第68話

 長いようであっという間の夏休み。残すところ後わずかだけど、俺は撮影やレッスンに日々追われていた。


 有料会員様になってくれたファンの方……自分でも信じられないと思うけど、五桁(1万人)に入った。ちなみに無料会員は六桁(30万人)くらいらしい。


 でも9月からグッズ販売開始と聞いているから今はまだ生写真だけの販売しかしていないんだよね。大丈夫かな。


 しかし俺はまだ知名度が低いはずなのに何故こんなに増え続けているのだろうと不思議に思っていたら、グレイドの会員さんの何割かがそのまま会員になってくれているのだろうってレイコ義母さんが教えてくれた。


「あ〜」


 初めて浴衣を着てみたが……


「やっぱりやめようかな」


 みんなが浴衣を着るって言ってたから合わせてみようと思ったんだけど、着なれていないからどうしても似合わないような気がする。


 そう今日は夏祭りなんだ。久しぶりにみんな集まり祭りに行くことになっている。なかなかみんなに会えてなかったから楽しみでならない。


 しかも今日の夏祭りは県が主催するお祭りなだけあって、男女の仲を深めるカップルイベントや、彼氏彼女の欲しい人が参加するカップリングイベント、カラオケ大会にダンス大会、打ち上げ花火などイベントが盛りだくさんなんだ。


「わー」

「おー」

「お兄、カッコいい。まっするさむらいみたい」

「お兄、どっかいくの?」


 リビングで母さんたちに浴衣が似合っているか聞こうかと思っていたら、水色の甚平を着た弟たちが駆け寄ってきた。


「お、甚平を着たのか。カッコいいな」


 1人1人順番に頭より高く持ち上げて(高い高い)は降ろし、それを何度か繰り返す。こうすると弟たちが喜ぶんだ。でも激しくすると危ないのでゆっくりとしている。


「俺は友だちと祭りだね……ハルトとナツトとアキトとフユトは……」


「「「「おまつりだよ!」」」」


 うん。知ってた。母さんたちとお祭りに行くって言ってたもんな。「かのじょといくの?」とませたことを言う弟たち。そうなんだよな、弟たちはすでに彼女がいるんだよ。弟たち、幼稚園ではかなり人気があるらしいし。


「まあ、ヤマトくん。今日は浴衣なのね。よく似合っているわよ」


「本当ね。昔のタケルくんを思い出すわ」


 少しおしゃれをしたメグミ義母さんとカナコ義母さんがリビングに入ってきた。その姿は可愛らしくて、とても子どもがいるように見えない。


 父さんに一緒にお祭り行ってあげないとたぶん義母さんたちナンパされちゃうよとLIFEでメッセージを送っておく。

 父さんならこれだけで心配になって、どこかで合流するはずだ。義母さんたちも喜ぶはず。


「きゃはは」

「にぃたん」

「にいにい」

「にい」


 同じく可愛らしいピンク色の甚平を着た妹たちまで入ってくるとリビングは一気に賑やかになった。


 弟や妹たちとマッスルレンジャーごっこ(もちろん俺はマッスル怪人でやられ役)をして遊んでいればいい時間。待ち合わせ場所は近場駅だしそろそろ向かおうかな。


 ——あ。


 浴衣のことを聞こうと思っていたのに、結局弟や妹たちと遊んでいてすっかり忘れていた。


 ——まぁいいっか。


 玄関の姿見で浴衣姿をもう一度確認してみたら悪くないような気もしてきたし……ただメガネをかけると、


「……。やっぱり似合わないかも」


 そう思ったけど着替え直してみんなを待たせてしまっても悪いので、多少不満に思いながらもこのまま行くことに。


 自転車を走らせれば近場駅にはあっという間に着くので、自転車置き場に自転車を止めて、すぐにみんなを探した。


「誰か着てるかな?」


 LIFEでメッセージを送れば、すぐに返事がある。


「あれ」


 暑いから中で待ってるらしいが、どうも俺が最後のようだ。待ち合わせ時間の15分前なんだけどな。しまったなぁ、と思いつつみんなを探せばすぐに女の子7人の集団を発見した。


「ん?」


 少し近づくとちょっと様子がおかしいことに気づき、駆け足になる。


「逃げんなよ、おい」


「なあ俺たちと行こうぜ」


「彼氏待ってるって嘘だろ、俺たちと遊ぼうぜ」


「少しかわいいからって、あまり調子に乗らない方がいいよ。俺たち加減ができないからさ。へへ」


「そうそう。くくく」


 この辺りでは見たことのないチャラチャラした5人組の男たちがサキたちにしつこく話しかけていたのだ。祭りで他所から着たとすれば降りる駅を間違えていると思うのだが、そいつらは肩に手を置こうとしたり、腰に手を回そうとしたり。彼女たちが嫌がっていても構いなしだ。


