第17話 『文芸部漫画部共同作品集』を読む

 文化祭は楽しかった。わたしのクラスの出し物は盛況だったし、他の出し物も面白かったり美味しかったりで楽しめた。そして、何よりも特設ステージでの有志バンドによるライブ演奏の凄さは圧巻だった。

 夕食と風呂を済ませたわたしは今、自室のベッドの上で、ごろごろしている。

 わたしの手元には一冊の冊子がある。蓮からもらった『文芸部漫画部共同作品集』という冊子。

 せっかくのもらいものだし、とりあえず読んでみる。


 一作目は『半沢クリスト伯 ~勇者パーティーを追放された銀行員、島のダンジョンで核融合スキルを手に入れる~』……何だこの色々ごちゃ混ぜになったようなヘンテコなタイトルは。

 キャッチコピーは「やられたらやり返す、無限大に」だそうだ。復讐ふくしゅうものかしら?



 物語は、航海中の勇者たちが、Aランクの巨大モンスターであるクラーケンを倒したところから始まる。

 ――どうやら中世風ファンタジー作品のようね。ところで、モンスターにはランクがあるみたいだけど、どこの誰が格付けしているのかしら?

 クラーケンを倒したのはいいものの、船は破壊され、救命ボートがいくつか流されてしまった。

「救命ボートは四つか。現在、我々のパーティーは五人。残念ながら誰か一人、ここに残らなければならない」

 パーティーのリーダー格である勇者マョマトは、パーティーメンバーに言った。

 ――マョマト……どうやって発音すればいいのかしら?

 ――言いにくいし、以降は勇者としよう。

 勇者以外のパーティーメンバーは、メンバーの盾となって活躍するマッチョな戦士のシールドン、攻撃や破壊の魔法を得意とする女性黒魔術師のクローマ、治癒魔法を得意とする女性聖職者のクレリッカ、金策の専門家である銀行員の半沢クリスト伯……

 ――なぜ、ここで銀行員?

 ――伯ってことは伯爵なの?

 ――人物の名前そのものについては、あえて触れないでおこう。この人物が主人公らしい。

「そこで、半沢クリスト伯、君に残ってもらう事にした」

「何故、私が?」

「そんな事もわからないのか? 単刀直入に言うと君が役立たずだからだよ」

「そうそう、戦闘では敵にかすり傷程度のダメージしか与えられないし」

「物理攻撃はからきしですし、かといって呪文の方もいまいちですし」

「こいつがいるおかげで、戦闘が無駄に長引くしな。わざわざ、かばってやるのが馬鹿らしくなるぜ」

「そういう事だ。それと、半沢クリスト伯」

「何だ?」

「君の装備品を全て我々によこせ。元々、我々が稼いだ金で買い与えたものだしな」

 ――誰か一人残らなければいけないというのはともかく、勇者たちの態度が横柄すぎない?

 ――「装備品をよこせ」というのは、少しでも身を軽くして沈みゆく船から生き残りやすくするという配慮……ではないね。

「……わかったよ」

 半沢クリスト伯(以下、主人公)は、装備品のゴールドロッド、ゴールデンローブ、ゴールドリングを勇者たちに渡した。

 ――名前からすると金ピカで何だか高そう。どういうものか、あまり描写されていないけど。

 かくして、勇者たちは救命ボートで脱出し、主人公は沈みゆく船に残されたそうな。


 沈んだものと思われていた船は、嵐によって謎の島に漂着した。

 船に残された主人公は……生きていた。

 ボロボロの船の中には、メンバーが売り忘れた備品が、いくつかあったので、主人公はそれらを装備した。

 装備品はショートソード、レザーアーマー、レザーシールド。

 ――武器や防具に関する描写が、ほとんど無いけど、とりあえず、たいした装備ではないということは伝わってくる。

 主人公はステータスウィンドウをオープンした。

 ――これ、ゲームの世界の話なの?

 ショートソードが攻撃力+5、レザーアーマーが防御力+3、レザーシールドが防御力+2。

 ――ああ、ここで、たいした装備ではないということが、数値という形で描写されるのか。

 また、船の中には薬草類もあったので、主人公はそれらも持ち出した。


 島には謎のダンジョンがある。特に何もすることの無い主人公は、そこに入っていった。

 ――普通は無人島らしき島に漂着したら、助けを求めたり、あるいは、生き残るために食料を確保したりしそうなものだけど?

