第6話 兄・通朝の刃傷事件と還俗





 弘長3年(1263)の初夏、父・通広没の報を受けた25歳の青年僧・智真は、久しぶりに伊予へ帰郷しました。多感な時期を通じて俗世を離れていた智真の目に故郷はすっかり様変わりしており、以前にも増して荒んだ風景に映りました。


 とりわけ智真を驚かせたのは、帰郷後間もなく起こった刃傷事件でした。

 父・通広のあとを継いだ兄・通朝が、夜間、何者かにおそわれたのです。


 深手を負った兄の語るところによれば、5年前に伯父・通久の逝去で家督を継いだ従弟の通継が、ことあるごとに無理難題をふっかけて来るそうで「こたびの一件に通継が関係している証拠はいまのところないのじゃが……」と言葉を濁しました。


      *

 

 欲得絡みの俗世の現実を知った智真の憂鬱は、それだけではありませんでした。


 父亡きあとの生家には、智真にとっては異腹に当たる通友という弟がいて、その母ともども、異母兄に当たる智真の帰郷を歓迎しない本心を隠そうともしません。


 何より不憫だったのは、亡き父・通広がはした女に産ませたという、まだ3歳の幼い異母弟・宝珠丸が、通友母子から露骨に邪険に扱われている辛い現実でした。

 

 家中にあっては、複雑に絡み合った因果関係の家族がことごとに角を突き合わせており、いっぽう、外に目を向ければ、領民は旱魃かんばつや飢饉にあえいでいます。


 先夜の刀傷がもとで臥せっている兄の苦悩を見捨てておけず還俗を決意した弟・智真に、通朝は病床から「通尚みちなお」の名と、所領の一部を贈ってくれました。


 髪を伸ばし、髭もたくわえて偉丈夫の武士に生まれ変わった通尚は、幼い末弟・宝珠丸とその生母・ぬえを引き取り、近隣の豪族・別宮べっく氏の娘・千都ちづめとりました。


 文永元年(1264)春。

 通尚26歳、千都15歳。

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