第3話 伊藤の家
想像通り、少年の面倒を見ることになったのは伊藤だった。しばらくは学校も休ませ精神状態が落ち着くまで伊藤も自宅待機で、この子と過ごすように命じられた。
男の子はおどおどした様子で後ろをついてくる。走っている車から飛び降りるという胆力を見せた子供とは思えないほど、怯えている。
あの後、子供は病院で暴れたらしい。母親を殺してしまった事、自分がけがをしたはずなのに起きたらきれいさっぱり傷が治っていたことなど自分が人間じゃないと分かってしまったことに耐えられなかったらしい。
死にたいと騒ぎ、何度か自殺を試みたらしいのだが死ねなかったらしい。目を離すとすぐに死のうとして病院では大変だったという。けれど、どんな大怪我をしても少しすれば傷は完治してしまうそうだ。
「えっと、なんて呼んだらいいかな。
俺は伊藤洋介。おじさんって呼び方以外なら何でもいいよ」
まだ、まだ20代だからおじさんって呼ばれるのは辛いからと必死で言い訳をする。子供は俯いたまま、ぼそりと小さい声で「カイ」と名乗ってくれた。
「じゃあ、カイ君にはここに住んでもらう事になるんだけど、、妙なものも一緒に暮らしているんだ。とりあえず一旦見てもらうね」
家のドアを開けた途端伊藤の顔に尻尾が二本ある猫が飛びついてきた。
「うあーもー!なんだよ、餌が気に入らなかったのか?」
引きはがしてみるとものすごく怒っていた。フーフーと威嚇しながらカイに向けて爪と牙を剥き出しにしていた。
「その、まぁ……家で飼っている猫だ。ニャンニャンっていうんだ、よろしくな」
ノルウェージャンフォレストキャットという種類らしい。真っ白でふわっふわな猫ちゃんなのだが、プライドが高いというかツンとした態度を取りがちな猫だ。伊藤は初めの頃よく引っ掻かれていた。最近は慣れてくれたのか血だるまになるまで引っ掻くことは無くなっていた。しかし、餌を忘れたりトイレ掃除がイマイチだったりすると血が出るまで噛みついてくるのでまだまだ危険な猫だった。
人間の言葉は理解しているようだったが、にゃーと猫らしい鳴き方しかしないので、伊藤からしてみたら尻尾が二本あるという奇形なポイント以外はただの猫にしか思えず完全に猫扱いしている。
「名前、へんなの」
カイはぼそりと呟いた。一言でもしゃべってくれたことは嬉しかったのだが、ニャンニャンは頭に来たのだろう。手を離したらカイに飛び掛かって喉元に噛みつきそうな勢いだった。
「ニャンニャン落ち着け、子供の言う事だろう?
今日から一緒に暮らすことになったから、仲良くしてくれよ。無理なら喧嘩しない様にだけしてくれ。カイ君も虐めたりしないでくれ」
大人しくカイは頷くが、ニャンニャンは未だに威嚇をやめない。仕方ないので抱っこしたまま家の中に案内する。
1階には風呂、トイレ、キッチン、リビング、伊藤が寝室にしている和室と物置。二階には客室、一寸ババァ用のドールハウスが並びもはや町になりつつある部屋と、グレムリン用の遊び部屋。物置用に開いている部屋が2部屋あったので、その一方をカイ様に模様替えをするという事で話が決まった。今日は客室を使ってもらう事にして、明日から内装を一緒に変えようと決めたのだが、カイは一寸ババァやグレムリンを見て方針気味だった。
自分以外に人間じゃない生き物に会うのは初めてだったからだろう。グレムリンは一見するとぬいぐるみのようだ。ふわふわとした毛皮に大きくくりくりした目、耳は大きく猫のような形だが、付いている位置が横だから少し象の耳に近いかもしれない。口元は猿に似ていて唇があるので簡単な言葉は離すことができる。
――大抵は伊藤を馬鹿にする言葉だが。
グレムリンはカイの事が気に入ったらしく、一緒に遊ぼうと誘われていた。逆に一寸ババァには嫌われてしまったようで、近づくとチクチク針で攻撃してくるのだ。
「えっと……大丈夫か?」
「伊藤さんは怖くないの。それとも伊藤さんも人間じゃないの?」
「いや、俺はただの人間だよ。だから逆にこの家だと俺だけがはみ出し者なんだよなぁ……。初めは怖いかもしれないけどみんないい子だから。俺も最初は怖かった。でも慣れるんだよな、これが」
夕食の準備をしながら、雑談に花を咲かせる。いや、ほとんど話しているのは伊藤だったが、少しはカイも伊藤という人間になれてきたようだった。
「じゃあ、これからよろしくな。食事が必要なのは俺とカイ君だけだから、カイ君には料理を覚えてもらうからよろしくな」
こんばんは焼きそばだ。今はスーパーで野菜炒め用に刻んだ野菜を売ってくれているので、それと市販の焼きそばの生めんを買ってまとめて炒めて、付属のソースで完成するから素晴らしい。今日は魚肉ソーセージではなく豚肉を入れて作った。少しだけリッチな気がする。
どことなく眠そうだったので、カイは風呂が入った後すぐに寝るように勧めた。新しい場所に住むことになり緊張したのだろう。ベッドに入るとすぐに眠ってしまった。
伊藤も疲れていたので片づけを終わらせると早々に横になった。
カイブツカリ 猫乃助 @nekonosuke
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