第31話 遊行と煩悩の相克
飽くことなく旅がつづきました。
晴れた日曇る日、風の強い日雨の降る日、どんな日も遊行の休みはありません。
悪天候や悪路であればあるほど、先頭で大きな
旅が日常となってみますと、自ずから規範が生じてまいりました。
朝は暗いうちに起き、稗の粥を炊きます。
身支度を整えて、静かに出立いたします。
先頭は上人さま、次いでわたくしと超二房、山賊におそわれやすい
1日歩きつづけ、日が暮れたところをその日の宿といたしました。
粗末な夕餉を済ませると、あとは寝るだけでしたが、たまに湯につかる楽しみがございました。河野郷は温泉地でございましたから、豊富な湯に慣れており、旅の汗を流せないことは苦痛でございましたが、上人さまが便利なものを考案してくださいました。何処からか厚い大紙を手に入れて来ると、そこに柿渋を塗って水が漏れないようにして、土中に穿った穴に敷き、簡易の湯桶とされたのでございます。
冷たい川の水を浴びずに済みますので、月のさわりを免れられない尼にとっては本当にありがたい仕掛けでございました。念仏房さまとわたくしは心からの感謝を申し述べましたが、面映ゆげな顔をされた上人さまは女たちの会話に加わろうとはなさいません。いつも一緒に居ながらそこに居ない、そんな感じでございました。
正直、思いやりがないと申しますか、冷たいとお恨みすることもございました。
母親似の面立ちの超二房は、ことさらに目の大きな子でしたので、強風が吹くと土ぼこりや羽虫が飛びこむことがございました。すぐに念仏房さまと一緒に手当てをしてやりましたが、かまわず上人さまはずんずん先に行ってしまわれます。
そんなときは、同行を願い出たとき「決して足手まといにはなりませぬ」と宣言したことを忘れ、心底から憎らしくなり、ついつい皮肉めいたことを口走ったり。
冷静に顧みますと、仏の道ひと筋の上人さまは無慈悲でも何でもなく、出家僧として当然の身の処し方であったのですが、わたくしに覚悟が足りなかったのです。
旅の日常を重ねるうちに、遊行が俗世になりつつあることが、どれほど上人さまを苦しめ始めていたか、自分や娘のことに夢中のわたくしは気づきませんでした。
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