9-3 建速勇人(3)
「ところで、私と勇人さんを探してらしたんですか、行朝様」
楓が首を傾げながら口を開いた。
「いや、お主達も手が空いているようなら呼ぶか、と思っていた程度だった。ここにいたのならちょうど良い」
行朝がそう言ったのに合わせるようにして、宗広と和政、正家、さらに師行の弟である政長までが入って来た。
「おお、何だ、勇人と楓ももう来ておったのか」
こちらを見てそう言った宗広は、手に酒の瓶を持っていた。
「どうしたのだ、これは。何かあったのか?」
小夜も突然やって来た諸将に、戸惑ったような顔をしている。
「いや。勝手ながらそれがしが皆に声を掛け集めました」
「行朝が?」
「鎌倉に入ったとは言え、今も行軍中に等しい心構えを持つべきなのは存じております。しかしわずかな時間でも、皆で集まり酒でも飲みたいと思いまして」
「そうか」
それで行朝の意図を察したように、小夜は頷いた。
皆で、時家の死をわずかでも悼もうと言うのだろう。
「ご迷惑だったでしょうか」
「いや、私が考えるべき事だった。助かる」
戦の最中に、あまり死んだ者の事を考えるべきではない。しかし、今でなければ、もう二度とそのための時間は得られないかも知れなかった。そう言う事だ。
今が奥州軍が立ち止まれる、最後の時間になるかもしれないのだ。
「師行は?」
「一応声は掛けたはずですが」
そう答えてから行朝は政長を見た。政長が首を横に振る。
「あの御仁がこのような集まりに来るはずもなく、ですな。ましてやそれがしが音頭を取った集まりでは」
行朝も苦笑しながら首を振った。
「試しに私が呼んできましょうか?」
その様子を見て楽しそうに笑いながら楓が言った。
「それはいいな。楓が声を掛ければ師行も来るかもしれん」
釣られたように小夜も笑い、楓が腰を上げて戸を開こうとした所で、先手を打って戸を開く者がいた。
師行だった。来る気がしていた、と勇人は思った。
「何だ、来たのか」
行朝が意外そうな顔をした。
師行はそれには答えず小夜にだけ少し頭を下げ、全員を見回した後、何も言わずに座った。
それから皆が控えめに酒を飲み始めた。そして自然と時家の話になる。
ほとんどが時家と共に戦った戦や、時家の戦の手腕の話だったが、行朝などは和歌に付いて時家と語った事などを話した。
勇人はほとんど知らない一面だったが、北条一族の中で育っただけあって、時家は様々な文化にも通じていたらしい。
「あの者の戦を始めて見た時、それがしは正成を思い出しました。最初は正成よりもずっと粗削りでしたが、戦を重ねる度に、次第に正成に近付いて行くような気がしていました。共に上洛すれば、湊川で正成と共に戦えなかったと言う無念を晴らせるのでは。そんな気がしていたのですが」
正家が杯を重ねながら言った。酔っているようには見えないが、眼は涙ぐんでいるようだ。
「見ていて、何か言い表せない可能性を感じさせる戦をする男であった。私も上洛であの男と共に戦いたかったよ」
小夜が慰めるような口調で言う。
「共に戦をしたい、と思える男だった」
それまで黙々と酒を飲んでいた師行もぽつりと言った。
「お前が戦の事で他人を褒めるのは珍しいな」
「それだけの男だったと言う事だけの事だ」
行朝がからかうような口調で言ったが、師行は淡々と返した。その返答に何かを感じたのか、行朝も神妙な顔で頷き、それ以上は何も言わなかった。
鋭さと粘り強さ。大胆さと慎重さ。気高さと狡猾さ。指揮官に必要な全ての資質が複雑に入り混じったような男だった。
そしてその複雑さは、北条一族でありながら間違いなく奥州軍の一員でもあった、と言うあの男の二面性とも深い所で繋がっていた。
何か、戦の中でその北条時家と言う人間の複雑さをもってしてしか達せない物を目指してあの男は戦い、そして死んだ。そこには恐らく勝敗などと言う物は遥かに超越した物があったのだろう。
だから今ここに集まった人間達は、誰も時家が負けて死んだなどとは思っていない。
皆の話を聞きながら勇人はそう考えた。
惜しい人間を亡くした。その感情を抱くのはいつ以来だろうか、とも思った。
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