 主人公はモンスターを倒しながらダンジョンの奥の方に向かう。ここに登場するのはスライム、ゴブリン、クソザコナメクジ等、Fランクのモンスターばかり。モンスターのランクはFが最低なので、最弱クラスのモンスターということになる。

 ――いくら弱いとはいえ、クソザコナメクジというネーミングは、ちょっとひどくない?

 ところで、この作品の世界のモンスターたちは、なぜかお金を持っていて、主人公がモンスターを倒すたびに、お金がどんどん手に入るようになっている。ほとんどゲームの世界と考えていいかもしれない。

 モンスターを倒した時にもらえるお金は、通常ではスライムが2ザマー、ゴブリンが5ザマー、クソザコナメクジが1ザマー。ザマーというのは、お金の単位。けれども、主人公の場合、銀行員特有の金策というスキルのおかげで、モンスターを倒した時のお金が、通常よりも大幅に多くなる。その量は主人公のレベルに依存。例えば、現在の主人公がスライムを倒すと4ザマー手に入る。ちょうど二倍。このスキルは主人公がパーティーにいるだけで常時発動する。

 ――わたしの知っている銀行員と違う。

 幸い、モンスターがあまり強くないということもあって、主人公はダンジョンの最深部に難なく辿り着く。すると、そこにはCランクのモンスターであるレッサーヒドラがいた。

 ――ああ、ここのボスね。けれども、名前にレッサーが付いているあたり、通常の個体よりも弱い気がする。

 それでも、このダンジョンの他のモンスターよりも格段に強い。たくさんある蛇の頭が、次々と攻撃を仕掛けてくる。いくつかの技で応戦するも、歯が立たない。この攻撃で、主人公は大量の薬草を消費してしまった。主人公は窮地に陥った。

 主人公は、ここで改めてコマンドウィンドウを確認する。すると、呪文のコマンド一覧に「トルネードブレード」という呪文があった。主人公は、なけなしのMPを消費して、この呪文を唱えた。

 ――MP……マジックポイントの概念まであるのね。

 竜巻と共に真空の刃がレッサーヒドラの首に次々と襲いかかった。レッサーヒドラの首は、全て吹っ飛んだ。主人公はレッサーヒドラを倒した。主人公は、お金を300ザマー手に入れた。

 レッサーヒドラのいた所には扉がある。主人公は開けてみようとしたが、開かなかった。

 主人公はレッサーヒドラの死体の周りを調べてみた。すると、鍵束が見つかった。

 鍵を使って、その扉を開けると、中には一人の美しい女性がいた。女性の名前はニュークレッデ。ニュークレッデ(以下、美女)は核融合というスキルを極めていて、助けてもらったお礼に、それを主人公に伝授するとのこと。

 ――核融合ねえ……ファンタジーの世界らしからぬ言葉だけど。もしかしたら、スクウェア・エニックスの大ヒットRPG、ドラゴンクエストシリーズに登場するイオナズンの呪文みたいなものかしら?

「この島には大量のウラン鉱石があります。これを使って、原子力船を作りながら、スキルを習得していきましょう」

 こうして主人公と美女は、集めた材料で原子力船を作って島から脱出し、彼女の故郷に向かった。

 ――原子力船?

 ――ほとんどゲームの世界とはいえ、曲がりなりにもファンタジーの世界なのに、原子力船?

 ――何この展開……


 主人公は美女と共に彼女の実家に向かった。彼女の実家は豪邸だった。彼女の父親は主人公を歓迎した。

 ここに住まわせてもらうことになった主人公は、美女と共に冒険者ギルドから適当なクエストを引き受け、スローライフを満喫していく。

 ――クエストというのは冒険を伴うお仕事のこと。ますますゲームじみている。

 主人公たちはスローライフの一環として、原子力発電所を作り上げ、さらに主人公の金策スキルの影響もあって、お金をがっぽりもうけることになる。

 ――ええっ!? 原子力発電所!?

 ――何なの、この話!?


 一方、魔王討伐を目指す勇者パーティーは、冒険がなかなか進まず、困り果てていた。冒険が進まない原因は金欠。装備を買うにしても、やたらと高価。しかも、モンスターから入手できるお金もさっぱり。

 主人公をパーティーから外したことが、金欠の原因なんだけど、プライドの高い勇者たちは、なかなかそれを認めない。

 主人公が持つ金策スキルは、モンスターを倒した時のお金のみならず、装備品等の購入金額にも影響する。金策スキル発動中は、大幅に安い値段で購入できる。もし、今の主人公がパーティーにいれば、半額で購入できる。

 ――これ、けっこう有用なスキルじゃない?

