第18話 ダンボール系男子
――文化祭の次の週――
校内では文化祭の話題で持ちきりだった。
中でも、校庭の特設ステージでのライブ演奏――特に獅子城さん――のことは、かなり話題になっていた。特に男子は獅子城さんの美貌と美声に夢中だった。
――見ておれ、男子共――振り向かない男子たちに腹を立てていた様子だった獅子城さん。男子を振り向かせるという彼女の狙いは、成功したみたい。
また、獅子城さんほどではないけれど、小百合のことも話題になっていた。そう、二年三組の美人メイド。セクハラされないか心配だったけど、無事だったみたい。
文化祭の前、わたしは自分に対するエッチな話――例の事件由来の話――に怯えていた。
けれども、文化祭が終わると、わたしについて口にするものは、友達を除いて誰もいなかった。
要するに、わたしに対するエッチな話は、消え去ったのである。
ありがとう小百合、獅子城さん。わたしは二人に感謝した。
――火曜日――
帰宅後、わたしと蓮は近所の公園に来ていた。こうして二人で公園に来るのは、久しぶりだ。
「おねえちゃん、ひさしぶり!」
以前、この公園で会った小さい女の子が、話しかけてきた。
「久しぶりね~。お嬢ちゃん」
わたしは、この子の名前を知らない。けれども、できるだけ笑顔で返す。
「きょうは、おにいちゃんもいっしょだね~」
「ええ、そうよ。お兄ちゃんの怪我も無事に治ったし」
「よかったね!」
女の子が笑顔で元気よく言った。嬉しそうである。
「葵、この子は……」
蓮が、わたしの耳元で、ささやくように尋ねてきた。
「近所の子よ」
わたしもまた、ささやくようにして答える。
「
どこからか、女性の声が聞こえてきた。きっと、この子の母親のものだろう。
「は~い、ママ~」
女の子は声のした方に向かっていった。しおんちゃんって言うんだ、この子。漢字で書くと、紫苑かしら。
わたしと蓮は公園の広場にてバドミントンをやり始めた。空中で放物線を描きながら行き交うシャトル。わたしと彼のラリーが続く。
……何だか様子が変だ。わたしたちの腕が上達したとか、なまったとか、そういうのではない。日が短くなったから、というわけでもなさそう。
けれども、どこかおかしい。
「ストーップ!」
わたしは彼に中断するよう声をかけた。空中で放物線を描いていたシャトルは、彼のラケットに当たると、打ち上がることなく地面に落ちた。落ちたシャトルを彼が拾う。
「何だい? 葵」
彼が、こちらにやって来る。
「さっきから、何だか様子がおかしくない? 何というか、その……誰かに見られているような気がするんだけど……」
不安を感じたわたしは、彼が着ている長袖シャツの袖を片手で
彼もまた、辺りを見回す。
「葵、あそこ」
彼は遊具のある方向を指差した。そこには逆さまになった大きなダンボール箱が二つあった。よく見たら、こんなに目立つのに、なぜ気付かなかったのかしら。
彼がダンボール箱の所に向かっていくので、わたしもついて行く。
わたしたちはダンボール箱のすぐそばに来た。
「翌檜くんに誠司くんだろ。出てきな」
彼がニコニコしながらダンボール箱に話しかける。すると、二つのダンボール箱の中から制服姿の男子が出てきた。びっくりしたわたしは、思わず彼の腕を両手で掴んでしまった。
「ばれたか」
二人の男子の声がハモった。二人は芥木くんと旧海くんだった。二人とも制服姿だ。
ダンボール箱の中の人たちがわかったわたしは
「きみたち、またソリッド・スネークごっこをやっていたのか。昔、ぼくも含めて三人でやった時に、おまわりさんに注意されて、懲りたんじゃなかったっけ?」
ソリッド・スネークごっこって……コナミの潜入アクションゲーム『メタルギア』の主人公になったつもりかしら? まさか、ここまでダンボール箱を被ってつけてきたの? それにしても、くだらない理由とはいえ、蓮が警察に注意されたことがあったとは……
わたしの頭の中に、しょうもない疑問が次々と浮かぶ。
「蓮君、どうしても君の事が気になってね。だから、こうしてダンボール箱を被ってつけてきたわけさ。君達に気付かれない為にね」
よくここまで来れたと思う。怪しむ人は誰もいなかったのかしら。
「今月に入ってから、キミの様子が変わったからね。少しばかりだけど、ボクたちとの付き合いが悪くなったし」
そういえば、蓮ってば文芸部や漫画部に、ちょくちょく遊びに行っていたのよね……? この人たち、部活は? 話によると、どちらも部長じゃなかったっけ?
