第9話 『北条九代記』の記述





 それからずっとのち。

 江戸と呼ばれる時代に『北条九代記』なる書物が編まれたそうで、そのなかに、なんともおどろおどろしい記述が見えるそうですが、本当でございましょうか。


 

 ――一遍上人は伊予国住人、河野通広が次男なり。家富みさかえて国郡恐れ随ひ、部門の勇壮なれば、四国九州の間に恥づる思ひもなし。二人の妾あり。何れも容顔美しく心やさしかりせば寵愛深く侍りき。あるとき二人の女房、碁盤を枕となし、頭を合せて寝たりければ、女の髪たちまち小さき蛇になりて食ひ合ひけるを見て、刀を抜きて中より切り分けたり。これより執心愛念嫉妬の畏るべきを思ひ知り、輪廻りんね妄業もうぎょう因果の理をわきまえ、発心して家を出て比叡山に登り……(以下略)



 千都さまとわたくしの頭が総毛立ち、毛髪の1本1本が蛇になって絡み合い殺し合うなど、なんとも凄まじい限りではございますが、当事者のわたくしですら荒唐無稽な作り話として笑い飛ばすことができない、ある種の事実ではございました。


 あのとき、千都さまとわたくし、それぞれの心のなかには間違いなく無数の蛇が棲んでおり、嫉妬と忿怒の醜い鎌首をもたげて戦っていたのでございますから。

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