3‐9.part.Y:晴れたなら鍛えよ

「おいおい、その程度で終わりか?」

 仁王立ちの山野さん。お願いをして、特訓してもらっている。のだけど。

「……やっぱり、そのエプロン脱ぎません?」

 ピンクの子豚ちゃんエプロンを着た成人男性が相手だと集中力がかなり削がれる。“座敷童子の能力を十全に発揮するため”らしいけど、ぶっちゃけ保育士さんみたいだ。子どもに振り回されてそうな頼りない感じの保育士さん。普段山野さんを知っているからか、余計に可笑しい。

「ははは、そうか。なら、もっといろいろ教えてやらないと、な!」

 頰をかすめる山野さんの拳。大振りな動きだからわかりやすいとはいえ、その拳圧で巻き起こる風に足がすくみそうになる。それでも、怖がらずに相手をよく見て、自分の「間合い」を保つ訓練だ。歯をぐっと噛み締め、転がるように彼の足元をすり抜ける。

「おっ、だいぶ慣れてきたか。やっぱり武道をしてるからか、対人の動き方は多少の基礎ができてるみたいだな。何をしてるんだっけか」

「剣道です。でも、部活でちょっとしてるだけで別に強くは……うひゃっ?!」

 ホッとしながら、一息つくと首元に冷たいものを押しつけられた。

「あははは!おつかれっすぅー!」

 令ちゃんだ。首のタオルで、うっすら汗ばんだ頬を拭うと、僕の方へぐっと身を乗り出して微笑んだ。

「さて、今度はランニングしよっか。一番大事なのは基礎体力だからね」


 ――この訓練をお願いしたとき、一番やる気だったのは令ちゃんだった。

 ******************************


「おっけ!ちゃんと付いてきなよ。私は厳しいからね〜」

「また、偉そうにして。お前もまだまだ人のこと言えねぇだろ」

「へへへ、先輩風吹かさせてくださいよぉ」


 呆れる山野さんに軽口を叩く令ちゃんは、僕を見てニッと笑うと静かに囁いた。

「断ると思った?

『私が守るから大人しくしてて』って言うと思った?ふふふ、傲慢だぁー!」

 彼女の短い髪がサラサラ揺れた。タバコと香水の混じったキツい香りがして頭がクラクラした。……たぶんどちらもホントは彼女の趣味ではない。だって、お洒落ではなく、闘うために使っているものだから。

「この前、偉そうなこと言ったもんね。『暴力はよくない』。『悪手』だとか、『下策』だとか。

 まぁ、芳生に戦って欲しくないのはホント。だけどさ、私はいつも一緒に居られないからね。

 それに運動は健康にもいい!ほら、ランニング行くよ!その後はプランクもやるからね!ご飯もプロテインもたっぷり摂って!」


 空は今日も青くって、暖かな日射しが眩しかった。

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