 ――あの時、勇者が主人公を見捨てたのは、苦渋の決断だったのかしら。描写から、それはうかがえなかったけど。

「仕方ない、あの手を使うか」

 勇者パーティーは、ある所へ向かった。


「ニュークレッデ、あの連中が来るぞ」

 美女の父親は水晶玉を覗きながら言った。この水晶玉には不思議な力があって、これを見ると、来訪者がわかるそうだ。

 あの連中とは以前、美女を誘拐し、人質にして恐喝してきた連中のこと。そう、あの連中によって、彼女は島に幽閉されていたのだ。

「ここは私が穏便に済ませるから、お前達は隠れていなさい」

「わかりました。お父様」

 主人公と美女は屋敷のどこかに隠れた。

 美女の父親が言っていた連中が、やって来た。主人公が、こっそりと彼らの顔を見ると、驚くことに彼らは主人公を見捨てた勇者パーティーであることがわかった。

 ――勇者って悪人だったの!?

 ――勇者って一体……

 美女の父親が、お金を渡すと勇者パーティーは屋敷から出て行った。

 主人公不在の勇者パーティーは、お金に困ったら、またここに来る。もし、美女がここにいることがわかったら、また誘拐しかねない。

「……そうはさせない」

 主人公たちは、勇者パーティーが再び訪れた時のための準備を始めた。


 美女の父親から手に入れたお金で新しい船を入手した勇者パーティーは、ある島を訪れていた。美女をダンジョンに幽閉していたあの島である。勇者パーティーは、主人公がパーティーに加わっていた期間も含め、長いこと島を訪れていなかった。だから、食料が尽きて人質が餓死していないかどうか気になって訪れたのだ。

 ダンジョンの中を確認すると、手懐けていたレッサーヒドラが倒された上、美女がいなくなっていたことがわかった。

 ――あのモンスター、勇者とグルだったのか。

 愕然とした勇者パーティーは、再び美女の父親の所に行くことにした。もちろん、美女を再び誘拐して人質に取るためである。

 ――どう見ても犯罪者。

 ――というか、この世界に警察のような組織、無いの?


 勇者パーティーは再び美女の父親の屋敷に来ていた。しかし、いくら呼び出しても、誰も現れない。

 勇者たちが剣技や攻撃呪文等で扉を破壊しようと思った時、扉が自動的に開いた。

 何かのわなかもしれないと、勇者は少しの間だけ考えたが、美女は是非とも人質に取っておきたいので、他のメンバーを連れて屋敷の中に入った。

 勇者パーティーが全員、屋敷の中に入ると、扉は勝手に閉まった。屋敷のあらゆる通路は、特殊な結界で封鎖されており、勇者パーティーは閉じ込められる形となった。

「やはり罠か!」と、勇者パーティーはめられたことに気付いたが、もう遅い。

 勇者たちのそばに、青い光を放つ謎の物体が現れた。その物体の形は、象の足に似ていた。

 ――象の足……チェルノブイリ原発のアレ?

 ――嫌な予感しかしない。

「何かしら、これ? 青く光っていて綺麗……」

「これ、高い値段で売れるんじゃね?」

 勇者たちが喜びの声を上げるも束の間、勇者たちは、がくんと床に膝を付けた。

「気分が悪い……」

 勇者たちは、その場に倒れてしまった。

「ぐあああああ……っ!」

 勇者たちは悲鳴を上げる。しばらくすると、勇者たちの姿はグロテスクなものに変わり果ててしまった。

 変わり果てた勇者たちが再び言葉を発することは無かった。

 ――悪人とはいえ、殺してしまったけど、これでいいの?


 は、あらかじめ主人公たちが用意しておいたものだった。核融合スキルで作り出したのだ。

 は膨大な量の放射線を放つ危険な物体である。なので、特殊な結界の中に閉じ込めておく必要がある。屋敷内の通路の随所に特殊な結界を張ったのは、そのためである。

 勇者パーティーの来訪を知った主人公たちは、勇者たちを屋敷の中に入れ、結界付きの専用保管庫にあったを空間移動系の魔法で送り込んだのである。


 勇者パーティー殺害後、を専用保管庫の中へ空間移動系の魔法で戻す。

 屋敷の入り口付近には、の放射性物質が残っているので、主人公たちはアンチハズマットのよろいを着ながら除染する。現実では大変な除染作業も、核融合スキルを極めれば短時間でできるらしい。

 ――何、このご都合主義。

 ――というか、アンチハズマットの鎧って、何なのよ。

 勇者たちの死体は除染した後に焼却。遺灰を海に流した。

 ――どこのサスペンスなのよ!

