第21話 クリスマスパーティー開催

 ――十一月下旬――

 今日は月曜日なので、七時限目まである。今週の掃除当番は、わたしたちだから、帰りのホームルームの後に掃除しなければならない。

 日が短くなっているので、掃除を終えて昇降口を出た頃には、日が沈んでいた。西の空はオレンジ色に染まり、東の空ではピンク色の綺麗な帯――ビーナスベルト――を見て取ることができる。黄昏時たそがれどきの空は美しいけど、妖しさも秘めていて、怖いと感じることもある。薄暗いせいもあるかしら。

 まだ少しは明るいけど、わたしが家に着く頃には、相当暗くなっているかもしれない。今日は走って帰ろうかしら。このようなことを考えながら歩いていると、校門のそばにいる蓮が、わたしの視界に入ってきた。何か本を読んでいるみたいだ。わたしは彼のそばに来たところで立ち止まる。

「蓮……」

「葵……一緒に帰らないか?」

 わたしは辺りを見回す。わたしたちを知っていそうな人は、誰も見当たらない。

「そうね。一緒に帰りましょう」

 わたしたちは一緒に帰路に就く。

「蓮、校門の所で何していたの?」

 わたしは歩きながら彼に尋ねる。

「漫画を読んでいた」

「……なぜ、あんな所で漫画を読んでいたのかしら? 家に帰ってからでもいいんじゃない?」

「……きみを待っていたから」

「わたしを?」

 わざわざ、わたしと帰るために? そう思うと、わたしの心臓の鼓動が、少しだけ速くなった。

「きみ、暗いの苦手だろ? それと……これ」

 彼は、わたしにスマホを差し出した。スマホには「今日は葵と一緒に帰ってあげて。あの子、暗いの苦手だから」というメッセージが表示されている。差出人は小百合だ。

「なるほど、小百合から頼まれたのね」

 けれども、彼の様子からすると、頼まれていなくても、わたしを待っていたかもしれない。

 校門を出て歩くこと数分、わたしたちは交差点に差し掛かる。

「蓮、悪いけど、こちらから帰らない?」

 わたしは右側の道路を指差した。あれ以来、わたしがいつも帰宅時に通っている道だ。

「別にいいけど、何で? 真っ直ぐ行った方が近いんじゃ……」

「緑野国小学校の前は通りたくないのよ……」

 以前、緑野国小学校の前を通ろうとした時、わたしの目に恐ろしい光景が飛び込んできた。幻だとわかっていても、”あの男”が現れることはないとわかっていても、怖くて通る気になれない。

「わかった」

 わたしたちは緑野国小学校を迂回する道――最近のわたしにとっては、いつもの道――を歩くことにした。


 自宅に着いた。空の青が幾分深くなって、暗くはなっているけど、真っ暗というほどではない。

「蓮、ごめんね。遠回りさせちゃって」

「べつにいいよ」

「それじゃ、またね」

「また明日」

 わたしと蓮は互いに手を軽く振った。



 ――二学期最終日――

「棕櫚、浦次郎、今年もクリスマスパーティーはオレんちでやるぞ!」

「おう!」

「イェッサ!」

 大隅くんと際玉くんが、元気よく答える。その声の大きさは、教室のどこにいても聞こえるほど。どうやら鬼瓦くんは、自宅でクリスマスパーティーを開くらしい。

「蘇鉄くん、うちらも加わっていい?」

 根多米さんが鬼瓦くんに話しかける。パーティーに参加する大隅くんと、一緒にいたいのだろう。

「かまわんぜ」

 鬼瓦くんは快諾の様子。根多米さんと沖猿さんも参加するらしい。

 教室の扉がガラッと開いた。扉から女子が二人現れた。一人は背が高くて大柄、獅子城さんだ。もう一人は……桜?

