第22話 パーティーからの帰還

 鬼瓦くん主催のゲーム大会が始まる。

 蓮とその友達、鬼瓦くんとその友達、獅子城さん、矢追さん、そして桜がゲーム機を各々のリュックサックやバッグ等から取り出した。

 ゲーム機を取り出していないのはわたし、小百合、根多米さん、沖猿さんの四人だ。わたしはゲーム機を持っていない。他の三人も同様だと思う。

 大型テレビと各ゲーム機から、軽快な音楽が流れてきた。大会に参加する人たちが、ゲームを立ち上げたのだろう。色々な所から音楽が流れてきているので、合唱しているようだった。

 テレビにはゲームの画面が表示されている。配線からすると、鬼瓦くんのゲーム機の画面を表示しているのだろう。ゲームのタイトルは『キングオブストリートブラザーズ』。わたしはテレビ画面を見て、彼らのゲームプレイを鑑賞することにした。小百合の視線もテレビ画面の方を向いている。

 テレビ画面には個性的なキャラクターが、何人(?)も表示されている。彼らのプレイヤーキャラクターなのだろうけど、どれが誰のかわからない。

「ちょっと待ったー!」

「何だ? 此藤」

「鬼瓦くん、対戦を始める前に、ゲームのルールと、誰がどのキャラクターを使うかを、アタシに説明させてくれる? プレイしていない人にも、わかるようにね」

 鬼瓦くんのことは、苗字で呼ぶのね……

「いいぜ」

 桜がゲームのルールと彼らのプレイヤーキャラクターについて説明する。

 体力が0になる、もしくは場外に飛ばされると負け――これが基本的なルール。

 プレイヤーキャラクターは次の通り。

 蓮が道化師、芥木くんが全身白タイツ男、旧海くんが人間サイズのドラゴン、鬼瓦くんが老紳士、大隅くんが黒熊、際玉くんが銀色棒人間、獅子城さんがピンクの悪魔(と言ってもつぶらな瞳をした球状のクリーチャーではない。ピンクの服を着た洋風悪魔である)、矢追さんが円筒形のロボット、桜が美少女アイドル。

 今回の対戦方式はバトルロイヤルで、最後まで残った者が勝利。

 桜が説明を終え、鬼瓦くんが対戦開始の合図をする。

「対戦開始!」



 走行中の新幹線らしき列車の屋根の上に九人(?)の戦士がいる。

 老紳士が杖をかざすと、そばに一台の車が現れた。漆黒の高級そうなセダンである。後で聞いたところによると、老紳士が呼び出す車はランダムで、何種類かあるらしいけど、性能はどれも同じらしい。

 老紳士が車に乗り込み、猛スピードで他の戦士目掛けて突進する。白タイツ男、銀色棒人間、黒熊、ピンク悪魔、ロボットが車にはねられた。他の戦士はジャンプして車を躱した。

 列車の右側の車両が、切り離された。突進していた車は、止まることができなかったのか、切り離された所から落ちてしまった。車に乗りながら列車とは真逆の方向に行ってしまった老紳士は、場外となって負けてしまった。



「ああああああーっ!」

 鬼瓦くんの叫び声が、部屋中に響き渡ったので、わたしはびっくりした。

「せっかく、修学旅行ん時のリベンジをしようと思ったのに! クソーッ!」

 鬼瓦くんは相当悔しそうだ。そういえば「修学旅行でのの続き」がどうのこうのと言っていたけど、このことだったのか。どうやら鬼瓦くんたちは修学旅行中にゲームをやっていたらしい。

 鬼瓦くん――老紳士――が脱落してもは続く。



 道化師はたくさんのジャグリングボールを投げ、ドラゴンは尻からカラフルな宝石を多数発射し、銀色棒人間は伸縮自在の腕を鞭のように振り回し、ピンク悪魔はトライデントを振り回し、ロボットは目からビームを放つ……戦士たちの戦いは混戦を極めた。

 黒熊が大きくジャンプした。飛び蹴りでも仕掛けるのかと思ったが、それはかなわなかった。黒熊がジャンプした直後に、列車はトンネルに入った。そのため、トンネルの上の壁に、ぶつかってしまったのだ。壁にへばりついたままの黒熊は、走行中の列車から置いてけぼりを食らったので、場外となってしまった。

