第19話 法然・親鸞・日蓮の時代





 善光寺からもどった上人さまはわたくしたちの住む屋敷には立ち寄らず、まるでなにかを避けるようにして、別府べふからひと山越えた北谷の窪寺という山間の地に出向き、板葺き、板張り、方2間の草庵を結んで、ひとりで籠ってしまわれました。


 再出家のとき全所領を異母弟・通友に譲り、わずかに残った屋敷にふた組の母子が暮らしていたのですから、長旅の疲れをそこで癒すのがふつうと思われます。


 ですが、おのれという存在が、賊とはいえど人を殺めた、そのうえ、こよなく愛しんで然るべき妻たちを愛欲地獄に陥れた、その罪障を償うために、自らを獄舎につなごうとされた……当事者のひとりのわたくしの目にはそのように映りました。


 西向きに建てた草庵の東側、すなわち信濃・善光寺の方角の壁に、善光寺で自ら書写された「二河白道図」の軸を掛けてご本尊とし、日夜、熱心に伏し拝んでは、ひたすら修行に励まれたのでございます。

 

     *

 

 以下、話がいささか説明めきますことをご寛恕かんじょくださいませ。

 

 このころ、鎌倉から、法華経無信心の幕府を公然と非難する辻説法を行った日蓮聖人さまが執権・北条時宗の怒りに触れ佐渡へ流されたという話が伝わりました。


 ですが、のちの世に「鎌倉仏教」として特筆される新たな信仰の蠢動しゅんどうは、それより以前、わが河野家でも犠牲者を輩出し、結果的に貴族の時代から武士の時代への転換点の役目を果たした「承久の乱」より以前から始まっておりました。

 

 長承2年(1133)、美作みまさか国に生まれた法然上人さまが専修念仏せんじゅねんぶつ(ひたすら念仏を唱える)に帰依されたのが43歳のとき。54歳で「大原問答」を提示され、57歳で関白・九条兼実さまに授戒され、66歳で『選択本願せんちゃくほんがん念仏集』を著されましたのは、鎌倉幕府成立の6年後、建久9年(1198)のことでございます。


 いっぽう、承安3年(1173)、京に生まれた親鸞聖人さまは、19歳のとき磯長御廟しながごびょうで夢告を受け、28歳のとき慈円さまの「恋の歌」事件に関わって遁世感を強め、その翌年、六角堂百日参籠中に、当時69歳の法然上人さまに帰依されました。「女犯偈にょぼんげ」の夢告により関白・九条兼実さまの娘・玉日姫と結婚されたのは建仁元年(1201)のこと。「承久の乱」より20年前でございます。

 

 このころから、旧仏教派による新仏教派への弾圧が目立つようになりました。

 元久元年(1204)には延暦寺の衆人しゅにんが幕府に専修念仏の禁止を願い出て、翌年には興福寺衆人が専修念仏の禁止および違反した場合の処罰を願い出ました。


 これにより、建永元年(1206)、法然上人さま門下の法本房行空さまと安楽房遵西さまが捕縛され、翌年、死罪に処されました。当時75歳の法然上人さまは土佐へ流されましたが、のちに赦免されております。一方、当時35歳の親鸞聖人さまは越後へ流罪となりました。言われるところの「建永の法難」でございます。

 

 建暦2年(1212)、法然上人さまが京で入滅されました(享年80)。前年に赦免されていた親鸞聖人さまは法然上人さまのお墓に詣でたあと『選択集せんちゃくしゅう』の最初の開板をなされ、翌年、ご家族を連れて越後から常陸へ移られました。


 ご法難はさらにつづきます。

 それから15年後の嘉禄3年(1227)、延暦寺の衆人が法然上人さまの墓を破壊し、3人の門弟が配流されました。いわゆる「嘉禄の法難」でございます。


 親鸞聖人さまが京にお戻りになったのは嘉禎元年(1235)、60歳のとき。

 わが夫、のちの一遍上人が生まれたのは、それから4年後のことでございます。

 

 貞応元年(1222)に安房国で生まれた日蓮上人さまが鎌倉の執権・北条時頼さまにご自著『立正安国論りっしょうあんこくろん』を献上されたのは文永元年(1260)。それから2年後の弘長2年(1262)、親鸞聖人さまが入滅されております(享年90)。


 このように、傑出した行者の軌跡が交錯しているのがこの時代でございました。

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