その光は夜の空の下、炎に包まれた町を照らすかの如く雲の切れ目から差し込んだ神々しいもので、

 次の瞬間。差し込んで来たその光が形を持ち、最終的には相手を断罪する巨大な槍へと姿を変えた。


 呆然としていたエラトスも我に返り、自身の武器を構える。

 だが明確な敵意を抱く相手を前にしても、俺に対する遠慮がちな視線が外れる事はなかった。


 このまま物事が進めば、この町はおろか下手すれば国ごと消滅しかねない。

 大げさかもしれないが、先程までの二人は様子を見るような単なるじゃれ合いで、本気じゃなかった。実際にアブディエルは完全にスイッチが入ったのか、この辺り一帯を更地にする勢いだ。


 天空から差し込む光の槍。地上を焼き尽くす紅蓮の長剣。

 互いの殺意の具現化は、はっきりと目で見て取れるように判る。


 その光景を見た自分は世界が本格的に滅びるかもしれない、という焦燥感があったが、それとは別の『二人の殺し合いを見たくない』という拒否感が、胸中には確かにあった。

 

 結局のところ、彼女達に対する愛着を俺は何だかんだ言いながら、抱いているのではないか。

 ゲームはゲームだと区別を付けている俺も、実際に思考し、動いているアブディエルを、そしてエラトスを見て感化されたと言うべきか。


 想像と共に、自身の身体が再構築されていくのを感じる。

 色々な意味で疲労感はあった。が、重い身を引き摺るようにした俺は、何もない風を装いながら二人の間に躍り出た。


「待ってくれ」


 この二人が自分の父親に対し、並みならぬ感情を抱いていることは知っている。

 そんな彼が、殺さんとする互いの間に割って入って来るような事があれば、当然ながら注目を浴びるし、攻撃の手を止める事も予想出来た。


「少し話そうか、エラトス」


 ――今にして思えば、この時から俺は選択を間違えていたのだろう。

 アブディエルが自身の父親に対して覚えている寂寞感というものは、俺自身予想が付いていた。なのに俺は、彼女の顔を見なかったのだ。


 自分は親に愛されていないのではないか、と言うような不安も感じていたのだろうに。

 彼女は、父親を守る為に身を削っている自分が放置され、その父親が別の相手に声を掛けるこの光景をどう捉えていたのか。

 

 視界の端に映るアブディエルの呆けた表情。

 何故相手の名前を知っているのか、何故相手に掛ける声が優しいのか、何故――自分に、その顔を向けてくれないのか。


 この時、抱いたアブディエルの思いに、俺が気付くことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界を滅ぼすくらいに君が好き こたつねこ @kotatukoneko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