 列車がトンネルに入ったので、辺りは暗くなった。青天井ではなくなり、ジャンプできる高さも限られてしまった。

 アイドルが歌いだすと、口からたくさんの音符が放たれた。音符はトンネル内で跳弾となって、他の戦士たちに襲いかかった。

 白タイツ男が両腕を水平に伸ばし、コマのように回転しながら移動して、アイドルに襲いかかる。しかし、アイドルはしゃがんで攻撃を躱した上、白タイツ男に足払いをした。白タイツ男は転倒した。

 横になったロボットが、転がりながら他の戦士たちに襲いかかる。アイドルを含む何人かの戦士が、ローラーと化したロボットの下敷きとなった。下敷きになった戦士たちは、紙のようにぺしゃんこになったが、数秒後には元の体形に戻った。下敷きになった戦士たちは、死ななかったものの、体力と時間をロスしてしまった。

 列車の端から転がってきたロボットを、ピンク悪魔がトライデントでビリヤードみたいに突く。すると、ロボットは逆方向に転がり、列車の屋根から落ちてしまった。置いてけぼりになったロボットは、場外となった。

 ピンク悪魔の背後から、いくつものフラフープが飛んできて、それらがピンク悪魔に命中。ピンク悪魔の体力がなくなり、ピンク悪魔は退場した。

 こうして、激しい戦いが列車の上で繰り広げられ、最後に一人の戦士が残った。その戦士は道化師だった。



「また麦穂星の勝利かよ」

「蓮くん、相変わらずゲームが強いねー」

 相変わらず……? ということは、桜は以前にも蓮とゲームをしたことがあるというの?

「……まあね。桜ちゃんの方こそ、慣れた様子だったけど」

 桜ちゃん……? ずいぶん親しそうな呼び方をするのね……

 隣に座っている小百合の顔を見てみる。小百合は蓮と桜をじっと睨みつけている。

「そりゃあ、流行りのゲームだもの。つい、アタシも買って、ハマっちゃったわ」

 蓮と桜がおしゃべりをしている様子は、傍から見ると微笑ましい。それなのに、やけに寂しく感じられるのは、なぜかしら。

「よお桜、もしかして、この優男と知り合いかー?」

 獅子城さんが桜の肩に腕を回す。

「そう、アタシと蓮くんは、いとこ同士」

「いとこ同士!?」

 小百合とハモった。驚きのあまり声を上げたのは、わたしも小百合も同じらしい。

 蓮と桜の顔を見比べてみる。親戚同士だからか、二人の顔立ちは似ている。

「桜ちゃんの母さんと、ぼくの母さんが、姉妹なんだよ」

 お母さん同士が姉妹だから似ているというのなら、二人のお母さんは、きっと美人だろう。若い頃はモテていたに違いない。

 小百合がソファーから立ち上がり、つかつかと桜に歩み寄る。

「桜、それどうしてあたしたちに教えてくれなかったの?」

「別に教えなくてもいいかなと思って。アタシは女、蓮くんは男。アタシたちが学校でぺらぺらとしゃべっているのを見られて、変な噂が立つと困るのよ。だから、アタシたちは学校では互いに干渉しないことにした」

「そう、あたしはびっくりしたわよ。あなたと麦穂星くんが仲良く話すんだもの。一体どういう関係なのかと思ったわ。でも、今日は、なぜ麦穂星くんに話しかけたの? 干渉しないんじゃなかったの?」

「みんなで一つ屋根の下に集まって、ワイワイガヤガヤやっているもんだから、親戚同士の集まりの時と同じ感覚になっちゃった。だから、そのノリでつい話しかけちゃった。アタシ、蓮くんと違っておしゃべりだし」

「いとこ同士かー。そういや、日本じゃ結婚することができると聞いたけど、桜、アンタは麦穂星とやらのことをどう思ってんだよ」

 いとこ同士は結婚できる――獅子城さんの発言を聞いたわたしは、唾をゴクリと飲み込む。わたしの心臓の鼓動が、若干速くなる。

「嫌いじゃないし、これからも仲良くしたいけど、結婚したいとか恋人同士になりたいとか思わないな~。いとことはいえ親戚同士だし。それよりも、他の素敵な男子と恋がしたいな~」

