第16話 You must look at me eternally!

 わたしは校庭に向かうために校舎を出た。校庭の方を見ると、手を振っている執事服姿の男子がいる。蓮だ。

 人が多くて、ごちゃごちゃしているから、どこに誰がいるのか、わかりづらいのだけれども、蓮はすぐにわかった。今日は執事服という特徴的な恰好かっこうをしているし、それにあの可愛い顔立ちという組み合わせなので、結構目立つ。わたしは蓮の元へ向かう。

 蓮の元に辿たどり着いた。幸いにも周囲には、わたしの知っている生徒はいないみたいだ。彼は校庭中央にある特設ステージを指差した。

「葵、もうすぐ始まるから、見ていな」

 わたしはステージの方を見る。どうやら、有志バンドのライブ演奏か何かが、始まるようだ。

 ステージに四人の男女が上がってきた。

 一人目は獅子城さん。真紅のヘソ出しタンクトップに、真紅のタイトミニスカート、黒いブーツという出で立ちで、片手にエレキギターを持っている。ダイナマイトボディな上、露出が多い服を着ているのだから、セクシーなこと極まりない。

 二人目は鬼瓦くん。片手にエレキベースを持っている。

 三人目は大隅くん。シンセサイザーが設置されている所に向かっている。

 四人目は際玉浦次郎さいたまうらじろうくん。大隅くんと同じく鬼瓦くんの友達。逆立った髪と細い目が特徴の男子。ドラムセットが設置されている所に向かっている。

 男子三人はいずれも、裸の上半身に黒いジャケット、ジーパン、茶色いブーツという出で立ちだ。三人とも体格が良く、ワイルドな印象を受ける。

 全員が、それぞれのポジションにつくと、獅子城さんがマイクを手にして「You must look at me eternally!」とシャウトした。四人の演奏が始まった。

 獅子城さんが張りのある大きくて美しい声で歌い上げる。その声は校庭中に響き渡り、さながら女神様が天上からあらゆる人間に啓示を与えるかのようだ。

 鬼瓦くんがベースギターを演奏する。大地が震えるような力強い重低音でベースラインを刻んでいく。今にも怪獣が地底から出てきそうだ。

 大隅くんがシンセサイザーを演奏する。電子楽器ならではの幻想的な持続音パッド分散和音アルペジオが校庭中を美しく染め上げる。

 際玉くんがドラムセットを演奏する。シンプルな8エイトビート。しかし、テンポは非常に速い。線香花火のような細かさと鋭さを併せ持つハイハット、大地の響きをパワーアップさせるバスドラム、派手にスパークするようなスネアドラム、道化師の曲芸のように軽快なタム、校庭が爆発するようなシンバルでリズムを刻んでいく。

 以前、男子トイレから聞こえてきた「というか、一発ヤりてー」というセリフは、声からして際玉くんのものと思われる。これが同一人物とは。だからといって、わたしは際玉くんとヤりたいとは思わないけど。

 今、四人による演奏は大いに盛り上がっている。

 わたしの魂は、ステージ上の四人の演奏や歌声に奪われている。わたしだけではなく、校庭にいる他の人たちの魂も、同じように奪われているようだ。


 間奏に入った。獅子城さんの素晴らしいボーカルは一休み。その代わり、獅子城さんはリードギターの演奏に入った。

 獅子城さんの演奏は超絶技巧だった。手の動きのあまりの巧みさに、静電気が稲妻と化し、ステージから校庭中に落雷するようだった。

 四人の楽器演奏から発せられる様々なが空間を切り裂いたのか、そこから別世界が現れた。別世界はこちらに近づいてくる。校庭が別世界に飲み込まれる。

 空は極彩色に染め上がり、校庭の周囲には虹色の炎が揺らめいている。そして、ステージ上の四人は、一柱の女神様と三体の幻獣になっていた。女神様はヴィーナス、幻獣はそれぞれ、玄武、ガルーダ、ワイバーンってとこかしら。

