ひとりごとアルバイトただいま募集中

ちびまるフォイ

自分ひとりじゃ話せない!

「ひとりごとを話し続けるだけのバイトです。簡単でしょう?」


「そりゃたしかに簡単ですが、こんなの誰が得をするんですか」


「世の中には変わった人がいるものですよ。はいこれレコーダーね」


新しいバイト先からボイスレコーダーを受け取った。

レコーダーのスイッチを入れると独り言を話さなければならない。


「ひとりごとって言われても何話せばいいんだろうな」


最初は漫談のようにおもしろい話をレコーダーに聞かせていたが、

すぐに話のストックは尽きてしまいバイト代は入らなくなる。


「まいったな。いいバイト見つけたと思ったけど、意識してひとりごと話すのってむずいな」


なにかいい方法はないものかと悩んでいたとき、ふと自分の子供のころを思い出した。

昔はひとりで延々と人形遊びをしていたという陰気な子供だった。


なにをそんなに楽しいのかと父親はスポーツの道具を買い与えたが、

まるで興味を示さずにずっと人形遊びを続けていたという。


「……ひとりで話そうとするからよくないのかな」


かつて人形遊びでよく使っていたキャラを思い出し、自分の他にもうひとりいる前提で話した。

すると、これまですぐにオチがついて止まってしまったひとりごとが水のように流れ続ける。


「すごい! 人を増やすだけでこんなにひとりごとが続くのか!」


「まあ会話なんてもともとひとりでやるものじゃないから」

「たしかに」


自分で話しているだけでも楽しくなってくる。

これはいいアイデアだと、他にもたくさんのキャラを作り上げた。


2人でもこれだけ会話が続けられるのなら、もっと人を増やせばますます続けられると思った。

性別も年齢も異なる架空の"ファミリー"を作っては会話を続けた。


ある日のこと、久しぶりに友達を会うことになった。


「おう久しぶり。じゃどこから店行くか」


もとは同じ高校だった友達とのきさくな会話は楽しい……と、

会ってみるまでは思っていたがいざ話してみるとどうにも退屈に感じる。


「……おい、お前どうした?」


「え?」

「なにが?」


「さっきから小声でぶつぶつなにかひとりごと言ってなかった?」


「そんなことは……」

「というか、お前の話がつまらないから」


あからさまに友達の顔がムッとひきつった。


「ああそうかよ。だったらもういいよ! 昔はそんなやつじゃなかったのに!」


「いつまでも昔の俺の影を重ねるなんて、現実を直視できてない証拠だ」

「ごめんごめん、冗談だって」

「あーーくっそつまんねぇ。早く帰れよ」


「そうさせてもらうよ!!」


友達は怒って帰ってしまったが内心ホッとしている自分がいた。

正直、知識も経験も自分とは異なる他人と話すよりも、話題も過去も同じ自分と話している方が楽しい。

自分だけしかわからない"あるあるネタ"でも爆笑できちゃうし。


すっかりひとりごとバイトに慣れると、意識しなくてもずっと話し続けることができた。

エンドレスでバイトのお金が入るから働かなくたっていい。


「ははは、最初はどうなるかと思ったけど最高のバイトだな」


安心した矢先のこと、難しい顔をした医者が告げた。


「はっきりいいます。あなたは今病気ですよ」


「は? 病気? なんの?」


「あなたはさっきからエンドレスでひとりごとを話し続けている。

 それがどんなに異常なことかわかりますか?」


ピンポーン。


「……なんか音聞こえません?」


「話をそらさないでください。あなたの病気のことを話しているんです」


ドンドンドン。


なにか叩く音は聞こえるが、医者がキレそうなので無視することに決めた。


「お医者さんには知らないかもしれませんが、俺は今ひとりごとバイト中なんです。

 だからひとりごとを話し続けているだけであって病気なわけじゃないですよ」


「最初はそうかもしれません。バイトきっかけだとしても、

 あなたはすでにひとりごとの病気なんです」


「はいはい。病気だと言っておけば患者ができあがるってんだから、医者はいい仕事ですよね」


昔読んだ本に人にものを買わせるには不安にさせるのが一番とあった気がする。

せっかくいいバイトを見つけたのに、こんなところで手放すのはできない。


あくまでもひとりごとを話しているのはバイト。

本当に頭がやばい状態なわけじゃない。


「あなたは病気なんです、どうしてわかってくれないんですか」


医者は何度も同じことを話し続ける。


「お医者さんこそ、どうしてこれがバイトだって理解してくれないんですか!」


「だったらひとりごとを辞めてみてくださいよ!」


「いいですよ。でもその分のバイト代はお医者さんが払ってくださいね」

「わかりました」


医者の必死の訴えもあり、ひとりごとを1週間止めることにした。

そのことを友達に話すと笑っていた。


「まじかよ。お前なんか心の病気なの?」


「ちげーよ。医者が病気にしたがってるって話さ」


「ひとりごと自粛中はどんな感じ?」


「自粛って……いやまあ、毎日話しているから、口寂しいという気分にはなるかな」


「それ単に寂しいってことじゃね」

「うるさいな!」


ピンポーン。

また音が聞こえた。


「今の聞こえた?」

「なに?」


「ピンポーンって」


「……え、お前実は耳のほうが病気ってオチ?」


「お前まで病気にさせたがるのか!」


1週間を耐えきり、医者にふたたび会うときにはドヤ顔で診察室に入った。


「どうですか? 1週間ひとりごとを我慢しましたよ。

 俺は病気じゃないってこと、これでわかりましたか?」


「え、ええ……少なくとも自分で制御できているというのであれば大丈夫そうですね」


「やった! 勝ったぞ! お医者さんに勝った!」


大喜びしていると、急に目の前が真っ暗になった。

そのまま体が運ばれているような感覚がある。


「ちょ、ちょっと!? 勝手に手術する気ですか!?」


医者は自分のミスを認めたくないばかりか勝手に手術して、

俺が病気だと既成事実にするつもりか。なんて強引な方法を。


「離せーー! 俺は病気なんかじゃないーー!!」


力を振り絞って体を起こした。

目に入ってきたのは病室の天井だった。


「あれ……? 手術室じゃない……?」


自分が寝るベッドの横には年老いた医者が立っていた。


「あの、さっき診察していたお医者さんは?」


「ここは病院ですよ。あなたは救急車で運ばれたんです」


「運ばれた? いや俺はここに自分の足で診察に来てましたけど」


「ひとつひとつ話しますね。先ほどまで、あなたは自宅のベットで天井を見ながらずっとブツブツ話していたんです」


「……は?」


「隣の部屋の人が壁越しに聞こえるひとりごとを気味悪がって、

 何度も壁ドンとインターホンを押したんですが反応がなく、

 ついには救急車で運ばれたというわけです」


「天井? インターホン? 意味わからないんですけど」


「まずは、入れっぱなしになっているひとりごとレコーダーを聞いてみては?」


「あ、ああ……」


ひとりごとを再生してみる。

自分が友だちになり、医者になり、延々と会話している不気味な音声が流れ続けていた。



「あなたは病気ですよ。自分のひとりごとで、見えない風景まで見えてるんですから」

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