第27話 同行4人、早春の旅立ち





 文永11年(1274)2月8日。

 念仏房さまことぬえさま、聖戒さま、そして、超一房ことわたくしと超二房こと菜々、同行4人の僧尼は、上人さまに連れられて住み慣れた別府の屋敷を出立いたしました。梅の花がほのかに匂う早春の暁のことでございます。


 自ら申し出たこととはいえ、流浪の旅先に待ち受けるであろう数多の魑魅魍魎ちみもうりょうどもの予感に、それぞれの胸を騒めかせずにいられない尼3人は、剃り立ての頭が寒くてならず、何度も手を当ててみながら、なにか大きな忘れ物をして来たような、そんな心細い気持ちを持て余しているのでもございました。


 清々しい墨の香が匂い立つ法衣に、これまた真新しい袈裟をお掛けになった上人さまは、鋭い視線をひたと前方に据えたまま、高下駄の足をさっさと運ばれます。


 この期に及んでなお覚悟の定まらぬ意気地なさを見抜いているように、うしろに付き随うわたくしたちを一顧だにされず、広く、非情な背中を見せておられます。


 けれども、念仏房さまはさすがでいらっしゃいました。

 心の葛藤を超越されたようなお顔には早くも行者の威厳を漂わせておられます。

 かたわらの聖戒さまは、なにも語られず、黙々と草鞋の足を進めておられます。

 うつむき加減の豊頬をちらりと過ぎる翳のようなものが、多感で早熟な少年から大人の青年に変わろうとする男の内面を物語っているかのようでございました。


 幼い頭を可愛く丸めた超二房だけが、ひとり無邪気にはしゃいでおりました。

 大好きな父母と一緒に旅をするのが楽しくてならないというように、淡い陽光に守られて可憐に黄色い花を咲かせる福寿草を摘んだり、急に駆け出して短い尻尾を振っている仔犬を抱き上げたり、それはそれは楽しそうな様子でございました。


 上人さま 36歳。

 超一房  28歳。

 超二房   8歳。

 念仏房さま33歳。

 聖戒さま 14歳。

 

 それぞれの思いを胸底に秘めた、初めての遊行への旅立ちでございました。

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