扉を開ければ

歩く屍

第1話 扉と妖精

「はぁ〜。今日も退屈な1日だったな〜」


 この退屈そうなため息と目をしているのは、音詩炉琴波おとじろことは


 高校では楽しい学生生活を送りたかったため、何か面白そうだな〜という軽い気持ちで入った吹奏楽部。


 しかし、琴波ことははなんか違うな〜と思い悩んでいる。


 ある人特有の甘い考えと勘違い。


 入ったからと言ってうまく音楽を奏でられる訳がなく、楽譜の読み書きや楽器の適正と練習が必要となるのだが、飽き性な琴波は練習するもうまくならず、努力の壁にぶち当たっていた。


 最初からできる人間は絶対にいない。


 しかし、練習するにつれて頭によぎる。


 本当に努力してできるようになるのだろうか。


 ずっとできなかったらどうしようかと。悩みが膨らむにつれて、できないことは楽しくないと思い始め、音楽は苦痛へと変わっていった。


「せっかく入ったのに、練習しても弾けないし……。もうちょっともうちょっとって、頑張っても頑張ってもうまくいかない。帰ったら、好きなファンタジー小説でも読もうかな〜」


 できないことへの劣等感とストレスを解消する為に、家に学校から帰った琴波ことはは、自室に籠もりファンタジー小説を読み耽る。


「あ〜、やっぱいいな〜。誰も見たことのない世界。食べ物。友情に恋か〜。特に妖精とか会ってみたいな〜」


 なぜ妖精なのか、それはファンタジー小説にでてくる主人公が妖精だからだ。


 しかし、ただの妖精ではない。この小説にでてくる妖精は、楽器を使い仲間を癒すことのできる、いわゆるヒーラーという役割なのだ。


 だがこの妖精は最初、音楽を奏でることができず、使えないヒーラーだと罵倒される。


 しかし、努力の末大活躍し、誰にも劣らない音楽とヒーラーとしての能力を認められるという物語なのである。


 この主人公と自分自身を重ね、琴波は自分が主人公になった気分で楽しく読んでいるのだ。


 読みふけって夜になっていたことに気づく琴波は、ベッドへと潜る。


 すると、とある夢を見ていた。


『真っ暗で何も見えない。けど、動き回れる?』


 それは、辺りが暗闇で包まれた世界。しかし、自分自身は動けるという夢にありがちなものだった。


『私は今眠っている筈だから、これは夢? 眩し!? あの扉はなに?』


 目が離せない程の圧倒的存在感と光を放つその扉は、琴波が扉を開けるのを待っているかのようだった。


 その存在に魅入られた琴波は、扉に手を伸ばし触れる。


 すると、勢いよく吸い込まれ、目の前が緑一色となる。


 そこには、まるであのファンタジー小説にでてくるような妖精の姿がそこにはあった。


『ここは、いったい……』


 夢の世界とは認識しているのだが、明らかに綺麗すぎる緑と流れる水。他にも、ちょうどよい涼しい気候と太陽の眩しさ。


 全てを感じることができる。


 まるで、ここが本当に生きている世界のような狐につままれている感覚だった。


『あら?貴方は誰?』


 そこへ、1人の妖精が琴波に話しかける。


『わ、私は……音詩炉琴波おとじろことは。ここはどこ?』

『ここは私達、妖精が住むフェアリーガーデンという世界です。申し遅れました、私はピリア。妖精の1人です』

『妖精のいる世界。すごい……』


 憧れていたあの妖精に会えるなんてと、心躍り胸の奥が熱を帯びる琴波ことは


 そこへ、他の妖精とは違い明らかに大きい妖精が目の前に現れる。


『はじめまして、私はこの世界、フェアリーガーデンの長。フェアリークイーンと申します。貴方は、別世界から夢を通じてここへいらしたのでしょ?』

『ど、どうしてそれを……』

『やはりそうなのですね。これは一時の奇跡。時が来たら、貴方は夢から覚めるでしょう』

『そう……ですか……』


 せっかくこんなに近くに会いたかった妖精さんがいるのに、この奇跡が一時的なものと知り、明らかに残念という顔になる琴波


『しかし、これも何かの縁。よければくつろいでいってください』

『はい。ありがとうございます』

『この子たちは音楽が好きなんです。もしよろしければ、体験していきますか?』

『妖精さんの使う楽器ですか!見てみたい!』


 高校生とは思えない純粋な好奇心からくるキラキラした瞳には、フェアリークイーンも気に入った様子だった。


 妖精たちに案内された琴波ことはは、見えてきた楽器に目を奪われる。


『すごい! 不思議な楽器! どうやって使うんだろ?』


 そこにあった楽器は、元の世界にはない奇抜きばつな楽器だった。


 やり方を教えてもらい、練習するがやはりうまくいかない。


『あはは……。やっぱ、吹けないや』

『最初からできる者などおりません。貴方は、できないことに怯えているだけです。自信を持ってください。きっとできますよ』

『でも……』


 自信を持ったぐらいでできるのなら、今までの私は? 自分の使ってきた練習はなんの為にあったのか。


 そういった嫌な感情が芽生えてきて、初めて会ったばかりのフェアリークイーンを琴波は信じることができなかった。


『……自信とは、自分の心を叩いてくれる活力。そして、前に進むための動力へと繋がります。貴方は、諦めきれていない。そうでしょう?』


 琴波は自身の心に何度も問いかけを繰り返す。


 すると、心の内には確かに諦めきれていないものがあった。


『分かりました。もう少し、頑張ってみます』

『はい。私も及ばずながらご協力しましょう』


 この奇跡が続く限り、練習に費やした。夢であることが嘘のように思えるほどに、たくさん練習した。


 すると、まともに音がでるどころか、コツを掴むと妖精たちと音楽を奏でられるまでになったのだ。


『ありがとうございました。こんなに楽しい音楽は、生まれて初めてでした』

『それは良かったです。私達も初めての来客で嬉しかったですよ。そろそろ、そちらともお別れのようです』

『え? な!?』


 琴波は自分の姿を見ると、粒子となってまるで溶けているような現象が自身に起きていた。


『分かってはいたけど、お別れだなんて……』

『いつでもお会いできますよ。貴方に音楽が楽しいという心があれば』

『本当に?絶対だよ!』

『ええ。お元気で……さようなら……』


 夢から覚めた琴波の目には、なぜか雫が溜まっていた。夢の内容は思い出せず、変わらない日常がまたやってくる。そう思ったが、部活動でなぜかできなかった楽器がうまく弾けるようになっていた。


 不思議に思った琴波だったが、それからというもの大人になるまで音楽を好きでいられる事を当の本人はまだ知らない。



























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