第33話 熊野新宮で「一遍」の頌




 高野山から熊野三山への信仰の道は、紀伊山地の伯母子岳おばこだけと三浦峠を南に抜けるのちに小辺路こへじと呼ばれる道筋が最も近道で、過半の参詣人がこの道を選びます。


 けれども、慈尊院から紀ノ川沿いを下った上人さまは、和歌の裏に出て海沿いの紀伊路を南下し、田辺に至る迂回路を選ばれました。行きずりの人びとに念仏賦算を行うのが目的の修行の旅ですから、より至難を求めるのは当然でございました。


 田辺からは岩田川の流れに沿い、のちに中辺路なかへじと呼ばれる道筋をたどった一行は、熊野本宮・証誠殿しょうじょうでんに参籠しました。さらに舟で川を下り新宮に参籠した上人さまは、ここで尊いじゅを会得されました。

 

 六字名号一遍法

 十界依正一遍躰

 万行離念一遍証

 人中上上妙好華

 

 さようでございます。

 このときから上人さまは「一遍」を名乗られることになったのでございます。

 

 幼名が松寿丸、最初の出家で随縁、ついで智真を名乗られた上人さまは、還俗されて河野通尚となり、再出家でふたたび智真を名乗っておいででございましたが、熊野新宮で初めて、終生のお名前となる一遍のお名を得られたのでございます。


 一は一如。

 遍は遍満。


 すなわち「一にして、しかもあまねく」という奥深さを秘めた法号でございます。


 同時に念仏札の「南無阿弥陀仏」に、つぎの八文字を加えられました。


 ――決定けつじょう往生六十万人。


 まずは六十万人の衆生に念仏札を配り、成就したらさらに六十万人、さらに……の繰り返し、つまり、終わりなき遊行の決意をしかと表わされたのでございます。

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