第2話 女の子になった

 『楽しい怪物の育て方』に登場する、怪物の生みの親である主人公はこの世に価値を見出せない厭世的な思想の持ち主だった。それを理由に世界の破滅を企むべく、この世の『終末』の為だけに作られた存在を自身の手で生み出す事となる。

 だが彼は自身の生み出した子供を通し幸福を覚え始め、世界に終末を齎す事を躊躇する時があった。


 この世に価値があるのかもしれない。

 そのような考えが過る中、人と魔物との戦争が激化。醜い両者の争いを見た彼は再び心を閉ざし、この世の全てを無に帰すべく世界に終末を齎した――。


 と言うのがこのゲームのトゥルーエンドの内容で、苦みを含めたエンディングだが荒廃した世界でも子供が隣に居れば彼自身あまり問題はないのだろう。

 この内容なら世界を滅ぼす根本的な原因は主人公にある訳で、俺自身に終焉の意思はない。ので、最初は苦労こそすれどこの世界で難なく生きていけると思っていた。


 状況がそう簡単なものじゃないと理解したのは、この世界に来て最初の頃。町中で自分の姿を見られた時だった。

 人気がない場所だったから良かったものの、それでも数人程度にのっぺらぼうの自分を見られ、騒動になり掛けた所をアブディエルがその場に居た人達を殺害した事で事態は沈静化した。


 その時の彼女の言動は人の倫理観、道徳から遠く掛け離れていて、更にはアブディエル自身も主人公の思想に賛同しており、世界の終末は確定事項として数えているようだ。

 最早生き甲斐としているような言動も見受けられ、そんな彼女に急に止める事を命令しても酷く混乱するか、最悪俺の正体に気付く可能性だってある。


 この一件がなければ、アブディエルの正体こそ知れど怪物だと呼称する事は無かったろう。何せ見た目はどちらかと言うと天使なのだから。

 故にアブディエルが人と関わる事で、幾らかその胸中にある狂気を抑え込んでくれたらと思ったのだが――。


「おい、そこの二人。ここで止まれ」


 昨日通った、町に入れる道には木の柵で作られた簡易的な検問所があり、異世界よろしく中世風の鎧を身に纏った兵士達に呼び止められた。


「昨日魔物による殺人事件が起きた、よって通行の制限を行っている。検査の準備が終えるまで簡単な質問に答えてもらうが、問題ないな?」


 昨日までこのようなものはなかった筈だが――とは言え、予想していなかった訳じゃない。この世界に来たのは初めてだが、この世界に関する知識は計6回の周回を経て多くを知っているのだ。

 俯き気味だった顔を上げ、外套のフードを外す。その際に黒色の長い髪の毛が視界の端に映り、俺は少女・・の声で答えた。


「……はい、大丈夫です」

「――若いな。何歳だ? お父さんとお母さんは?」

「えっと、12歳で……両親は、死にました。後ろの緑色の髪の人は、姉さんです」


 後ろを振り向くと、背にある羽は見当たらず、頭上の光の輪も黒色の帽子で隠れたアブディエルが温和な笑顔を浮かべている。

 彼女の正体も知らずに彼等は見惚れていたけれど、俺にはその笑顔が努めて浮かべたものだと判った。


 問答は案外スムーズに進んだ。

 何処から来たのか、信仰している宗教はあるのか、どうやってここまで来たのか、等。予め自分達の設定をある程度練っていたお陰で相手も必要以上に疑う事はなかった。


 まあ、俺とアブディエルの外見が若い少女のものだったというのもあるのだろう。

 魔物が人に化けていないか、という検査にも引っ掛からず、肩透かしを食らう程に容易く町の中に入れた事は幸いだった。。


 町中はあまり活気がなく、道行く人々の顔には不安が張り付いているような気がした。あの兵士が言うには現在町は厳戒態勢を敷いており、物々しい雰囲気に包まれているという。

 

 彼等は魔物による殺人事件が発生したからだと言うが、実際の犯人は俺のすぐ隣に居る。

 容易く天空から降り注いだ槍に串刺しにされ、悲痛な顔を浮かべる人達を思い出す。犯人は現場に戻ると言うが、出来ればあの凄惨な光景はもう二度と見たくない。


 ふと、店のショーウィンドーに映る俺とアブディエルの姿に目が留まる。

 アブディエルの見た目は朝見た時とあまり変化がない。白い羽は折り畳めるらしく、礼服の下に隠してあり光の輪も帽子の下にある。


 対して俺の方はと言うと、まるでマネキンじみた長身痩躯のっぺらぼう――ではなく、可憐な見目の少女だった。

 

