第十五章 例えどんなに世界に邪魔をされても


冷たい廊下を歩く足音が聞こえる。

地面を鳴らすその音はヒールの小気味いい音などではなく、スニーカーのゴム底が踏みしめる鈍い音だ。


足音の主は一人の女性。

束ねた黒髪、きっちりと着こなされたパンツスーツ、それに似合わないのは足元のスニーカー、シンプルな鞄を肩に下げて廊下を進む。




私の名前は野崎 多香子。

これから、あの後の事をお話しします。




あの長すぎる夜の後、3人はそれぞれの独房に帰され私は捜査本部へ。

警察本部は大騒動でした。

各所へ太いパイプを持つ田上が現役刑事に殺害された。

警察上層部もパニックで、私は長時間拘束され事情聴取となりました。


洗いざらい話しました。

もちろんナイさんの真実以外。

辻褄の合わないところをはぐらかして伝えるのは苦労しました。


私が取調室で話している最中に逃走中の川原さんが逮捕されたと、大慌てで刑事が飛び込んで叫びました。


そう聞かされても、動揺したり悲しかったり等感情の乱れはありませんでした。

不思議と落ち着いて受け止められた自分がいました。


川原さんはあの後自分の車で逃走していたそうで、都内の防犯カメラやナンバー追跡システム等を駆使し、居場所をつきとめられたそうです。

郊外へ逃げようとひた走る所で捕まり、逮捕時に血だらけの服だった事や、凶器を車に乗せたままだった事などから本人は抵抗する事なく素直に犯行を認めたそうです。



その後の取り調べで全ての殺人を自供。

殺人理由は「殺人事件の捜査の中で次第に殺人に魅せられしまった。」と話しているそうです。

ですがあまり多く語らず、なぜあのような殺害方法を選んだのか、なぜ規則性のない被害者達を選んだのか、まだまだ不明な事が多いようです。


川原さんが逮捕されてから西森さん、黒谷さん、ナイさんの3人にも聴取がなされたと聞いています。


西森さんは冷静に殺人の状況を説明し、黒谷さんはハッキングしていた方法等も説明、ナイさんは部屋の天井と窓の外を交互に見ていたそうです。


彼らもまた、ナイさんの事件の真相については誰も触れませんでした。

未だナイさんの事件の真実は完全に明かされぬままを貫いています。


捜査が進むうちに田上が行ったこれまでの良からぬ行動が明るみになりかけました。

川原さんを脅迫していた事や久保田奈緒さんの事だけでなく、大学の裏口入学や、政治家との不正な金銭のやり取り、次々と疑惑が出たのです。

その時でした、不自然な形で捜査は打ち切られたのです。


これが川原さんの言っていた「触れてはならない事件」だと言うことを感じました。

田上という男は死んでまでも真実を隠してしまう最低の権力者だ。

けれど、たくさんの捜査をする中で川原さんはこういった事件を明るみにできず、1人で飲み込んでいったんでしょう。

飲み込んで飲み込んで、どうしてと叫べず1人で落ちてはいけないところまで落ちていったんだ。


田上に脅されていた川原さんはさぞ実感したでしょう。

抗えない力や、どんな事でもねじ伏せられてしまう不条理。

捜査の中で歪み殺人に走った彼を、田上は更にとどめを刺すように歪めてしまったんだ。




そう考えているうちに私の中で一つの考えが止まらなくなった。


あの時川原さんは…黒谷さんが使っていたパソコンを画面共有で見ていたはず。

あのパソコンも全て用意してくれたのは川原さんだった。


黒谷さんが田上のパソコンのカメラをハッキングし、この事件の真相に私達がたどり着きそうになった。

しかし、私達が真実にたどり着けば何らかの方法で田上に殺されてもおかしくない。

檻の中で守られた死刑囚の3人はともかく私は不審死を遂げてもおかしくなかっただろう。

川原さんは最後にこれ以上田上によって苦しむ人間が出ないように…私を守ってくれたのかもしれない。



けど、この思考もまた私が都合よく考えている。

どうも私は殺人鬼3人の過去を聞いてから、なにか事情があったのではと事件を美化したがる癖がついたようだ。


常人はきっと、あまりにも恐ろしい話は美化したいのだ。

「仕方なかった」という許しが欲しいのだ。


もしくは「あいつは狂っている」と逸脱した物だと決めつけたいのだ。

だから私は田上は狂っていると決めつけている。

そうする事で私が誤った方へ落ちていかないのならそう決めつけていいんだ。

何度も自分に言い聞かせる。


けれど、狂っている田上と西森さん、黒谷さん、ナイさんは何が違うのだろう。

川原さんはどちらなのだろう。



その答えはない。


誰も出せない答えだが。私の思いたい方でいいんだ。

私は私からブレない。


そう、教えられたから。




田上の様々な事件はもみ消され、表に出ることも無く川原さんの単独での犯行と纏められた。


川原さんはその後、田上関係の何かしらの圧力か裁判が簡略化され異例のスピードで死刑が決まりあの「現実の地獄」と呼ばれる東京中央刑務所に収監された。


西森さん、黒谷さん、ナイさんはいずれ訪れる死刑の日を同じ「現実の地獄」で待っている。


けれど私に言えることは「現実の地獄」と言われるあの場所よりも、彼らはそこへ至るまでが現実の地獄だっただろう。

彼らは今どんな気持ちで執行を待っているのだろう…




私はと言うと相変わらず刑事を続けている。

弱音だらけでへこたれやすいけれど、それでも逃げずに刑事としてやれるだけのことをやるつもりだ。

川原さんの分まで。



今日もこうして新しい受特捜査の担当官としてまたこの現実の地獄へと来た。

また連続殺人事件の担当だ。

国の不況は悪化の一途をたどり、犯罪率は上がり続け殺人事件の年間発生件数はアメリカを超えた。

人口1億人を切ったこの国で今では100人に1人が殺人犯とまで言われている。


この荒みきったこの国で今日も一般市民は殺されないように生きるのだ。

そして、その殺人を許さない。逃がさないように私達がいる。

だから、受特担当者として決してブレずに捜査し続けるだけ。


この廊下の先の部屋で捜査協力する囚人がまた腰紐で繋がれて待っている。


スニーカーで踏みしめて長くて冷たい廊下を進み勢いよく扉を開いて部屋に入る。




「おはようございます!受特担当官の野崎多香子です!!よろしくお願いします!!」



「でかい声出すな!言われなくても知ってるよ!」


悪態をついたのはあの面倒見のいい柄の悪い男だ

少し笑って野崎は言葉を続ける。


「今回の受特にご協力いただきます、西森さん、黒谷さん、ナイさん、川原さん。以上4人よろしくお願いします!!」



野崎の視線の先には見慣れた並んだ3人の姿。

さらに、その隣に並ぶ川原の姿だった。


あの事件後報酬として西森は本を手に入れ、ナイは約束通り逮捕され続ける。

しかし、久保田奈緒の心臓が偽物だった黒谷は報酬を失った。

そこで彼が警察に頼み直した新たな報酬は……





『これからも受特があるならこのメンバーで受けさせてくれ。誰か死ぬその日まで。』




 


彼の報酬は警察本部に受理された…

いつか誰かの執行が来るその日まで彼らの捜査は続くだろう。




お互いの弱さを知った彼らがよりそうなら今度はきっとうまく言える。

どんな喧騒にも負けない自分の声で。


例えどんなに世界に邪魔をされても。





fin…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界が邪魔して うまく言えない Atuta @Atsu-ta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