 ――そんなこと平気でできる主人公たちも怖いわ!


 魔王討伐を担う勇者パーティーは全滅した。そこで、主人公たちが魔王を討伐することにした。

 主人公たちは、ホーミング機能付き核弾頭ミサイルを作り上げた。ターゲットは魔王の居城。

 ――え!?

 主人公たちは核弾頭ミサイルを打ち上げた。核弾頭ミサイルは魔王の居城を目掛けて飛んでいき、見事に命中した。魔王の居城は大爆発し、居城内の魔物達は、魔王を含めて全滅した。

 ――核の力で解決かよ!


 主人公たちは王様からも民からも称えられ、幸せに暮らしたとさ。めでたしめでたし。


 原作・文      芥木 翌檜

 漫画        旧海 誠司

 スペシャルサンクス 麦穂星 蓮



 ……何、この作品。タイトルも変だけど、内容はもっと変だった。蓮の意図は「この作品の怪作っぷりを楽しんで」ということだろうか。

 他の作品も読んでみる。一組の男女がひたすらいちゃいちゃするだけの話、老人が運転するハイブリッドカーにはねられて死んだ主人公が別な世界で生まれ変わって英雄になる話等、中二病全開とまではいかなくても、若気の至りっぽい作品が多い。

 最後は矢追さんの作品。タイトルは『甘美なる六連星むつらぼし』……嫌な予感がする。矢追さんはこの前、蓮と鬼瓦くんをモデルにしたBL小説を書いていたし。

『甘美なる六連星』の内容は、日本一有名な六つ子男子のソフトBL。ソフトとはいえ、あまりにも恥ずかしい内容なので、わたしの口から語ることはできない。

 あとがきに「本当は、六つ子が乱交パーティーを開くというものにしたかったけど、先生に怒られた」と書いてある。怒られる前に書いていたものは、もっと恥ずかしい内容だったらしい。


 ……そろそろ歯を磨いて寝るとするか。蓮とSNSで話そうとしても、もう遅い。


 次の日、わたしは例の冊子について、蓮とSNS上で話した。

 わたしは「内容がヘンテコすぎて、ついていけない。特に銀行員と核融合の話」という感想を送信した。

 彼から「それはWeb小説界隈かいわいで流行っている『追放ざまぁ系』のパロディ」というメッセージが返ってきた。

 追放ざまぁ系というのは――

 舞台は主に、中世風というかゲーム風ファンタジーの世界。

 主人公は勇者パーティーに所属していて、縁の下の力持ち、もしくは特殊能力持ちである。

 しかし、パーティーのリーダー格の人――主に勇者――は、その働きや能力を認めず、主人公を追放してしまう。

 追放された主人公が華々しく活躍する一方で、主人公不在の勇者パーティーは、悲惨な目に遭う。

 ――こんな感じの話。

 彼曰く「追放ざまぁ系を書いている人は、ノウハウさえあれば『半沢直樹』とか『モンテ・クリスト伯』みたいな話を書きたいのでは」とのこと。

 池井戸潤の『半沢直樹』も、アレクサンドル・デュマ・ペールの『モンテ・クリスト伯』も、話だ。

 だから、書き手には復讐願望があるのではないかという話になった。例えば、嫌な上司に対してとか……

 ここで、ふと思った。彼は、かつてのいじめっ子に対して、復讐願望を抱いているのだろうかと。

 ……わたしは”あの男”に対して、復讐してやりたい。けれども、それは司法の役目だろう。

 司法といえば、こないだ家に来た”あの男”の弁護士。仕事とはいえ、あれには腹が立った。反省しています、本当は誠実で善良な人です、ですから示談を……冗談じゃない! あの時の卑猥なセリフから、そうは思えない。示談金なんていらないから、わたしの前に姿を現さないで欲しい。

 ……復讐か。ネガティブな話だ。

 わたしと彼はこれ以上、復讐願望の話はしないことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る