3‐10.part.T:川面でぐるぐる

「――それで、最近結構がんばってるんですよ、僕!」

 十字架から聴こえる嬉しそうな声に相づちを打ちながら、俺は彼に聞こえないようにため息をついた。足元で風が砂を巻き上げる。口の中がざらざらするような気がした。この世界は夢のようなものだから、そんなわけはないのだけれど。


 先日の透明男との戦い。それまでポアちゃんに任せきりだった俺達だったけど、俺と芳生くんも協力して、どうにか勝利をもぎ取った。ポアちゃんはあれ以降、体調を崩して、休養している。こちらの世界でのダメージの影響なのか、酷く身体がダルいらしい。一方、芳生くんは彼女にばかりは任せていられないと、特訓を始めた。毎日、興奮した声で、トレーニングのことを話してくれる。『毎日ランニングをするだけでも、身体の感覚が違う』とか『腹筋よりもプランクの方が効果的だ』とか。


 でも、俺は彼ほど必死にはなれない。もちろん、彼ら2人と一緒に戦いたくないわけではない。むしろ、大人として彼らを守るべきだと思う。しかし、大人だからこそ気づいてしまった。

 俺はあまりにも弱い。

 あの透明男を前にしたとき、“勝てる”想像ができなかった。自分の限界がわかっているから。“勝とう”という意欲すらわかなかった。

 俺には彼らのような伸びしろはもうない。特訓をしたところで届かない。自分の限界がすぐそこに見えてしまっているのだ。諦めが先に来てしまう。


「今度、河岸さんも僕と組み手してくださいね」

 明るい声に彼の笑顔が目に浮かぶ。情けない気持ちになって、生返事で通信を切る。

 きっと、組み手で彼をがっかりさせることはないだろうと思う。中学生の中でも、小柄な体格の彼だ。おそらく力で負けることはない。

と、思う、それなりに筋トレをしておけば、多少満足させるくらいはできる気がする。

 しかし、目的はそこではないのだ。俺達が目指すのは、塔の頂上。他のライバルたちとの戦い抜いた先にある。そのためには、あの透明男のようなヤツにビビっていられない。しかし――。


「もしもし?」

 終わりのない問答を繰り返していたとき、十字架から声がした。

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歪にそびえる塔は崩れても おくとりょう @n8osoeuta

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