「蘇鉄! アタイらも行くぞ!」

 クリスマスパーティーの話を聞いていたのかしら? 相変わらずの地獄耳だ。

「オレが嫌だと言っても来るんだろ、ローザ。ところで、『アタイら』ということはそっちの子も参加するんだな?」

「もちろん! コイツは此藤桜。最近、仲良くなったんだ」

「鬼瓦くん、アナタのことはローザから聞いているわ。よろしくね」

「おう! 可愛い子は大歓迎だぜ!」

 桜って、獅子城さんと仲良くなったのか。

 さっきから桜が、わたしたちの方を見ている。何か言いたそうだ。

「鬼瓦くん、他に二人くらい参加してもいいかしら?」

「いいぜ」

 桜の頼みを鬼瓦くんが快諾する。桜が次にどういうことを言ってくるか、わたしには予想がついた。

「小百合、葵、アナタたちも参加してくれる?」

 やっぱり。

「いいわよ。葵、一緒に参加しましょう」

「う、うん」

 わたしは一瞬、躊躇ちゅうちょした。以前の出来事のせいで、鬼瓦くんたちの印象は良くない。

「大丈夫よ、葵」

 小百合が、わたしに耳打ちする。

「あくまで、あたしたちは桜と楽しむために行くのよ。それに、獅子城さんがいるから、変なことにはならないわよ」

「うん……」

 それでも釈然としない。わたしが、このパーティーに参加するのなら、小百合と桜の他にも、一緒に参加して欲しい人がいる。

「男三人に女六人、両手に花といきたいところだが、そうはならねえ。麦穂星、芥木、旧海、オマエらも来い!」

 鬼瓦くんが大きな声で言うと、クラスがざわついた。「え? 何?」という声がどこからか聞こえてきたような気がする。根多米さんと沖猿さんは、唖然としている。

 この時、わたしは見えない壁――校内でわたしと蓮を隔てていた――に大きなひびが入ったような気がした。

「翌檜くん、誠司くん、どうする? ぼくは行きたいけど」

 蓮が友達二人に尋ねる。

「ボクも行く」

 先に答えたのは旧海くんだ。

「僕も行きたいけど、杉菜も参加させたいな」

 芥木くんは矢追さんにも来て欲しいようだ。

「いいぜ」

「杉菜! 参加していいって!」

 芥木くんが矢追さんに呼びかける。

「それでは、私も参加させてもらうわ」

 この時、矢追さんの眼鏡が、キラリと光ったような気がした。理由はわからないけど、嬉しいらしい。

 こうして、蓮とその友達二人、矢追さんも参加することになった。

 根多米さんと沖猿さんが、鬼瓦くんたちに耳打ちしている。何を言っているか、正確なことはわからないけど、何となく予想がつく。「どうして、あいつらを入れるのよ」とでも言っているのかしら。この二人は、ちょくちょく蓮たちを見下すようなことを言っていた。おそらく、蓮たちの参加が不満なのだろう。

「オレたちは修学旅行でのの続きがやりてーんだよ!」という声が聞こえてくると、根多米さんと沖猿さんは、眉を八の字にした。二人は折れたようだ。ところで、修学旅行でのの続きって何かしら?



 わたしは蓮と共に、鬼瓦くんの家に向かう。クリスマスパーティーに参加するためだ。

 わたしの服装はスタジアムジャンパー、ロングのフレアスカート、黒タイツ、スニーカー。蓮の服装はジャンパー、ジーパン、スニーカーである。

 鬼瓦くんの家は、高校を隔てた先にある。わたしの家からだと三十分程度、蓮の家からだと四十分程度。蓮にとっては、歩くだけでもいい運動になるかもしれない。

 鬼瓦くんの家に着いた。結構大きい。大きいだけではなく、外装も綺麗で庭も広い。なかなかの豪邸だ。鬼瓦くんって、もしかして、お坊ちゃま?

 家の前に二人の女の子がいる。一人は小百合だ。ジャンパーにミニのラップスカート――多分中身はショートパンツ――に黒タイツ、ローファーという出で立ちだ。

 もう一人は桜。こちらはカーディガンに標準丈フレアスカート、白タイツ、ローファーといった出で立ち。

 わたしが二人に向かって手を振ると、向こうも手を振った。

「みんなは?」

「少し待てば来るんじゃない?」

 小百合の言った通り。少しだけ待つと、みんながやって来た。


 クリスマスパーティー参加メンバーは十三人。わたし、蓮、小百合、桜、芥木くん、旧海くん、矢追さん、獅子城さん、根多米さん、沖猿さん、大隅くん、際玉くん、そして主催者の鬼瓦くん。

 桜は文化祭の時、クラスメイトと思われる友達を二人連れて、わたしのクラスを訪れていた。来る者拒まずと思われるこのパーティーに、その二人は参加しないのかと桜に聞いてみた。桜曰く「アイドルグループのコンサートを観に行くから参加しない」とのことだ。


 わたしたちはリビングルームに通された。広いリビングルームには、大きいテーブルとソファーがあり、十三人でパーティーを開くのに充分な環境が整っていた。

 テーブルの上にはフライドチキン、ピザ、サラダ、ポテトチップス、ケーキ、ジュース等、様々な食べ物や飲み物が置かれている。

 わたしたちは座り心地の良いソファーに座った。そして、テーブルに置いてあるグラスを手に取る。グラスには透き通った淡い金色の飲み物が入っている。

「メリークリスマス!」

 みんなで乾杯する。あちこちで、キンッというグラスの音が鳴る。グラスに入っている飲み物を一口だけ飲んでみる。ノンアルコールシャンパンだ。鬼瓦くんとしては、アルコールが飲みたいらしいけど、親に叱られるため自宅では無理らしい。

