第14話 寄り添い合うふたりの妻
文永8年(1271)は、千都さまとわたくしにとって辛い年になりました。
唯一の頼りとする夫に取り残された、いえ、打ち捨てられたのでございます。
そのむかし、無常観からにわかに出家を思い立った西行法師さまは、泣いて膝にすがる幼子を縁先から蹴り落として、決然と出立されたやにうかがっております。
わたくしたちの夫は、それよりはやさしい分だけ、まだましとも思われました。
なれど、夫婦や親子の縁を切り、あとはどうとも勝手に生きよと放り出された、その冷酷さにおいてはまったく同根であるとして、わたくしは深くお恨みもし、逆にどうしようもない未練に駆られもし……複雑な気持ちを持て余しておりました。
それまでも、邪気というものがない人の無垢を愛しんでいたわたくしでしたが、ふたりの間を屏風のように隔てていた夫というものが、すっぱり取り外されてみますと、3つ年下の千都さまの可憐なお人柄がいっそう好ましくなり、自分のことはさておき、寄る辺のない身の上が、たいそう不憫にも思われるのでございました。
千都さまもまた同じ心持ちでいらしたのか、何かにつけ「綾乃さま、綾乃さま」と慕ってくださり、やがて、ふた組の母子が同じ部屋で休むようにもなりました。
千都さまはお裁縫がたいそう巧みでいらしたので、わたくしは襦袢や着物、小物などの縫い方を教えていただきながら、四方山話を交わして日々を過ごしました。
節子さまと菜々は人形遊びに飽きると庭へ出て、鞠つきに興じておりました。
そんな娘たちを見ながら千都さまは「綾乃さま、わたくし、怖くてなりません。これからどのように生きていけばよいのか……」心細げに打ち明けられました。
わたくしとて同じこと。ひとりでさっさと仏門に入ってしまわれた上人さまは、残されたわたくしたちのことをどのようにお考えなのか。「好きにせよ」と言われましても、この当時の女は男性に庇護されるしか生きる方途がなかったのでございますから、その支柱を取り外されては「死ねよ」と言われたも同然でございます。
仏は常にいませども
人の音せぬ暁に
ほのかに夢にみえ給う
ふたりで針仕事をしながら、細く美しい声で
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