番外編

地味ハロウィンはジワジワ楽しい

 大都市デュドレーの片隅に建つテラスハウスは、夜の闇に沈んでいる。

 明かりが漏れているのは、魔女レネーと使い魔リズルドの暮らす部屋の窓だけだ。


「あーっ、しまった!」

 居間のカレンダーを見たレネーが、いきなり声を上げた。

 もう寝ようと立ち上がっていたリズルドは、ギョッとして顔を上げる。

「ど、どうしたんすか」

「明日、10月31日じゃん!」

「そうっすけど?」

「アンリのお店に、シャンプー届けに行くって約束しちゃったよ!」


 大都市デュドレーで雑貨店を営んでいるのが、アンリだ。

 レネーは、魔法を使って作ったシャンプーを唯一、アンリの店にだけ卸している。それもあってか、元々人気だった彼の店は、ますます繁盛していた。

 以前は日曜日は営業しない店が多かったのだが、終戦ムードも手伝って今は好景気で、日曜も店を開いたり営業時間を伸ばすところが増えている。


 リズルドは首を傾げた。

「えーと……明日届けに行くのに、何か問題でも? 天気も良さそうだし……」

「ハロウィンじゃん。魔女姿で町を歩いてると、お菓子をたかられるんだよ」

 レネーは言うが、リズルドはピンと来ないようだ。

「ハロ……何です? 何でお菓子?」

「あ」

 ようやく、レネーは気づいた。

(そっか。リズはハロウィン、知らないのか)


 かつて少年兵だったリズルドは、特殊な施設から出ることのないまま育てられている。世間一般の行事には疎いのだ。


「元々は、先祖の霊がこの世に里帰りする日を祝う祭りでね。霊に紛れて悪しき者もやってくるから、人々は仮装をして本来の姿を隠し、悪しき者たちの仲間のフリをしたんだ。今では、その仮装だけが残ったお祭りになってる」

「仮装の祭り、ですか。え、魔女の仮装もあるってこと? 魔女も『悪しき者』扱いってことっすか?」

「まあね。そう思われてた歴史もあるからさ。ああ、今の人たちは単なるファッションでやってるだけだから、別に私も気を悪くしたりはしないよ?」

 レネーは軽く手を煽ったが、ため息をついた。

「問題はね。たぶん供物くもつから派生したんだと思うけど、仮装している子どもたちにお菓子をあげなきゃいけない、ということになってる点で」

「お菓子」

「魔女の格好で歩いてると、祭りに参加してると見なされて、子どもにお菓子をせびられるんだよ……! 大人は子どもにお菓子をあげる、もしあげなかったら子どもは大人にイタズラしていい、ということになってるんだ!」

「ははぁ。悪しき者らしく……ってことか」

「知らんわ! まったくもう、めんどくさい」

 口癖の「めんどくさい」を炸裂させながら、レネーはうなる。

「だからハロウィンの日は外に出たくなかったのに、うっかりしてた。でも、明日納入する約束だし」


 リズルドは一応、考える。

「その辺、姿を消す魔法あたりで何とかなったり」

「しない。ていうかできない。今の私はシャンプー作るので精一杯だし」

 髪を切ってしまったため、以前のようには魔法が使えないレネーである。


「……かくなる上は、仕方ない」

 レネーはすっくと立ち上がった。

「『一般人の仮装』をする!」

「……は?」

「いつも着てる、黒ローブは着ない。一見レネーだとわからないような格好をする。リズもオオカミ姿はダメだからな。オオカミ連れてたら私だってバレちゃうもん」

「はぁ? ちょ、勘弁して下さいよ、何でオレまで」

「仮装だよ仮装! どういう設定で行く?」



 そんなわけで──

 レネーとリズルドは10月31日、『仮装』をして街を歩いていた。


 シャンプーの入った箱を二輪カートで運ばなくてはいけないので、それが不自然ではない格好をしなくてはならない。

「今日は、デュドレーの中心部にある時計台広場でファーマーズマーケットがある。私たちは、そこに農作物を売りに行く農家の姉弟。いいね?」

 というわけで、レネーは布の帽子で髪をすっぽり隠し、素朴なワンピースにエプロンをつけ、ブーツを履いている。

 リズルドも同じように、布の帽子に生成のシャツにベスト、青いズボンにブーツ姿だった。もちろん、ピンクの首輪は外している。


「黒以外を着てるリズ、新鮮だー。まだ着れたなぁ、その服。似合う、似合う」

 レネーは、二輪カートを引いて歩くリズルドを眺める。

 リズルドを拾ったばかりの時に、彼の着替えとして買った服だった。家事をするから汚れてもいい服がほしいとリズルドに言われ、古着屋で見繕ったのだが、成長を見込んで大きめのものを買ってあった。それがぴったりである。

