世界を滅ぼすくらいに君が好き

こたつねこ

第1話 子供が沢山できました

 一時期国内を中心に話題となった育成シミュレーションゲーム――『楽しい怪物の育て方』。

 内容はそのまま。RPG風の異世界を終焉へと導く怪物を、自らの手で育て上げるもので、主に朝、昼、夜の3つあるターンを繰り返す事により怪物の育成・強化が可能となる仕組みだ。


 怪物の種族は様々で、異世界然としたような龍、使徒、悪魔を始めに深海生物、機械、果てには宇宙人や魔法少女と言った存在に至るまでが対象となっており、

 ――その種族の幅広さ。攻略の奥深さ、そして育成中に見られるイベントシーン等を理由に人気を博したゲームとなっている。


 そんなゲームの世界に転生した。


 ……捉えようによっては単に酷似した異世界とも見て取れるが、森の深奥。

 時刻は夜。不気味な木々の隙間から漏れる、月の光くらいしか光源がないと言うのに、いやに夜目が効く俺の瞳は湖に映る異形の姿を目にしていた。


 目鼻口のないのっぺらぼうの長身痩躯な男性。あの都市伝説上のスレンダーマンのような外見をしたのが今の俺で、生憎この見た目には心当たりがあった。

 『楽しい怪物の育て方』の主人公――怪物を育成する側の存在で、となると例の育成ゲーに転生したんじゃないかと不安に駆られるのは当然と言えた。


 今でこそこんな森の中に居るけど、実際に近くの町の風景もゲームと似通った所が多いし、これからどうするべきか。

 

「――ああ、ここに居たんだね父さん。探したよ」

「……アブディエル」


 暗闇を押し返す程の透明感を伴い目の前に現れたのは、二対の白い羽と仄かな光の輪を持つ、絵に描かれたような天使だった。

 神聖な白い礼服に身を纏い、鮮やかな黄緑色をしたその長髪にも、飄々とした態度にも、本心を晒さないように浮かべる薄い笑みにも見覚えがある。


 彼女は俺が最後にゲームをプレイした時に育てたキャラクターで、種族は使徒アポストル

 背に生える羽や頭上に浮かぶ光の輪から察せられる通りに天使のような存在であり、この世界の使徒アポストルは神に仕える上位種族という立ち位置だが、彼女は別の個体から生まれたものだ。形こそ天使のようだけど、実態は怪物に他ならない。


「さっきから少し様子が変だけど、何かあったの?」

「いや、何でもないよ。大丈夫だ」


 素直に心配しているのか、薄い笑みを取り払い綺麗な顔を歪ませる彼女を近くで見て少し鼻白む。

 ただでさえアブディエルと言う名の少女は、神秘的なまでに美しいのだ。更には生地の厚い礼服の上からでも判るようなスタイルの良さ。彼女自身スレンダーな体形ではあるが、それでも出る所は出ている。


 この世界に来てからまだ1日経ったか経っていないかくらいで、まだ彼女の美貌には慣れていないし、こんな子に父親だのと慕われても正直反応に困る。

 そもそも一昨日くらいまで俺は三十路手前くらいで、なのに十代後半くらいの少女にこう言われると犯罪臭を感じるというか。


 それに幾らゲーム越しに俺が彼女を育てていたとはいえ、実際にこの世界でアブディエルを育てていたのはこの、のっぺらぼうの怪物なのだ。

 もしも彼女が父と慕う中身が三十路手前の冴えないおっさんである事がバレたら、どうなるか。殺されるよりも酷い目に遭わされるかもしれない。


 『楽しい怪物の育て方』はLv制であり、基本的に昼と夜のターンに育てるキャラクターのLvを上げる事が選択で可能となる。

 昼はトレーニングにより、夜は人や魔物を狩る事によりLvが上昇するシステムとなっており、最後にプレイした際の彼女のLvはカンストを示す99に到達していた。


 その後99に到達後のイベントを終わらせる事で、ゲーム自体の目的達成を意味する『終末』業績が解除される。

 尤もまだイベントには突入していなかった筈だが、アブディエルのLvは既に世界を滅ぼす事が可能である99に到達している。

 