 何だかほっとした。心臓の鼓動も元通りに落ち着く。

「桜ちゃ~ん、俺たちはど~お? 彼女いないんだけど」

 際玉くんが旧海くんと肩を組みながら、桜の前に現れた。旧海くんの口から「際玉くん、ボクは二次元の娘の方が……」という小さい声が聞こえた。

「ごめんなさい」

「う~ん、残念!」

 二人ともきっぱりと断られた模様。際玉くんが残念がる一方で、旧海くんは、ほっとしているみたい。「二次元の娘の方が」と言っているあたり、現実の女子は好みではないのかもしれない。

「オマエら、第二ラウンドやるぞ~!」

「アタシは一旦、抜けるね」

「おう、また参加したけりゃ、いつでも言えや」

 桜が小百合と一緒にこちらに近づいてくる。

「葵、それと小百合、アナタたちもやってみない? プレイのやり方は、アタシが教えるわ」


 わたしは桜からゲーム機を借りて、プレイのやり方を教わり、一人用のプレイモードで何回か遊んでみた。結構、面白い。

 ゲームにある程度慣れてきたところで、蓮たちが参加しているバトルロイヤルにも挑戦してみたけど、結果はビリだった。さすがに彼らにはかなわない。小百合も参戦してみたけど、結果はわたしと同様だったらしい。

 ――こうして時間は流れていった。


「悪いけどオマエら、そろそろお開きにするぞ~!」

「あんま遅くまでやってっと、蘇鉄の親がうるさいしな。こればかりは仕方ねえ」

 先程まで対戦を楽しんでいた蓮や鬼瓦くんたちが、ゲーム機を片付け始める。その様子を見て時間が気になったわたしは、室内の壁時計を見てみる。

 ――え!? 五時四十五分!?

 パーティーに夢中で気が付かなかった。彼らにしてみれば、まだ遊び足りないかもしれない。けれども、わたしにしてみれば遅すぎる時間だった。夏ならば遅すぎるということはないのだが、今は冬。しかも、冬の中でも日がかなり短い方。外は、すっかり暗くなっているだろう。

「ごめんね、葵。もうこんな時間になっているなんて気が付かなかった」

「葵、ごめん。ぼくも気が付かなかった」

 小百合と蓮が、わたしのそばに来て、口々に謝ったけど、二人は悪くない。

「二人とも謝ることは無いわ。気が付かなかったのは、わたしも同じだし。それに、これはわたしの問題だから、いずれにしろ、あなたたちが謝る必要は無いのよ」

 一人では歩けないほど夜道が怖い――これは、わたしの問題なのだ。

 鬼瓦くんたちはゲーム機だけではなく、食器類も片付け始めた。普段、悪ぶっている鬼瓦くんとその友達も、こういうところは真面目なんだなと思う。みんなが片付けているので、わたしもそれにならった。



「オマエら、またな~!」

「またね~!」

 わたしたちは鬼瓦くんの家を出た。時刻は午後六時くらい。あたりは、すっかり暗くなっていた。空には星々が見える。空の暗さに反して、街灯がまぶしい。白い光が槍みたいに、わたしを刺してくるようだ。そういえば、あの時も……考えるな! わたし!

「麦穂星くん、悪いけど、葵を家まで送っていってくれる?」

「ああ、わかった」

「桜、あなたも途中まででいいから、葵と一緒に帰ってあげて」

「うん、いいよ」

「それじゃ、頼んだわよ」

 小百合が蓮と桜に頼み込んだ。

 わたしたちと小百合が手を振った後、わたしとは家が逆方向にある小百合は、帰っていった。

 わたしたち三人は、小百合が帰っていった方向とは逆の方向に歩き出す。

 歩くこと数分、わたしの視界にバス停が入ってきた。

「葵、ここからバスに乗ろうか」

「そうね」

 お金がちょっともったいない気もするし、待ち時間によっては大して時間短縮にならないのかもしれないけど、怖い思いをしながら三十分近く歩くよりは、ましだと思う。

「そっか、それじゃここでお別れかな。蓮くん、葵をしっかりエスコートするのよ」

「あ、ああ」

 蓮の顔を見ると、心なしか赤くなっているように見える。わたしと二人でパーティーに行ったのに、なぜかしら。

「葵、蓮くんに思う存分甘えちゃっていいわよ」

「もう、桜ったら」

「二人とも、またね~」

 桜が、わたしたちに向けて手を振ったので、わたしたちも桜に向けて手を振った。

 バス停の時刻表を見ると、バスが来るまで今から十分。普通なら大した待ち時間ではないのだが、今のわたしにとっては長い。苦手な夜の通りに、怖い思いをしながら、十分間耐えなければならない。