 少しボサボサに乱れた黒色の長髪に、青い瞳。目付きが悪く不愛想に見える。

 こうして見ると背丈はアブディエルよりも低く、彼女が姉だという設定は活かせるだろうと思う。似ているかと言われたら、あまり似ていないけど。


 この外見は作中にて主人公が形を模倣した内の一つで、こう言った変身を度々繰り返す彼には特定の顔がなく、あどけない顔立ちの少女を模す時もあれば厳格な雰囲気を纏う男性の姿を真似る事もある。


 元々こう言った生物なのだろう、この世界は魔術が発達している分、対策もしっかりしているが変身の過程にそもそも魔術は使わないのでバレる事はない。

 この辺りは作中にも設定として記載してあったので然程不安はなかったし、自身の変身というのも案外楽に出来た。単に頭の中で模倣したい人物像を意識して想像すれば変われる。何とも便利な身体だ。


 背丈は幾らか小さくなったので服の裾なんかが結構余っているが、最悪この服に合う背丈の人間に変われば良いだけだ。さして問題はない。

 少女の外見を模しているのも、この方が相手に油断を与えられるだろうと考えただけで、あまり大きな意味はない。


(少女のように振る舞うのには少し抵抗があるけど、昔からロールプレイは好きだったし。まあ)


 万全を期した甲斐があったと言うべきか。

 行く前に色々と煮詰めすぎて既に時刻が夕方前だというのは反省すべき点だが、生憎時間はあるのだ。別に明日に持ち越しでも――


「なんだかあんまり活気がない町だね、今日はこの町を壊すのかな。どうせなら最期くらい、ここもぱぁっと派手に滅んで欲しい筈だ。頑張らないとね」


 前言撤回。

 既に隣で町一個滅ぼす気で居る怪物を尻目に、言う程時間がない事を思い知らされる。幾らその為に生まれたとは言え、慎みは欲しいものである。


「いや、今回は……あー。少し休もうかなと。ここ最近色々とあったから。それに、あまり根詰めすぎると要らないトラブルを招きかねない」

「そうなんだ。私はいいけど、珍しいね。いつ振りだろう」

「そもそも最近のペースが早過ぎたんだ」


 自分の記憶が正しければ、ゲーム内だと最後に彼女との『コミュニケーション』を選択したのが、疲労度が最大値手前にまで迫る一週間程前だ。

 最大値に到達するとパフォーマンスが著しく低下し、昼に選択出来るトレーニングが高確率で失敗したり、夜の狩りの際も相手に敗北する事が多くなるデメリットがある。


 まあゲーム内だと99Lvに到達後、後日強制的にイベントに入るのでその辺りを考慮し最後の一週間は休息を挟まず詰めたのだが、ここはゲームの世界じゃない。このまま誤魔化し続ければ終末イベントを遅らせる事も可能だろう。

  

「取り合えず、今日はゆっくりしよう。アブディエル」

「判ったよ、父さん」

「……一応、ここでは姉妹という設定で居るんだから出来れば名前で頼む。違和感があるならいいけど、最悪人前でそう呼ぶのは避けてくれ」

「あ、そうだね。気を付けるよ」


 取り敢えず今するべき事は宿の確保――それくらいか。

 ゲーム内では説明されてないような事もこの世界にはあるだろうし、出来れば情報収集なんかもしたいが。その辺りは時間の空いた時にでもすればいいだろう。


 丁度いい時間だし、今は町中を巡りながら店と宿を探すのがベストな気がした。

 それだけでも休息にはなるだろうし、ある程度方針が決まった所でアブディエルの方に顔を向けると、俺に背を向け遠い所に行こうとする彼女の後姿があった。


「ちょっと、何処行くんだ」

「……休む時は何時も、私が居ると嫌がるから。私は私で、適当に時間を潰そうかなって」

「いや、そんなこと……。取り合えず来い」

「え? ちょっと――」


 何か言いたげにしているアブディエルの腕を取り、無理矢理連れて来る。

 自身の手の平に力が籠るのを自覚するが、気にする余裕はなかった。


 ――ゲームと現実との相違点を見付けてしまった。

 基本ゲーム内のコミュニケーション時には、怪物の特殊ステータスに関わらず共に一日を過ごす筈だ。なのに、普段の休息時に彼女は一人で過ごしていたと言う。


 となると、アブディエルは本来の自制ステータスよりも強い孤独感を覚えている可能性があった。杞憂であるならいいが、今までの彼女の卑屈さや言動を顧みると、あれらはやはり些か過度である。

 

「ちょっと、父さん。やっぱり少し変だよ」

「このくらいの少女が何時までも一人で居たら不審がられるだろ。その為にもお前は必要なんだ」

「必要、って……。姿を変えればいいじゃないか、別に」


 俺自身も怪物とは言えど、今の自分には外見相応の握力しかない。

 彼女からしたら振り解く事なんて造作もないだろうに、そうしないと言う事は満更でもないのだろう。


 腕を引きながら、この国の貨幣を想像する。ゲーム内でも貨幣はコミュニケーション時に、自身の怪物の満足度を引き上げる為に必要となる共通アイテムとして存在し、お陰である程度のデザインは把握していた。