「なるほどね。そういえば、きみたち部活は? 二人とも部長だよね」
蓮も同じことを考えていたらしく、二人に尋ねた。
「杉菜に任せてきた」
「今日は休み」
「あたしは桜に任せてきた」
後ろの方から女子の声がした。この声はもしや――
わたしが振り返ると、そこには制服姿の女子――小百合――がいた。小百合まで……
「小百合!? いつの間に……」
びっくりした。今まで一体どこにいたのかしら。
「葵、あたしもあなたの後をつけてきたのよ。それで、公園に着いた後は、木の後ろや物置の後ろに隠れていた」
入口の所を除き、公園には四方を囲むようにコニファーがいくつも植えられており、広場の端の方には物置がある。そこに隠れていたのだろう。
蓮の友達二人がソリッド・スネークになりきっているというのなら、小百合はくノ一にでもなりきっているのかしら。
それにしてもこの三人、部長なのに、部活を抜け出してまで、わたしたちをつけてくる理由というものがあるのかしら。
「麦穂星くんと鬼瓦くんが喧嘩した時から、ほとんどバレバレだったけど、葵、あなたと麦穂星くんって、そういう関係だったのね」
そういう関係って……言いたいことはわかる。わかるんだけれども……お願いだから、変な想像はしないで、小百合。体が何だか火照ってくる。
「葵……どうしてあたしに話してくれなかったのよ……あたしたち、親友でしょ?」
小百合が少し悲しそうな顔で、わたしに問いかける。困ったな……何て答えようかしら。小百合だけではなく、蓮とその友達もいる。ますます話しにくい。
「ごめんね、小百合……まず、わたしと蓮の関係についてなんだけどさ、実は自分でもよくわかっていない」
「謝ることはないけど、何それ」
小百合が、つっけんどんな口調で言った。もしかして、怒っているのかしら。その表情は、冷静になろうと努めつつも、悲しみや怒りが混じっていそうな複雑なもの。一方、蓮は無表情のまま何も言わない。
「だからこそ、変な噂が立つようなことは避けたい。例えば、男子と女子が何回かおしゃべりしていただけで『あの二人って、できているよね』とか、そういう風に見て欲しくないの。だから、学校にいる時は、重要な用事が無い限り、蓮とは話さないようにしていたし、蓮とのことは、あなたにも黙っていた」
本当は、蓮とその友達に対する偏見のこともあるけど、本人たちの目の前では話したくなかった。
「……葵、そのことなんだけどさ、一部の人たちは、あなたと麦穂星くんができていると、噂しているわよ。例えば、根多米さんと沖猿さん。以前、更衣室で二人がそんな話をしているところを聞いた。この話については、喧嘩の現場にいた大隅くんから伝わったみたい」
やっぱり、そういう人たちはいたんだ。蓮と鬼瓦くんの喧嘩の件で、そういう噂が立つかもしれないと予想はしていたけど、それでも、できるだけ広まらないよう、わたしと蓮は黙っていた。
「そう……」
「このことについては、下手にあなたに話すと、傷つけてしまうかもしれないから、どのタイミングで話そうかと悩んだわ」
「……それでね、小百合。以前、蓮がわたしを慰めてくれた時に、こう言ったの。『何か力になって欲しいことがあったら、ぼくに言って欲しい』って。だから、わたしはその言葉に甘えてみることにした。それで、甘えてみた結果がこれ。近くの公園でやるなんちゃって部活動。辞めてしまった部活の代わりをやりたいと、お願いしたのよ」
「なるほどね」
「小百合……わたしは、あの嫌な事件のせいで奪われたものを取り戻したい。だから、わがままを承知で、蓮の言葉に甘えている」
「わかったわ、葵。ところで、麦穂星くん」
小百合が蓮の方に向き直る。
「あなたは葵のことを、どう思っているの?」
わたしも少しばかり気になることだ。けれども、蓮の答えに、わたしはどういう反応をするのだろうか。自分でも予想がつかない。
「ぼくは……葵を助けてやりたい」
蓮のその言葉を聞いた時、体が少しだけ熱くなった。
「葵を助けてやりたい? どういうことかしら」
「以前、葵が泣いているところを見てそう思った。どこまでできるか、わからないけど」
「ふふ……いい心がけね。麦穂星くん、あなたは葵のことが……おっと、これ以上はあえて言わないわ」
小百合は嬉しそうな顔をしている。この時「女の涙は最大の武器って、よく言ったものね」という声が聞こえてきたような気がした。声の主は小百合?
「何かしら? 葵」
わたしはびっくりした。もしかして、心のつぶやきが聞こえた?