 わたしは蓮の腕を両手で掴む。

「葵……」

「バスが来るまで、こうしていてもいい? 何だか怖くて……」

「……いいよ」

 周囲からカップルと思われても構わない。今は、夜の町中という恐怖に耐えるために、彼の腕を掴み続ける。


 待つこと十分、バスが到着した。わたしたちはバスの前ドアから乗車した。

「大人二人分で、お願いします」

 このバスは運賃先払いである。蓮は、わたしの分まで運賃を払った。

「いいの? 蓮」

「別にいいよ。バスに乗ろうと言ったのは、ぼくだし」

「ありがとう、蓮」

 バスの後ろの方を見ると、二人分座れる座席が空いていたので、そこにわたしたちは座った。窓側が蓮、通路側がわたし。通路側に座った理由は、外の景色――特に緑野国小学校付近――を見たくないからである。

 バスは高校方面へ走行していった。高校を過ぎ、やがて「次は、緑野国小学校前、緑野国小学校前」というアナウンスが流れた。

「!」

 アナウンスが聞こえた途端、わたしはアルマジロのように身をかがめた。”あの男”は既に逮捕されている。”あの男”が乗り込んでくることは無いとわかっている。けれども、わたしにとっては、この場所まで恐怖の対象となっている。だから、わたしは外を見たくない。

 目を閉じているので、何も見えない。バスが停車したようだ。扉の開く音が聞こえる。人数は少なそうだが、人の乗り降りする音が聞こえる。扉の閉まる音が聞こえる。エンジンの音が聞こえ、その音が変化していく。バスが発車したようだ。

「次は、朝月台第一、朝月台第一」

 自宅から最寄りのバス停だ。目を開けて降車ボタンを押そうと思った時、ピンポーン、という音が聞こえた。

 隣を見上げると、彼が降車ボタンを押していた。

「ありがとう」


 わたしたちは朝月台第一のバス停で降車した。わたしたち以外にも何人かの人が降車した。帰宅中の社会人たちだろう。

 この辺りは閑静な住宅街。暗い空の下、街灯の白い光が、刺すように暴力的に感じられる。付近の住宅の窓からは、生活感のある暖かい光が漏れている。

 わたしは蓮の腕を再び両手で掴む。そして、わたしたちは自宅に向けて歩き出す。

「もう少しで家に着く。頑張ろう」

「……うん」

 わたしが恐怖に押し潰されそうな中、彼はわたしを励ましてくれる。

 彼の腕を掴みながらしばらく歩いていると、自宅の前に着いた。

「はあ……はあ……」

 何だか息苦しい。バスに乗ってきたにもかかわらず、大して歩いていないにもかかわらず、妙に疲れている。

 わたしは片手で彼の腕を掴みながら、インターホンのボタンを押した。「はい、どちらさまでしょうか」というお母さんの声が聞こえた。

「お母さん、わたし……葵」

「待っていて、今開けるから」

 お母さんとのインターホンでのやり取りを終えると、わたしは再び彼の腕を両手で掴んだ。

 玄関の扉が開き、お母さんが姿を現した。

「おかえりなさい、葵」

「ただいま……」

「あら、蓮くんも一緒?」

「こんばんは、おばさん」

「葵を送ってくれたのね、ありがとう」

「蓮……ありがとう……それじゃ……またね」

「それじゃあ、また」

 わたしは力を振り絞って、彼に向けて手を振った。


 わたしは家の中に入り、玄関で靴を脱いだ。家の中では、照明がやけに暖かく感じられる。大きな安堵感に包まれたわたしは、そのまま廊下に横たわってしまった。

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