 乾杯の後は、みんなでクラッカーを鳴らした。パンッ! という可愛らしい爆発音と共に、カラフルな紙テープや紙ふぶきが、あちこちで飛び散る。

 わたしは、ご馳走にありつく。どれも美味しい。みんなの表情も満足げだ。

 食べながら聞いた話によると、鬼瓦くんのお父さんは、会社の社長とのこと。社長と言っても、上品な社長というわけではなく、職人気質な社長らしい。それゆえ、怒らせると怖いところもあるとか。親分肌で口が悪いけど、意外と手先が器用な鬼瓦くんは、父親似かもしれない。


 鬼瓦くんがゲーム機とマイクを持ってきて、室内にある大型テレビにゲーム機を接続する。そして、テレビの電源を入れる。ゲームでも始めるのかと思っていたら、そうでもないらしい。

 鬼瓦くんがゲーム機を操作すると、テレビには選曲画面が表示された。

「オマエら、これからカラオケ大会をやるぜ!」

 鬼瓦くんがマイクを手にして叫んだ。ゲーム機はカラオケマシーンにするために持ってきたようだ。

「おおーっ!」という声が聞こえた。声の主は鬼瓦くんの友達だろう。

 このカラオケ大会は参加するもしないも自由。歌いたい人だけ参加すればいいとのこと。

 トップバッターは主催者の鬼瓦くんだ。

 エレキベースの重低音とアップテンポの激しいドラムスの音が聞こえてきた。ヘビーメタル系の曲だ。

 鬼瓦くんが歌い始めた。迫力のある野太い声が、辺りに響き渡る。音程は外しておらず、結構上手い。

 鬼瓦くんが歌い終えると、大隅くん、際玉くん、獅子城さんと続いた。曲はいずれもロック系。歌以外ではエレキギターサウンドが印象に残る。裏声で歌っているのか、際玉くんの声は、やたらと甲高かった。いずれも上手いけど、この中では獅子城さんがダントツだった。その美しくも力強い歌声は、文化祭の時も聴いたけど、やはりただものではない。

 根多米さんはEDM――エレクトロニック・ダンス・ミュージック――の曲を歌った。沖猿さんもまた、曲は違えどジャンルは一緒。リズムマシーンが刻むアップテンポの細かいリズムと、シンセベースの重低音が印象的。歌声は……二人とも、まあまあかな。

 桜は女性アーチストのポップスを歌った。華やかで伸びのある歌声で、なかなかの上手さだ。次は、わたしたちの番だ。

 わたしと小百合は、デュエット曲を歌うことにした。女子同士でも歌えるデュエット曲だ。綺麗なイントロが流れた後、わたしは小百合と息を合わせて歌う。歌い終えると、みんなが拍手してくれた。

 わたしたちの次は蓮が歌う。シンセサイザーとエレキギターのイントロの後に、伸びやかで流れるような歌声が響く。思いのほか上手い。ビジュアルだけでご飯を食べているような歌手よりも、よっぽど上手い……ところでこの曲、何? タイトルとアーチスト名は表示されているけど、わたしの知らない曲だ。

 蓮が歌い終えた。わたしも含め、みんな拍手しているが、その拍手のしかたが人によって違う。蓮の友達と鬼瓦くんたち、獅子城さん、矢追さん、小百合は素直に拍手しているが、根多米さんと沖猿さんは、いまいちやる気無さそうな感じ。逆に桜はニコニコした顔で「うまーい!」と言いながら拍手している。

 わたしが、これはどういう曲なのかと、聞こうと思った、その時――

「ねえ蓮くん、これアニメソングか何かでしょ? だとしたら、何に使われている曲か、教えてくれない?」

 桜が明るい声で蓮に尋ねた。

 ――ところで今、って言わなかった?

 ――なぜ、下の名前で呼んだのかしら。しかも、やけに親しそうだった。

 蓮が口を動かしたようだけど、何て言っているのか、聞きそびれてしまった。

 やけに心がざわつく。とりあえず、今は蓮が歌っていた曲のことなんて、どうでもいい気がする。

 あれこれ考えているうちに、教会の鐘の音とストリングスが入り混じったさわやかな演奏に、野太い歌声が乗っかっているのが、聞こえてきた。旧海くんが歌いだしたらしい。音程はそんなに外れていないのだが、軽やかな伴奏と野太い歌声が、やけにミスマッチだ。画面を見てみると……なるほど、たくさんの美少女アイドルが出てくるゲームの曲だ。プレイしたことはないけど、ゲームのタイトルだけなら知っている。

 旧海くんが歌い終わった。これで、歌いたい人全員が歌い終わった。芥木くんと矢追さんは、歌わなかった。二人ともカラオケは苦手らしい。

 全員の中では、獅子城さんが一番上手だったけど、それに次ぐのが、蓮と鬼瓦くん。この男子二人の上手さは、甲乙つけがたい。

「次はゲーム大会だ!」

 鬼瓦くんが元気よく叫ぶ。それに答えるかのように「おおーっ!」という声が聞こえる。

 なぜ、桜が蓮のことを親しそうに下の名前で呼んだのか、釈然としないままゲーム大会が始まる。

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