 リズルドは彼女の評を居心地悪そうに聞き、そして彼女の格好をじろじろと見た。

「レネー様、エプロンなんか持ってたんすね」

「まあ、一応買うだけは買ってあってな……使ってないけど」

 いつも部屋着でシャンプー作りをしているレネーは、汚れても構わないと考えてエプロンは使っていなかった。洗濯物が増えるだけだし、要するにめんどうくさいのだ。


「さてと……せっかくだから、大通りを通ってみる?」

 いつも裏道しか使わないレネーとリズルドだが、今日のレネーはそう提案した。

 リズルドに、ハロウィンを見せてやろうと思ったのだ。


 街の大通りは、ハロウィン一色だった。

 あちらこちらにカボチャやコウモリ、お化けをモチーフにした飾り付けがされている。店頭でパンプキンパイが売られていたり、カラフルなキャンディが売られていたり。

「……なんか、にぎやかっすね」

 リズルドは気になるようで、そわそわとあたりを見回している。

「あ。レネー様、あれ」

「ん?」

 リズルドの示す方をレネーが見ると、黒いローブにとんがり帽子の女の子と、やはり黒い服装にあちこち包帯をまいた男の子が、大人にお菓子をもらっていた。

「いや、格好が、オレとレネー様みたいだなって」

「言われてみると、私はともかくリズも普段からハロウィンだよな」

「……普段から場違い、っすかね」

 何となく、スン……となる師弟である。


 雑貨店に着いてみると、店主のアンリはピエロの仮装をしていた。ホラー小説に出てくるキャラクターらしい。頬に涙の形のペイントをしている。

 彼はいつものように、ちょっとどもりながら二人を迎えた。

「い、いらっしゃい。あ、あれ? レネー、なんか、いつもと、ちっ違う」

「仮装」

「仮装?」

「そう。ハロウィンだから。あ、今日は彼が運んでくれるから」

 シャンプーの瓶の入った箱を二つ重ねて持って、リズルドが店に入ってくる。

「えっと、レネー、こちらは」

「リズルドだよ」

「! あ、あのオオカミ、くん!?」

「どうもっす。カートにあと二箱あるんで持ってきます」

 リズルドはぼそぼそっと言って、持っていた分をカウンターに置くと、サッと外へ出て行った。

「え、あの、人間なの? どうして今日はオオカミじゃないの?」

「だから、仮装」

「仮装??」

 首を傾げるアンリだった。


 店を出ると、レネーはリズルドを振り向く。

「よし、お仕事終わり。アイス食べに行きたいところだけど、今の季節はアイスクリーム屋さんやってないんだよな。あ、でもリズにお菓子買ってあげよう」

「な、何でお菓子」

「だってハロウィンじゃん。初めてだろ?」

「子ども扱いしないで下さいっ」

「そう? まあいっか、じゃあ夕食を買って帰ろう。私、さっき屋台で売ってたパンプキンパイ食べたいんだけど、リズは?」

 レネーに聞かれ、リズルドはややためらったが、口ごもりつつ言った。

「…………焼きリンゴ」

「おっけー」


 結局レネーとリズルドは、パンプキンパイに紫芋のパンケーキに焼きリンゴと色々買い込み、家に戻ってきた。

 テーブルに食べ物を広げて、リズルドが何やら頬をほころばせている。

 レネーは軽く目を見開いた。

「リズ、何だか楽しそうだな?」

「あっ、いえ……その……。仮装して、こういう食べ物買って、一応ハロウィンらしいのかもと思ったら、つい」

 フフッ、とレネーは微笑む。

(一応それを狙って買ったんだよな。リズ、アガってきたかな? でもさすがに地味すぎるかも。よし、もう一押し)

 彼女は「ちょっと待ってて」というと、軽い足取りで居間を出て階段を上がった。部屋から口紅を一本、持って戻る。

「ママンにもらったまま使ってなかった、オレンジ系の口紅なんだけど……リズ、ちょっと」

 レネーは手招きをして、リズルドをそばに呼んだ。

「何すか。女装は嫌ですよ」

「唇にはつけないから。屈んで」

 いぶかしそうにしつつも、リズルドは屈む。彼の顎に手を添えて支えると、レネーはちょいちょい、と彼の頬に口紅で模様を書いた。

「はい」

 手鏡を見せる。

 リズがのぞき込むと、頬にオレンジの星が描いてあった。

「あ……ペイント」

「アンリがやってたやつ」

「じ、じゃあ、レネー様も」

「私も? そうだね、じゃあ描いて」

 ひょい、とレネーは口紅を差し出す。

「…………」

 リズルドは慎重に、そーっとレネーの顎に触れて顔を支えると、頬に小さな星を描いた。

 緊張しているのか、「あっ、歪んだ……」などと言っている。

「気分、気分。よーし、いい感じになってきたね! そうだ、リンゴのサイダーもあった気がする!」


 飲み物も用意して、二人はテーブルを挟んで座った。

「いただきます!」


 オレンジ色の断面も鮮やかなパンプキンパイ、紫色がホラーらしさを添えるパンケーキ、そして丸ごとツヤツヤ焼きリンゴ。

 頬に星をペイントし、農家の姉弟に扮したまま、二人はハロウィンディナーを味わう。

「それほどお祭りっぽくしなくても、なんか、……楽しいっすね」

「これくらいなら、めんどくさくないしな。地味ハロウィン最高」


 二人の初めてのハロウィンは、こんな感じだったのだった。

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魔女の髪に触れていいのは使い魔オオカミだけ。魔力成分を保ちながらサラツヤの髪へ…… 遊森謡子 @yumori

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