「ううん、何でもない」
「ところで葵、あなた『部活の代わりをやりたい』と言っていたわよね」
「そうだけど」
「今日は、わたしがいることだし、一緒にやろうか」
「うん……!?」
改めて小百合を見る。制服姿だ。しかも、多くの女子達の例に漏れずスカート丈が短い。
わたしは小百合に駆け寄った。
「小百合、もしかして、その格好のままでやるの?」
わたしは小百合の耳元で、ささやくようにして尋ねた。
「そうよ」
小百合は平然とした顔で答えた。
「その格好だと、派手に動いた時に下着が見えたりしない?」
「そうかもしれないけど、今更遅いわよ」
どうやら小百合は、下着が見えるの上等でやるらしい。
「そうだ、そこの男子二人! 芥木くんと旧海くん!」
小百合が、芥木くんと旧海くんに声をかける。何のつもりかしら。
「何?」
二人の声がハモる。
「後で飲み物おごるから、あたしの頼みを聞いてくれるかしら」
広場の中央に、ダンボール箱を頭から被って突っ立っている男子が二人――芥木くんと旧海くんである。
小百合が、その辺から拾った木の枝を使って、二人の周囲に線を引いていく。
「これでよし」
小百合は男子二人をネットに見立てて、バドミントンのコートを作り上げた。どこからか「これだから三次元の女の子は」という声が、聞こえてきた気がする。
わたしと小百合が、男子二人を隔てる形で、コート内で
小百合がシャトルを打った。シャトルは男子二人の上を山なりになって飛び越え、わたしのいるコートに向かって飛んできた。
わたしはシャトルを打ち返した。シャトルは男子二人の上を飛んで行った。そこで小百合は少しだけダッシュした後に高くジャンプしてスマッシュを決めた。シャトルはダンボール箱を被った男子に当たらないようにして、わたしのいるコートに鋭く突き刺さった。
小百合は素直に重力に従って着地した。この時、下の方から上昇気流が吹いたかのように小百合のスカートがめくれ上がった。早速、下着が見えてしまった。下着の色は
コートの外の方では、蓮の顔が赤くなっている。蓮も目のやり場に困っているだろうな。女子であるわたしも赤面しそうだ。ちなみに、ダンボールを被っている男子の表情は、さすがにうかがえない。
「甘いわ、葵」
これ以降も、わたしは小百合を相手にシャトルを打ち合った。相変わらず小百合は強かった。わたしはシャトルを全力で追いかけたにも関わらず、何回も打ち漏らしてしまった。
「そろそろ休憩にしましょうか、葵」
小百合が休憩の声をかけてきた。わたしは息を切らしていたので、ちょうどいいタイミングだ。
わたしたちは休憩を取った。
「今度は麦穂星くん、あなたの番よ」
「え!? ぼく?」
蓮は驚いた顔をしている。
「そう。これからも葵の相手をするんでしょうから、少しは練習しておかないとね」
小百合が、その顔に笑みを浮かべた。
芥木くんと旧海くんが、再び広場の中央に行き、ダンボール箱を被る。
先程のわたしと同じように、蓮が小百合と対峙する。
蓮がシャトルを打った。シャトルは男子二人の上を飛び越えていく。
この時、小百合の目がキラリと光ったような気がした。
次の瞬間、小百合はシャトル目掛けてダッシュし、タイミングを合わせるかのようにジャンプした。そして、あのイナズマのようなスマッシュを打った。今度も見事に決まった。
先程と同じように小百合は着地。今度も局地的な上昇気流によって、スカートがめくれ上がった。蓮の顔がまた赤くなる。
小百合の凶悪なスマッシュ。その速さと鋭さは言わずもがな、今回限りかもしれないけど、男子にとっては、もう一つの意味でも凶悪である。どういうふうに凶悪かは、あえて述べない。
小百合と蓮はシャトルを打ち合う。予想はしていたけれども、蓮の方が分が悪い。蓮の必死さは伝わってくるのだが、小百合の強烈なスマッシュに圧倒されている。
「もっとしっかりしなさいよ! 麦穂星くん!」
小百合が蓮に
豆腐屋さんのラッパの音が、聞こえてきた。太陽は西の地平線に、ほとんど沈んでしまっている。
「そろそろ、おひらきの時間ね」
小百合が、みんなに声をかける。
公園には自動販売機がある。小百合は、そこに向かっていった。
小百合は両手に缶を持って、こちらに来ると、缶を芥木くんと旧海くんに渡した。缶を見ると、オレンジジュースのようだ。
「二人とも、今日はありがとうね」
「……どういたしまして」
ハモりながら言う芥木くんと旧海くんは、どちらもむすっとした顔をしている。長いことダンボール箱を被り続けていた二人の心境やいかに。
「葵、それと麦穂星くん」
「何? 小百合」
「何だい」
「あなたたち、もっと堂々としていてもいいんじゃない? 人目を気にしているふしがあるけど、人を見下したり変な噂を立てたりするような人たちは、クソくらえよ」
「……」
わたしは黙ってしまった。言うは易し行うは難し。そうするには勇気がいる。蓮も同じこと考えていると思う。
「無理にとは言わないわ。だけど葵、あたしには隠し事しないで欲しかったな」
「……うん、ごめんね」
「謝る必要はないわ。それと麦穂星くん……葵を泣かしたら、承知しないからね!」
小百合がビシッとした口調で蓮に言った。
「ああ、わかった」
蓮は小百合の言うことを受け止めたようだ。
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