 そして自分にはどうやら『ある程度』の形を把握していれば、大小や原材料問わず創造出来る力があるらしい。その辺は今日の昼前に調査済みだった。


 尤も、万能と言う訳ではない。

 創造するにはこの世界で言う魔力の多くを消費する必要があるから、一々金銭の幾らかの為に自身のMPを消費すると痛い目に遭いかねない。


 それでも、先立つものは必要だろうと、イメージと共に虚空から自身の手元に落ちて来た麻袋の中身を確認する。

 相場なんかも多分ゲームと同じだろう。となると、これだけの金銭があれば当分の間は生活出来る。言葉も何故か通じるみたいだし、文字も難なく読めた。単にこの国に用いられている言語が日本語なのか、それとも自分が怪物だからか。


 アブディエルと共に近場の宿に入り、食事付きを条件として三日ほど部屋を借りる。最初は若い女性二人に難色を示していた相手も、金貨を見せたら顔色を変えた辺りちゃんと使えるようで安心した。

 部屋の中には寝具、机や椅子に棚以外は殆ど何もなく、殺風景だが壁と天井があって寛げる場所があれば今は何でも良かった。


 椅子に腰掛け、宿の二階から窓の外を見下ろす。

 既に日は落ち町には夜が訪れ、ただでさえ活気のなかった町は寝静まったような静寂に包まれていた。


 時折この町の兵士が灯りを掲げ、町中を見回る姿が目に入る辺り本当に町は緊張状態にあるのだと認識させられる。一般人の人通りが少ないのもそのせいか。

 その原因は自分達にある。再び、彼女が残酷に貫き殺した人達の光景が脳裏を過る。あの時に見せた残酷な程に美しい顔は正直もう見たくない。あの表情と比べると、本心を隠すようなあの薄い笑みの方が幾分かマシだ。

 

「……何というか、昨日から少し変だよね。父さん」

「変って、何が」

「え、いやその。機嫌が良い、というか。ほら、私と一緒に居る時の父さんって、何処か……不機嫌そう、だったからさ」

 

 流石にここまで来れば、前までアブディエルがどのように扱われて来たのか判る。

 確かにゲームでは結果的に自制ステータスが上がるような育て方をした訳だが、こうなるなら効率を重視せずにバランスの良い育て方をするんだったと悔やまれる。


 何となく興味本位だが、もしもアブディエルの前に周回した五体の怪物が存在していたら、どんな性格になったのか少し気になった。

 まあぞっとする事には変わりないし、勘弁願いたいが怖いもの見たさと言う奴だ。特に一周目の、育て方を誤った結果バッドエンドルートに直行した彼女なんか、どんな性格になっているのか。多分禄でもないのだろうけど。


「自分には自分なりの考え方があるんだ。あんまり追及しないでくれ」

「そうだね、ごめんね。ただ少し――」


 爆発音。

 アブディエルが言葉を口にするよりも前に、町全体を震わす程の爆発音が響き渡った。


 音のした方向を割れた窓の向こうから見ると、町の中央にある、巨大な時計塔が大きな音を立てながら崩壊していくのが視界に入る。

 何かしらの事故かと思いきや、町中に響く爆発音は連続して聞こえ、更には恐怖心を煽られるような鐘の音と兵士達の慌ただしい声がすぐに辺りに充満し始めた。


 その時、幾らか見晴らしの良くなった町に人影が見えた。

 ここから爆発の起きた場所まではかなり離れているのに、不思議と彼女の姿は良く見えるのである。人外になったお陰だろうか。


 赤と黒色を基調に構成された甲冑に身を包み、黒く無機質な仮面をしているお陰で表情すらも判らないが、手に握る炎を纏ったような紅蓮の長剣は彼女の胸中を表しているような気がした。

 炎や黒煙、瓦礫など様々なものが降り注ぐ中を、彼女は悠然と歩いている。その甲冑にも僅かに窺える白い肌にも、炎の灯りに照らされ煌めく絹糸のような金色の長髪にも、些細な汚れは見当たらなかった。


 ――あれには見覚えがある。

 あれは『楽しい怪物の育て方』で、自分がゲームの三週目に育てた怪物だ。


 種族は竜人ドラゴニュート。見違える筈がない。後ろを振り向けば竜人を象徴するような、太い尾が見えるのだろう。

 自身の空想が現実のものとなった気がして、俺は思わず冷や汗が垂れるのを感じるのだった。

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