第2話 特殊事案調査専門
小学生による母親殺害事件から二日後。
伊藤洋介は始末書の前で頭を抱えていた。子供を署まで連れてくることができず、重傷を負わせたことについてだ。チャイルドロックをかけておけば車のドアを開けられることは無かったはずだ。それにパトカーでなく私用車で子供を運んだことも問題にされている。
「はははー、ついてなかったね」
励ますように同僚の三島慶子があまりおいしくない缶コーヒーを差し入れてくれた。さっぱりとした性格の女性で、話しやすい。美人というより綺麗な印象があり、署内で男女問わず人気のある人だ。
「そういえば、子供はどうなったんですか?情報も外部には全く漏れていないような感じですよね?今回の事件、一切報道がされていないですよ」
「んー、そうだね。一課での調査は打ち切り。事件は犯人逮捕だけで詳細は教えるつもりがないみたい。子供が犯人だったという事がセンセーショナルに取り上げられないようにというのもあるけど、一番の理由はあの子供が人間じゃないから」
やっぱり、と伊藤は溜息をついた。
「ケイティちゃんに聞いたんだけど、あの子恐らく人狼だって。母親は検視結果で人間だって証明できたから、恐らく父親が人狼」
「でも、可笑しいじゃないですか。人狼と言えば満月の夜は力を増す、そんなときに殺そうとしても返り討ちに遭うに決まってます。ましてや、被害者の女性は化け物について知っていたような様子でしたし」
人狼
獣人伝承上で語られる怪物。狼に変身することができる能力者。
あるいは半人半狼の怪物を指す。
呪法や道具を使用、もしくは自由意志で狼化できるタイプ。
または満月を見る、月光を浴びることにより人狼としての姿を現すタイプも存在する。
弱点とされるのは銀といわれており、銀の銃弾を撃ち込まなければ死なないとされている。
伊藤は人狼について知っていることを思い出しながら三島に問いかける。当然三島も人狼についての基本的な事は知っている。
「加害者の少年はまだ人狼としての能力が目覚めていないというのが、ケイティちゃんの見解。人狼同士での子供の場合は生まれた時から人狼としての能力がそなわっているけれど、人狼と人のハーフの場合は人の血が濃い場合は二次性徴を迎えないと人狼としての能力が使用できない場合があるそうよ。
まぁ、二次性徴を迎えても人狼として目覚めない事もあるみたいだけどね」
つまり母親は子供が二次性徴を迎える前に、人として殺しておこうとしたのだろう。
「でも、あの子小学生とはいえ高学年でしたよね」
「だから急いだんじゃないかしら、ここ数日母親の様子はおかしいかったって言うでしょ?誰かから二次性徴を迎えると危険だという事を」
「あの子が人狼だって知っているのは父親―――ですかね?」
まだ子供の父親が誰なのかを三島も伊藤も知らない。しかし、子供が人狼のハーフである可能性をすでに上司は把握していた。
すでに目星は付いているのだろう。
「かなり人狼は狩られてるからね、必死で血を絶やさぬように人にまぎれて細々と子を成し勢力を拡大しているって報告も上がってる。
父親が子供を取り返しに来た可能性はあるかもしれないわね」
そんな話をしていると二人の携帯電話に噂の上司からのメッセージが届いた。
子供は現在集中治療室から一般病棟の個室へ移った事、やはりケイティの見立て通りに人狼である事。
決定的だったのは月が沈み、日の出を迎えるころには彼の身体は驚異的速さで治癒し始めた事だった。
彼は他の人狼と異なり月光が弱点のようだった。
そんなことがあり得るのか連絡をもらった二人は懐疑的だったが、確かに昨晩は子供の怪我が驚異的速さで治るような事は無く、いたって普通に見えた。
しかし、そうならあの母親が満月の夜に子供を殺そうとした理由に説明がつくだろう。
「……治癒能力が働くって事は、あの子は既に人狼として目覚めつつあるという事よね。どういう処分が下るのかしら」
「変わった体質だから実験のために研究班が喜んで身請けするんじゃないですかねぇ」
研究班とは先ほどのケイティが所属しており、怪物がらみの検視や研究を行っており変わり者ばかりが集まると言われている。
「とりあえず子供に関して俺たちが関われることは無いんじゃないですか?
あるとしたら父親の調査くらい……いや、俺はこの書類を片付けないとな」
「昨夜君が呼び出されたんだから、恐らく君があの子供の管理任されるんじゃないの?そうじゃなきゃわざわざあの人が君を呼びつけたりしないでしょ」
「勘弁してくださいよ、俺の家はもう定員オーバーですって」
書類の山に突っ伏して伊藤はめそめそ泣き始める。
伊藤の仕事は主に調査だが、それより重要な仕事を任されている。それが怪物の管理と保護だ。
独身の伊藤は上司から支給されている一軒家で怪物の管理を任されている。
明らかな獣型もいれば人狼のように人の姿をした怪物の面倒も見ている。
現在家には猫又、グレムリン、一寸ばばぁが住んでいる。面倒を見ると言っても猫又は美味しい餌と綺麗なトイレとお気に入りの毛布さえ用意しておけば飼い猫と変わらず手がかからない。グレムリンは少々悪戯が過ぎるが、最近は故障して手に負えなくなった家電品を与えた結果、それを玩具にしてくれているので大人しいものだ。
一寸ババァも来たばかりの頃は荒れていたが、立派なドールハウスを購入した結果、其処をいたく気に入ってくれたようで、毎日楽しそうに暮らしている。
ここに新しい住人が増えるとなると、また何かしら問題が起こりそうで嫌なのだが、上司の命令とあらば断わるわけにもいかない。
「研究班が引き取ってくれるといいわね」
他人事だと思って、クスクス笑う三島を憎らしく思う伊藤だった。
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