おまけ
「あのときはもう、どうしちゃったのかと思ったよ!」
藤原は笑いながら、神崎の背中をぱんぱんと叩いた。
天気のいい日曜日の昼下がりだった。ふたりがいるのは「わくわくアニマルらんど」……そう、以前神崎が戦ったヒトクイゲコトカゲが収容された、危険生物専門の動物園である。
「タマちゃん、まだ笑ってる……もう勘弁してよ~」
「だってあんな死にそうな声出すから、また怪我でもしたのかと思ったら、ワサビの袋が開けられないとか……」
そんなことを話しながら、二人はヒトクイゲコトカゲのアリスの檻の前にやってきた。マニアックな動物園だが一定のファンがいると見え、園内はなかなか賑わっている。
「アリスちゃん、今日もえっちだねぇ」
「ほんと、あの背中からしっぽへのライン……むっちりとした太腿……完全にえっちですよね」
などと感想を交わす来園者をまるで遠い異文化圏から来た人のように感じつつ、神崎は檻の中を見た。かつて藤原が拾った青いトカゲは、あの時ほど急激な成長は見られないにしろ、また少し大きくなったようだ。ギャラリーの視線を意識しているのかいないのか、檻の中の目立つところでのんびりと顔を上げ、日光浴を楽しんでいた。
「アリスちゃーん! 私だよ、タマちゃんだよー!」
藤原がトカゲに向かって手を振る。その楽しそうな横顔を見ながら、神崎は苦笑した。
「アリスちゃんねぇ……あいつ、ジュウジって名前じゃなかったっけ?」
その時、神崎のすぐ隣で何かが息を呑む気配がした。瞬間、殺気を感じた彼女はすばやくそちらを振り返った。
神崎の横に立っていたのは、来園者であろうおかっぱ頭の少年だった。彼女と目が合う前にさっと視線を逸らしたその横顔を見ただけでも、人目に立つ美貌だということがわかる。しかし神崎はその様子に、どことなくいやなものを感じた。
少年はトカゲの檻に背を向け、さっさと歩いていく。
(この私が、隣に立たれたことに気付かなかったなんて……?)
神崎は小さな背中を見送りながら、胸騒ぎを覚えていた。
一方、落ち着かない気持ちを抑えていたのはその少年――
気配を殺して近づいたのは、神崎ひかげを斃すためではなかった。あの神崎を、戦闘員でもない彼が単独で制圧できるとは無論思っていない。
今日神崎の後をつけていたのは、ひとえに標的を近くで観察するためだった。研究者の業である。しかしそれは、思っていたよりも危険な冒険だったのではないか……彼はそう思い始めていた。
(あいつ、僕に気づいたばかりか、なぜ名前まで知っている?)
タイミングとトカゲの名前が奇跡的に当たった、などということは、もちろん彼には知るよしもない。
(神崎ひかげ、不気味な奴だ……もう今日はいいや、帰ろ)
それはそうとヒトクイゲコトカゲが元気でよかった……などと考えながら、充治はその足を秘密結社「青蜥蜴」の本部へと向けた。
彼と神崎が再び合間見える日は近いかもしれないし、そんなことはないかもしれない。何にせよ、それはまた別のお話。
(おしまい)
神崎ひかげVS「こちら側のどこからでも切れます」 尾八原ジュージ @zi-yon
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