第69話
「ヤマトっちってケンカ強かったんだね」
「うん、カッコよかった」
電車で夏祭り会場に向かっていると目をキラキラさせたサキがそう言ってから俺の袖を引くと、みんなもうんうんと頷いている。
「そんなことはないよ。今は撮影でアクションシーンを撮っているから身体が勝手に動いたんだよ」
監督の無茶振りには振り回されて毎回ハードルが上がっていくけど、監督がこだわるだけあってアクションシーンはなかなか良い感じに仕上がっていると思う。
「ヤマトくんのアクションシーンはすごいのよ。激しくて見ているこっちまでハラハラするのよ……」
俺のアクションシーンはそのまま使われてて自分のアクションシーンは編集でスピードアップされてるからちょっと悔しいんだよね、とミキ先輩は続けて話した。
「そうなんですか」
でもミキ先輩も動きにキレはあるしスピードはなかなかのもの。決して他の2人(女性陣)と比べても劣るということはないんだけどな……
「そうだよ」
今日のミキ先輩はさすがに顔バレはまずいと思ったらしく、俺みたいにメガネかけている。というかアキラもだね。あとはアキとミユキもメガネだから、今日はメガネ女子比率が高い。
でもダサい伊達メガネは俺とアキラくらいか。アキラは女の子だからもっとお洒落な伊達メガネにすればいいものの、ヤマトちゃんが分かってくれてるからいいって断るんだよな。
単に男に声をかけられるのが面倒だと思っているだけかもしれないけど……
ちなみにサキたちからもらった家族旅行のお土産はお菓子とたまたま見つけたらしいブサネコのキャラクターイラストの入ったTシャツ。着ることはないけど好きなキャラクターだからうれしい。
————
——
「うわ〜」
「さすがに多いね」
夏祭り会場のある駅で降りてから少し歩けばお祭り会場となるけど、入る前からすでに人で溢れかえっている。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
会場入り口あたりで配られている、うちわを貰い仰ぎながらみんなで雰囲気を楽しむ……のかな。
実は俺、毎年開催されている夏祭りだけど、参加したのは初めて。どうしようかと思っていると、
「あ、射的があるし」
「ちょっ、ナツミ」
射的の屋台を見つけたナツミに腕を引かれる。色々と柔らかいナツミに腕を引かれて屋台の前に立った俺の手には射的銃が。
「ウチ射的すきだけど自分じゃ取れないからヤマトあれとって」
ナツミが指差した先にあるのはイヌだかネコだか、いや、あれはタヌキかな? それともキツネ? なんだから分からない手のひらサイズのぬいぐるみ。
ナツミが期待している目を向けるので取ってやりたいのは山々なんだけど……
「なんだ、おらっ! くそがっ!」
「かーくん、あっちの金魚すくいしようよ」
「うるせぇ! おらっ、ぐぬぬ!」
隣で若い彼女をたくさん連れたヤンキーっぽい男がムキになるほど何度も打っているんだよね。たぶんだけど、この射的銃、威力が弱い。当たっても倒せるか不安だ。
やめた方がいいと思うけど俺の手には既に射的銃があるんだよな……
「うーん。やってみるよ」
——ん?
一見、頭の大きなぬいぐるみ。頭を狙えば簡単にバランスを崩して取れそうに見える。でも尻尾だ。尻尾が身体を支えていて仮に頭を狙っても威力の小さなゴム弾では倒せないだろう。
というわけで頭を狙うのをやめてぬいぐるみの右肩辺りを狙った。
パンッ!
よし。俺が狙ったところにゴム弾が当たる。ぬいぐるみはくるりと回転しながら後ろに落ちた。
お、ゴム弾は5発あるから少しずつズラして落とすつもりだったけど、これはラッキー。
「ヤマト!」
大喜びで俺に抱きついてきた浴衣姿のナツミ。浴衣で生地が薄いからナツミの柔らかさがものすごく伝わってくる。おっと厳つい店主がこっちを見ていた。
「兄ちゃんやるね」
ちょっと悔しそうな顔をする屋台の店主がぬいぐるみを差し出してきたのですぐに受け取る。
「はい。ナツミ」
それをそのままナツミに渡すんだけど、チラッと見えたタグにはキツネとあった。キツネだったのか……
「ありがとう大切にするし」
ナツミが、ワンちゃんかわいいと大事そうに両手で抱えたけど、それキツネらしいよ。
まあ、うれしそうに抱き抱えるナツミを見たら指摘するのもどうか思ったので黙っていることにしたが、ぬいぐるみのタグにはキツネと書いているからそのうち気づくだろうな……
ゴム弾が4発残っていたので、マッスルレンジャーのソフビ人形を狙う。取れたら弟たちが喜ぶと思ったからだ。
パン! パン! パン! パン!
4発打って全て落としてしまった。ヤバイ、隣のヤンキー兄さんが悔しそうな顔で俺を見ている。いや、睨んでいる。
いくら睨まれても無視すればいい……と思っていたけど、
「なあ、そんな陰キャといて楽しい? こっちきて俺と遊ばない」
サキとアカリとナツミに手を出そうとするヤンキー。他の彼女たちにはちらりと視線を向けただけ。その隙にサキたちはサッと俺の後ろに逃げたが、同時にヤンキーの彼女さんらしき4人がほぼ同時にため息をついていた。
「はあ〜」
ため息を吐くだけで何も言わないとろこをみると、彼女さんたちにとっては見慣れた光景なのかもしれない。
しかし、今日はよく絡まれる……まあ、理由は分かっている。みんないつもよりおめかししているからすごく可愛いんだ。
それに引き換え俺は地味なまま。少し脅せばどうとでもなるって思われているんだろうなぁ……
俺より身長が低いから眉間に皺を寄せた顔で下から睨み上げてくる。
「ヤマトっち行こ」
「だね〜ぬいぐるみも取れたし」
「いこいこ」
背後に逃げたサキたちが俺の浴衣を引っ張る。俺も小さく頷くと、ヤンキーの言葉を無視して、サキとミユキ、ナツミとアキ、アカリとアキラ、そしてミキ先輩を先に行かせるようにして、ヤンキーから遠ざけていく。
「おい! てめぇ……」
まあそうなるよな。顔を真っ赤にしたヤンキーが今にも俺に掴みかかってきそうだ。そんな時だ、
「おい坊主! やらねぇならあっちに行け! 後ろが支えてぇんだ」
厳つい屋台主のドスの効いた声がヤンキーに向けられる。
たしかにお客さんが並んでいる。子ども連れやカップル、それに……
——チキちゃん?
チキちゃんとB組の早川、土持、高田、山本が一緒に並んでいた。
しかも早川、土持、高田、山本たちがちょっと爽やかになっている。髪型を変えているからかな。チキちゃんと景品を見ているから俺たちには気づいていないようだけど5人で楽しそうにしている。
「ちっ!」
皆から注目されていると気づいたヤンキーは居心地が悪くなったのか彼女たちと足早にどこかに行ってくれた。
——ふぅ。
下手な対応すると俺以外が狙われる危険があったので正直ホッとした。
俺が厳つい屋台主に軽く頭を下げると、屋台主はその顔を背けて手をひらひらさせてあっち行けとする。
ぶっきらぼうで口調は荒いが良い人だったのだろう。俺は屋台主に感謝しつつその場を離れた。
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