第55話 伯父・通末の墓詣で
明けて弘安3年(1280)正月、いよいよわたくしたちは小田切の里を訪ねることになりました。ご当地には地頭・伴野太郎時信さまのお屋敷があるのです。
伴野さまは、承久の乱で敗れた河野通末さま(一遍上人さまの伯父)を幕府から預かり、無念の最期を迎えてからは、ねんごろに菩提を弔ってくださった方です。
千曲川を見下ろす小高い丘のお屋敷をお訪ねすると、伴野さまは一遍上人さまの墓詣でを喜んでくださり、わたくしたち時衆も手厚くもてなしてくださいました。
通末さまのお墓には小さな土饅頭が盛られており、その上に1本の木が植えられておりました。季節柄、枯れてはいますが、両側から丁寧な添え木が施されておりますところに、お屋敷のあるじの温かなお心づかいがうかがえるのでございます。
墓前にひれ伏した一遍上人さまは、しばらくは肩を波打たせておいででしたが、やがて根雪が凍り付いた地面に正座すると、静かに念仏を称えられ始めました。
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏……
わたくしたち時衆も一緒に唱和いたします。
上人さまのお身内に捧げる特別な念仏は、小雪まじりの空に届けよとばかりに朗々と高らかにいつまでも繰り返されました。
――武士に生れたばかりに哀れな末路を送ることになった伯父・通末の霊魂よ。まことに遅ればせながら、ただいま甥のそれがしが馳せ参じ申した。いまこそ存分にこの胸に泣かれよ。積もり積もったご無念のほどを、いまこそお聴かせ給え。
小刻みに肩を震わせる上人さまの悲しみは、わが時衆の悲しみでございます。
総勢8人の僧尼が打ち揃い、それぞれの声の限りに念仏を称名いたしました。
野太い男声と朗々たる女声が溶け合い、共鳴し合って、陶然とした音曲になり、縦横な風のごとく凍土を覆い尽くし、さらに空の高みに立ち昇ってまいりました。
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