只
ohne Warum|
第1話
僕にはお手本というか 見習う者が知る範囲にいる。妹と暮らす彼のことだ。かつては父親による拷問の結果を学校で見せたのかもしれない。その先のボクシング。賞金までをも稼ぐ。父に見捨てられても 生きる為の手段を探し出す。解剖をしたい訳ではない。獣医学は家の動物たちの治療の為でもある。解剖などしたくはない。医学で生きて頂く為だ。調理をすることで呈示する先は母親だ。彼女が口にする。返答を求める。僕の妹にはそれは出来ない。彼の母親も祖母も、それはその人だけだから。娘も妻も、その他の母親以外の女性たち。脱出口が必要だ。既に初めから用意してある。彼は事実婚システムを採用した。逃がしてやれるように。
彼を敬愛することはない。但し、お手本になって欲しい。収容所では僕は命乞いをしたから。子供たちにとっての最も必要な お兄さん。僕らには出来ない。彼は僕の夢にはしない。遠くから見守る。幾らでも力になる。妹と連絡は遮断されている。当然だ。利用されてしまう。僕の母は騙されない。だが父は、僕のお父さんには学びもない。捨てられたに過ぎない。彼女が山荘で拾われた。三人で軽井沢に行ったのだそう。迷子たちの逃避先は山か森、海と港町。スキー場やキャンプ場に過ごす年末の殺戮。冬の終わりに人は燃やし尽くす。串刺しにする。宙を舞う。存続させはしない。ただ、一つのエラーとして、僕のお兄さんではない、僕を お兄さんと呼ぶ彼の存在がある。幾らでも力になる。母親を僕の箱の中に見ても その方は一人だけ。脾臓は無い。初めから。空っぽなんだ。遊びではシゾイドルという枯れ草のモンスターとして毒の粉をミミッキュに浴びせる。命乞いをしない為の父なりの生存法に倣った。僕は父を捨てない。内科に向かい、彼の住みたい屋根裏部屋に居場所を作り直す。掃除を再開する。不要な先祖の遺物に囲われた部屋を。彼の悪夢の根源に笑い続ける「おとん」の絶望を『進撃の巨人』が描く。彼に政治家を見せたくは無い。会議で同じ反応を確認作業として呈示するからだ。人は何も知らない。彼は初めから助けを求めた。誰も気づかない。僕がカウンセリングを。知りうる限りでの隣人の活かし方を試す時が来た。ようやく祖父への返答を始める。彼が掬い上げた 捨て子の野球少年だ。ネスカフェもキャラメルも運動靴も、バットも。彼は誰も撲殺しない。自らを先祖の刃物で切り裂いたのなら、それでは「おとん」も笑うしか無い。初めから何も変わらなかった、ということになる。そうはさせない。山の上の彼には余裕は無い。置き土産は彼にではなく、僕に。また娘に必ず最後の言葉を。妻には答えを。彼女は赦すことが難しいのかもしれない。それでも確かに ショパンは彼女の待ち遠しく思えてきた。本当はドビュッシー。月の光を気にするのは僕の母。沈む夕日、コンサートホール、童話と番犬、ホットケーキ、フレーク、鼠の生かし方。「箱の中には猫が不在する」。猫を抱える彼の姿は 少年時代の捨て子としての本人だ。頭を包帯で巻いて傷を治している。母の身を守る為のトイレの壁紙にはネモフィラの異空間。ひたち海浜公園に咲き続ける夢の象徴。最後は海じゃない。始まるのが海だ。リンドバーグ夫人に何を見る。『変身』や『モモ』に何を捉える。初めも終わりも 彼の不在する現実を基底とした一つの流れでしか無い。僕の父には捉えることもない。何故なら彼にとっての鼠だから。熊ではない。本当は鼠。箱の中には鼠が生かされた。「おとん」にとっては怯える為の確認装置。数人の子供は流産で亡くされた。次は彼、ではない。その灯の隣には星空が。消える電球の代わりではない。それらは永遠に光り続ける。そういう蛍光機能を付した壁紙だから。僕らの遊び場だとしても、彼にとっては安眠装置だ。屋根裏には鼠が住まない。蜘蛛と蠅、それから、何が潜む?オケラやマヨイガなどの小人たち?
彼が眠る為の屋根裏部屋に星が光る。大切なのは何も伝えないこと。意味づけは僕には任されない。妹のみせられた悪夢だ。彼が参考にする。僕にとっては唯一のお兄さんだから。
只 ohne Warum| @mir_ewig
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