第25話 もうひとりの同行希望者





 どうかお連れくださいませ、いや、連れては行かぬと押し問答をしているところへ、驚いたことにはもうひとり、上人さまに同行をこいねがう方が現われたのでございます。ほかならぬ聖戒さまのご生母・ぬえさまでございました。


 いつの間にか部屋の隅に控えておられたぬえさまは、ぴたりと床に両手をつき、「わたくしもお連れくださいませ」かつてないほど明確な声で仰せになりました。


「そなたまでが何を申すか!」

 上人さまの一喝にも動ぜず、

「お願いでございます。綾乃さまや菜々さまとご一緒に、わたくしもどうか」

 毅然と言い張られます。


 千都さまと聖戒さまの戸惑った視線を、ぬえさまは正面から刎ね返されました。

 上人さまももはや何も仰せになりません。重苦しい空気が部屋を満たしました。


 その沈黙を破ったのはたれあろう、千都さまでございました。

「わたくしは……この地を離れとうございません……節子とふたりで残ります」

 切れぎれにそれだけ言うと、再びわあっと泣き伏されてしまいました。


 自分だけ出遅れた唐突な展開が意外でもあり、口惜しくもあったのでしょう。

 切なげに波打つ背に頑ななものが窺えます。やさしい反面、並外れて誇り高く、いささか意固地なところもある内面が、はしなくも披瀝ひれきされた形になりました。


 

 伊予は南国とはいえ、真冬の明け方でございます。

 板敷の床下から、寒気が這い上がってまいります。

 それぞれの思惑をまとった影が七つ、射しこむ朝日に照らし出されました。

 

 ついに上人さまが仰せになりました。

「好きにするがよい」

 みんな一様に、ほっといたしました。


 気を取り直された千都さまは、いつもの声にもどっておいででした。

「わたくしと節子もご一緒させていただきたいのは山々ではございますが、兄夫婦の世話になっている老父のことを思いますと、どうしてもそれだけは適いません。どうかわがままをお許しくださいませ。かくなるうえは、わたくしは在家のまま出家して、みなさまのご無事とご遊行のご成就を祈願させていただきとう存じます」


 わたくし同様、千都さまの母上もまた早くに他界されております。以降、父上の手ひとつで育てられましたので、千都さまの父上思いは格別と承知しております。

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