「離せっ、あっち行けし!」


「へへへ、捕まえた!」


「ナツミ!」


 アカリを庇って腕を掴まれたナツミがチャラ男の手を振り払おうとするが離れず、


「てめぇはキモいんだよ!」


 怒ったナツミがチャラ男の足を思いっきり踏んだ。


「痛っ! てめぇーごらっ! こっちが優しく出てりゃあつけ上がりやがって」


 男が右手を勢いよく振り上げたので、ナツミは反射的に摘まれていない左腕で顔を隠す。


「ナツミ!」


 サキが叫ぶが男は構うことなく振り下ろ……


「おら……っ!?」


 男が振り下ろす前に俺がチャラ男の後ろ襟首を掴み後方に引く。するとこのチャラ男、足腰が弱いのか後ろに転げた。掴んでいたナツミの腕も自然と離れた。


 ——あ……


「俺の彼女たちに何?」


 転げてまだ起き上がってこない。ケガしてたらやばいかなと思ったが、


「ヤマトっち!」

「ヤマトちゃん!」

「ヤマトくん!」

「「「「ヤマト!」」」」


 みんながホッとしたような顔をして俺の背後に隠れるので、少しはいいところを見せないといけない気がしてきた。久しぶりにみんなの浴衣姿がかわいいし。


「な、なんだてめぇ!」

「くそ陰キャがなんのようだ」


 眉間にシワをよせて色々と罵倒してくる残り4人のチャラ男たち。


「だから俺の彼女たちに何。お祭りに行くのなら降りる駅間違っていると思うけど」


「ああ! 陰キャが、女の前だからって何カッコつけてんだっ!?」


 ゆっくりと近づいてきたチャラ男の1人が歯に物が詰まったような物言いで脅してきたかと思えば容赦なく右拳を突き出してきた。


「きゃ」


 彼女たちは悲鳴をあげるけど、はっきり言って遅い。これはたぶん、アクションシーンを何度も取り直した成果でもあると思う。

 あの監督、俺が殺陣を学び少しは動けると知ってから容赦がないのだ。


 他の人がゆっくり寸止めのところを俺には普通に当てて構わないと戦闘員コゲニックたち(東西アクション劇団の方たち)に指示をしている。


 劇団の人たちってめちゃくちゃ鍛えているから、パンチやキックのキレがハンパないのだ。俺はそれを必死に躱すんだけど監督はとても喜んでいたな。


 おっと、今はそれどころじゃなかった。


 俺はそれ(チャラ男の遅いパンチ)を僅かな動きで躱すと、鍛えていないのか、流れているチャラ男の身体、お留守となっている足下を軽く払ってやる。


「え……おわっ」


 カッコ悪く盛大に尻餅をつくチャラ男。尾骶骨を思いっきり打ち付けて痛いらしくお尻を押さえたままうめき声を上げている。


「ぐぅ……」


「足腰弱いね」


 それから残りの3人の方に顔を向けると2人は腰が引けていて逃げたそうにしているが、


「へぇ、陰キャのくせになかなかやるじゃん」


 残りの1人が指をポキポキ鳴らしながら俺の方に近づいてきた。でも線も細いし歩き方からして全然強そうに見えない。


「……」


「あはははっほれ!」


 俺が何も言わずにいると、そのチャラ男。俺が怖気付いたと勘違いして笑ったかと思えば、いきなりの蹴りだ。ミドルキックだった。いきなり足を出すなんて正気の沙汰じゃないがやっぱり遅いんだよね。


「ぶべっ」


 片足立ちになっているから支えているもう片方の足を素早く払ってやれば顔面から倒れた。


「あ」


 すごく痛そう。


「いぇ、痛ぇよ、痛ぇよ……」


 顔を押さえて転げ回っている。その内に、


「君たち! やめなさい!」


 誰かが呼んでくれたのだろう。駅員さんプラス警備員さんが駆け寄ってきた。


「やべっ!」

「逃げろ!」


 残りの2人が逃げようとしたので素早く駆け寄り後ろ襟首を掴んで引っ張り倒す。逃がすわけない。


 それからすぐに警察の人まで来てくれて、少し時間を取られたが、俺たちは事情を話すと正当防衛だと判断されてすぐに解放された。色んな人が見ていたから疑われることがなかった。


「ヤマトっち」

「ヤマト」

「ヤマトくん」

「ヤマトちゃん」


 みんな浴衣を着て軽く化粧をしているからとてもかわいい。男が側にいなければナンパもされるだろう。


「みんなが無事でよかった。あとナツミはあまり無茶しないでね」


「うん」


 1時間ほど遅れたけど、それからお祭り会場のある駅まで電車で向かった。









 

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