 まあ、何を言いたいかというと、そんな彼女が激怒した場合は勝てる気がしない。

 作中の主人公――怪物を生み出すこの存在は設定的にも『怪物を生み出すこと』に特化していて、戦闘能力は大してない訳だし、アブディエルに気取られない方がいいのかもしれない。


(と言うより、世界を滅ぼすってのも嫌だよ俺)


 今の俺がすべき事と言えば、

 1、彼女に佐藤なかばという自身の存在を気取られない事。

 2、彼女に世界を滅ぼさせない事。


 ひとつ目は威風堂々と演じていればいいだろう。作中で主人公の出番は少ないとは言え、0ではない。故にある程度の口調なんかは知っている。

 問題は二つ目だ。ゲーム内でも昼と夜のターンを消費して仲を深める、或いは怪物を休息する際に必要な『コミュニケーション』が存在するのだが、この周回で効率を優先した俺は見事にアブディエルとのコミュニケーションを怠っていた。


 世界を滅ぼさせない為には彼女との休息を連続して行えばいいのだろうけど、もしもゲーム内での行動がこの世界にも反映されているとしたら。

 前回までの主人公怪物の行動と、俺の行動に齟齬が生じ違和感を覚えるかもしれない。その辺りのバランスを考える必要があるだろう。


 ああ、それと二つと言ったが実はもう一つ悩み事はある。

 これはあくまで懸念であり、確定している訳じゃないが。俺はこの育成ゲーを、アブディエルの分を含め計6回の周回を終えており、突飛な考えだとは思うがもしも彼女含む6つの怪物がこの世界に存在するなんて事があったら。


 想像しただけでぞっとする。

 まあ気が付いたらこの世界に居て、その時に隣に居たのが彼女だけだったという時点で可能性は低いか。


 取り合えず今日は休息を取ろう。

 思わず人目から逃げるようにこの森の中に来てしまったので、必然的に野宿となるが仕方ない。アブディエルにもその事を伝えると、納得してくれたのか少し俺から離れた所に腰を下ろし、目を閉じたようだ。


 ――森の、少し開けた場所。

 そこに聳え立つ大樹の元に無垢な寝顔を晒す天使は酷く美しく、絵になった。まるで目の前の世界が非現実的だと思える程には。

 

 けれどふと、寒いのか身体を震わせるアブディエルを見て我に返る。魔術を使えばこの程度の寒さ、何でもないだろうに。

 何故使わないのか、かと言って俺自身も魔術を使えるのかもしれないけど、使い方が判らないしで。


 仕方なく自分が身に纏っていた、暗色の外套を彼女に掛けてやる。

 この身体は生憎寒さや暑さ――外部からの感覚に鈍いのか、そういったものを感じる事は少ない。今もそうだ。


 不意に視線を感じ彼女の顔を見ると、先程には閉じられていた琥珀色に似た瞳が開いていて、少し呆けたような表情をしているのが見えた。

 目を閉じていた筈なのに、という驚きと、何か不自然な事をしてしまったのではないかという不安に駆られる。


「嫌だったか?」

「いや、全然そんなことないよ……。ただ、少し驚いただけ。気にしないで」

「そうか」


 短く返事をすると早足で元居た場所に戻る。アブディエルは暫し自身に掛けられた外套を見詰めると握り締め、薄い笑みと共に再び目を閉じた。

 だが先程までの笑みと比べると、些か感情が込められている気がする。そう言えば臭くないだろうか。見たところ汚れたものではないが、自分の臭いは自分じゃあ判り辛いと聞くし。


