第67話 生母のふるさと・相模





 辛い試練の日々を重ねたあと、相模国に入ったのは弘安5年(1282)、一遍上人さま44歳、わたくし37歳、超二房17歳の正月のことでございました。


 2月下旬に、ながさごというところに到着いたしました。

 一遍上人さまのご生母のふるさとであり、鎌倉までほぼ半日という地の利の場所でございますが、上人さまはここで初めて配下の時衆から意見を具申されました。


 弘安の役での恩賞にあずかれなかった西国武士どもがいっせいに押し寄せて来てきわめて不穏な情勢にあるという鎌倉に、いま入るのは危険ではないか……と。


 険しい表情でお聞きになっていた上人さまは「鎌倉入りの作法にて化益けやくの有無を定むべし。利益りやくたゆべきならば、これを最期と思うべし」と仰せになりました。


 鎌倉入りの結果によって、この先も各地へ行脚して衆生に念仏賦算を施すことができるかどうか、われらの今後が決定されるであろう。もしも不成功となったあかつきには、これを最期とし、全員この地で往生すべし……というのでございます。

 

 その夜、上人さまはわたくしをお呼びになりました。

「のう、超一房。わしは間違おうておろうかのう……」


 早春の半月が冴え冴えとした光を放ちながら中空に浮いております。

 一遍上人さまは真正面からわたくしの目をご覧になっておられます。


「ちっとも。ご決意のとおりになさいませ。どこまでもお供いたします」


 お答えすると、上人さまのお顔に晴れやかな笑みが広がりました。

 その素直な微笑は、出会ったばかりの青年のものでございました。


 そのとき、わたくしの身体はまたしても微熱を発しておりましたが、いまはもう過去の葛藤はことごとく流し去り、生まれ変わった自分になりたいと願いました。


 わたくしはこの方が好き。

 この方の抱える矛盾や葛藤も含め丸ごと愛し、心からお慕いしてついて行こう。

 そんな気持ちにしみじみと駆られておりました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る