第70話
「ヤマトちゃん。ボク、あれ食べたい」
アキラが俺の袖を引き指差す先には焼きイカの屋台。先ほどから食欲をそそる香ばしい匂いがあたりを漂っている。
情けない話だが、お祭りは小学校の低学年の頃に行った地区のお祭り。かなり規模は小さく、ここまでの規模は初めてで、子どもの頃の記憶と重なる屋台を見つけるとついうれしくなる。
学校での催し(個々惚れ大作戦)ではたくさんの屋台が出ていたが、あれは学校内でのことだし雰囲気が全然違うんだ。
なんかいいな……
「お、いいね。俺も食べたいな」
「そうなの。えへへ。じゃあボク買ってくるよ。あ、でも一人では全部食べれそうにないから一つを半分づつ食べようね」
「えっ、ちょっとアキラ……」
俺の返事を聞かないままアキラはうれしそうに駆け出し焼きイカの屋台主に声をかけていた。
——半分づつってどうやって切るんだよ……
なんてことを考えていたら、あれ? みんなどこ行った? いつの間にか俺は一人になっていた。
——勝手に動き回ってもいけないか……
あたりを見て近くで腰掛けれそうな段差を見つけたので、そこに腰を下ろす。
とりあえずみんなに『近くの段差に腰掛けているよ』とLIFEメッセージを送ってから、唯一焼きイカを買っている姿が見えるアキラを眺めていると、
『近くってどの辺り?』
みんなからLIFE通話があったので、今いる場所を伝えると、すぐにみんなが集まってきたのだが、
「あ! いたいた」
サキの手にはかき氷、アカリは焼きとうもろこし、ミユキはりんご飴、アキは焼きそば、ミキ先輩はわたあめ、ナツミはフライドポテトとそれぞれが食べ物を手にしている。
「わあ、みんなも買ってきたんだ」
アキラも購入した焼きイカを大事そうに持って俺の側に腰掛ける。
「じゃあ俺も何か買ってこようかな」
そう言ってから立ちあがろうとしたが、サキに手を引かれて再び腰掛ける。
「一緒に食べようよ、はい、あーん」
「へ、あ、はむ」
サキがかき氷を掬って俺の方に差し出してきたのでつい食べてしまった。
「おいしい?」
「冷たくて美味しい」
「ふふふ。ヤマトっち、今の……間接キスだよ」
「あ」
「うれしい?」
サキがイタズラが成功したような笑みを浮かべてそう尋ねてくる。可愛いんだけどね。たまにイタズラされるんだよな。
「うれしいよ」
内心ドキドキしてるんだけど、平静を装う。こういう時演技しててよかったと思うよ。
「ぶぅ、なんかヤマトっちの反応が薄い〜」
「そんなことないって」
自分が食べてもう一度俺にあーんとしてくるサキ。え、なんで、そんなにいっぱい氷を掬ってくるかな。それって絶対、分かった、分かった、口開けるからそんなに押し付けないで。
キーン
「くぅ〜」
きた〜。やっぱり頭にキーンときたよ。
「あはは」
俺が頭を押さえれば満足そうに笑うサキ、ごめんごめんと俺の頭を撫でてくる。
「サキだけずるいよ」
それからアカリから、ずいと食べかけの焼きとうもろこしを目の前に差し出されてかぶりつき、ミユキの少し齧られたりんご飴を齧って、アキから差し出された焼きそばを啜り、アキラの食べかけの焼きイカを頬張り、ミキ先輩の半分ほどになっていたわたあめを舐める。
——あっ
ミキ先輩はいいのかな、流れでつい舐めちゃったけど、付き合ってもいないのに間接キスしちゃったよ。
すぐに次に並んでいたナツミと入れ替わり後ろに下がったけど大丈夫だったかな……
「みんなずるいし、うち失敗したかも」
そう言ったナツミは一本のフライドポテトを手に取り眺めている。
「あ、ヤマト、ん」
かと思えば、ポッキーゲームのようにそのフライドポテトを突然口に咥えて俺の方に顔を寄せてくる。
「あはは、ナツミ、それってボッキーゲーム?」
「フライドポテトだよ」
「うける〜」
みんなには大受けしていた。
「う〜ヤマト食べるし」
俺もつられて笑っているとナツミが涙目になっている。これはからかいすぎたかも。
「うう〜」
「ナツミ、笑ってごめん」
さすがに反省した俺は、少し付き合うことに。反対側からギリギリまで食べて離れればいいかな。
と思っていたら、最後の最後でフライドポテトを咥えたまま、まったく動かなかったナツミが少しだけ食べて進んできた。
っ!
柔らかいものに触れてすぐに離したが、ナツミは茹でダコのように顔を真っ赤にしていた。
その後、そのことに気づいたみんなから迫られて同じことしちゃたけど、みんなよく考えている。他の人から見えないようにうまく壁を作っていたよ。
でも演技の練習にもなるからとミキ先輩ともしちゃったけど、いいのかな……
————
——
「姉さんから聞いてきたんだけど、いい場所があるらしいのよ」
そろそろ時間的に花火が上がる。
見るなら少しでも近くに行った方がいいと思っていたが、花火の打ち上げ会場となる河川敷に近づけば近づくほど会場に向かう人で溢れていた。
この様子じゃ近くに行ったとしてもゆっくり見れる状況じゃないだろう。
そこで予定を変更、河川敷に向かうのをやめて少しでも高い建物の中からジュースでも飲みながらゆっくりと眺めることにした。
それらしい建物を探そうとあたりを見渡していると、ミキ先輩がちゃうどいい穴場をマキさんから教えてもらったと言う。
——へぇ、マキさんがね……好きに使ってもいいと……
ただ、そのマキさんも知人から聞いただけで自分では行ったことはないらしい。でも、いまさら河川敷に向かったとしてもさらに人が増えているだろう。それなら不安は残るが、とりあえずその場所に向かってみることにした。
「へぇ」
そこはどこかの撮影スタジオの屋上だった。デパートの建物だったら同じような考えの人で溢れていたかもしれないが、この建物は裏手の方に回らなければ上がれなくなっていて、カギのかかったドア(今は開いていた)があるので普通の人は気づかない。これはホントに穴場かも。
「うわ、ホントにいい場所」
「うん、だね。あ、しー」
ただ何組かの女性たちがレジャーシートを広げて盛り上がっている。そうか、この女性たちがこの建物の関係者でカギを開けていたのかもしれない。
そのことに気づき軽く会釈しただけで邪魔にならないように離れた所に腰掛けるが、
——彼女たちは……
その女性の中にアヤカさんとマドカさんの姿を見つけて俺は驚いた。
地味偽装する俺だけど、思ってたのと違う。彼女たちは意外と勘がいい。 ぐっちょん @kouu
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