 正直気があまり休まらない。

 色々と考える事はあるけど、様々な意味で疲労しているらしい自身の頭は重く、思考が鈍り意識が暗闇へと沈んで行くのが自分でも理解出来た。


 ***


 朝。鳥の囀りと水の音で目が覚めた。

 自然の音を目覚ましとするのは気持ちのいいものだけど、それは自分が置かれている状況が夢ではない事を如実に表していて、素直に喜ぶ事は出来なかった。


 だが、何時までもくよくよしている訳にもいかない。目の前が現実である事をちゃんと認識する必要があるだろう。 

 寝て頭の中がある程度クリアになったというか、気持ちの整理をしたお陰で少しばかりの余裕が出来た気がする。


 結局は慣れるしかないのだ。元の世界に戻れる手段もないし。

 まずはアブディエルに挨拶をしようと身を起こした所で――思考が止まった。


 白く、陶器のように繊細で触れれば割れてしまいそうな肌が見えた。

 次いで、彼女が身に纏っていた筈の礼服が脱ぎ捨てられた事により顕わになった、スタイルの良い身体。


 引き締まった腰回り。曲線を描き、水の玉も弾きそうな母性の象徴とも言うべき箇所。最早緻密に造られたのかと疑いを覚える程の完璧な肉体に対し、無意識的に目を奪われ、釘付けとなる。

 

 幾ら俺がのっぺらぼうだとは言え、顔を向ければ相手も見られていると気づく筈だ。

 実際に視線に気付いたようにアブディエルはふとこちらに目を向けると、本心を隠すような薄い笑みを浮かべ、同時に何でもないかのように自身の肌を隠す事すらしない振舞いを見せた。


「ああ、おはよう父さん。ごめんね、見苦しいものみせて。すぐに上がるよ」


 何が見苦しいのか。

 透き通った湖の中で水浴びをするアブディエルはそのまま、生まれたままの姿であり、朝の日に当てられ眩い光を放つ頭上の輪。水に濡れた白い羽。白い肌に欲情を覚える事すら烏滸がましいと思える程の身体。


 謗られる覚えはあるが、些かアブディエルの反応は卑屈とも思えた。

 とは言え大体その予想は付く。このゲームには怪物にのみ適用される特殊ステータスがあり、大きく二分するとそれらは『衝動』と『自制』と言われる。


 簡単な話、育成中に自身の怪物を自由にさせれば衝動のステータスが上がり、反対にコミュニケーションを怠り怪物への命令を多くすれば自制のステータスが上昇する。

 仮に99Lv到達後に発生するイベント時にステータスがどちらかに偏っていた場合、ゲームはバッドエンドを迎える事になる。


 幾ら怪物とは言えど、心はあるのだ。

 今回のアブディエルも、ゲーム内で俺が効率を重視しコミュニケーションをサボったお陰で、少し卑屈な性格になってしまったのだろうと考えられる。


 まあ完全に偏った訳ではなく、その辺りはうまい具合に調整した筈だが。

 ――そう言えば。確か自制カンスト時に99Lvイベントを発生させると、自身の育てた怪物が離反すると共に「貴方の愛が欲しかった」との言葉を口にするシーンがある。


 結局のところ彼等も親の愛が欲しかったと言う訳で、となるとアブディエルも同じような事を思っているのではないか。

 まだ軌道修正は可能か。今から要所要所で彼女とのコミュニケーションが取れれば、世界滅亡までの時間稼ぎにはなるかもしれない。


 バランスを取ろうとは思っていたが、この分ならアブディエルに多く構ってあげた方が彼女も人間らしい感情を覚えるかもしれないし、そうと来ればすべき事は決まったようなものだ。

 既に水浴びを終え、服を着ているアブディエルを確認する。彼女は何をするでもなく、薄い笑みを浮かべながら俺の方を見ているだけだった。


「出掛ける準備をしようか、アブディエル」

「良いけど……何処に行くのかな」

「町へ行こう」


 人の居る町であれば楽しめる所もあるだろうし、作中にも町で自身の怪物と絆を深めるシーンは存在する。

 尤も、世界を破滅させる怪物と憩いを目的として町中を訪問するのは、少し皮肉じみている気がするが。


 まあいいだろう。自分も、昨日碌に見れなかった異世界の町並みというのが気になるし、

 ――アブディエルの殺したあの人達が、今どうなっているかも知りたかった。

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