 女神様が、わたしたちにささやく――貴方達は私を永遠に見つめなければならない――


 四人の演奏は大盛況の内に終わり、アンコールの声が次々と上がっている。

「葵、獅子城さんが以前言っていた『見ておれ男子共!』って、こういうことなんじゃないかな。要は、今のライブ演奏で男子を振り向かせる」

「……なるほど。今のだと、男女問わず振り向いている気がするけど。実際、とても素敵だったし」

 四人の演奏は本当に素晴らしかった。蓮の言う通りだとすると、振り向かせるために「ここまでするか!?」と思うけど。それはさておき感動した。

「そうだ、葵」

「何? 蓮」

「これ、文芸部と漫画部の共同作品。ぼくも少しだけ手伝っている。文章の修正とかスクリーントーン貼りとか」

 彼は、わたしに一冊の冊子を手渡した。冊子には『文芸部漫画部共同作品集』と書いてある。

「ありがとう」

 どういう作品が入っているのか、わからないけど、彼がわたしにくれるというので感謝した。

「暇があったら読んでみて」

「うん」

 とりあえず、家に帰ってから読んでみようと思う。



 蓮がクラスに戻るまで、まだ少し時間がある。

 わたしは彼と共に出し物を見て回ることにした。ただし、わたしたちを知っている生徒がいなさそうな所に限る。

 校庭の端の方には、いくつもの屋台が並んでいる。屋台の看板には、それぞれ個性があり、力強いデザインのものや、可愛らしいデザインのもの等、色々あるけど、どれも自己主張が強いという点では同じだった。

 焼きそば、お好み焼き、焼きとうもろこし、わたあめ、チョコバナナ等々、各屋台からは美味しそうないい匂いが漂っている。

 まず、ホットドッグの屋台が目に入った。三年生の出し物だ。とりあえず、わたしたちはそこに行ってみた。

「いらっしゃいませ!」

 元気よく声をかけたのは、調理を行っている女子である。上級生だからか、わたしよりも少し大人びた顔立ちをしている。どこかで見たことがあると思ったら、わたしたちのクラスに客として来ていた人だ。彼女は蓮を見るなり「きゃ~」という嬌声をささやかながらも上げた。しかし、わたしを見るなり眉を八の字にした。と思ったら、眉を逆八の字にした。何なのかしら、この人。

「ホットドッグを二つお願いします」

 わたしたちはホットドッグを注文した。わたしの分と彼の分、それぞれ一つずつである。

 少しだけ待つと、彼女は、わたしと彼にホットドッグを差し出した。この時、彼女がわたしを見てニヤニヤしていたような気がした。

「いただきま~す」

 わたしと彼の声がハモる。

 美味しい……あれ? 何だか鼻がツンツンする……

「蓮、このホットドッグ、美味しいことは美味しいんだけど、鼻がツンツンしない?」

「そう? ぼくのは、そんなことないけど」

「そうか……わたしのだけマスタードの量、間違えたのかな?」

「どうする? 少しだけ食べてしまったけど、交換する?」

 わたしは一瞬、絶句してしまった。それって間接キスになるのでは? 前の方を見ると、ホットドッグを差し出した女子が、唖然としている。

「……もし何だったら、ぼくが口を付けた所は、捨ててもいいよ」

「交換しなくていい。最後まで食べるから」

 わたしはホットドッグを食べきった。美味しかったけど、鼻が痛かった。


 今度はタピオカミルクティーの屋台に向かう。こちらは一年生の出し物だ。わたしたちは、ここでタピオカミルクティーを注文した。応対したのは、顔にあどけなさが残る男子だった。

「美味しい~」

 タピオカミルクティーは甘くてまろやかだった。タピオカのもちもちとした食感もいい。隣の蓮も美味しそうに飲んでいる。

「お二人さん、もしかして、二年三組でメイド執事喫茶をやっている方々ですか?」

 男子が聞いてきた。

「そうだけど」

 また、わたしと蓮の声がハモった。

「あそこに美人のメイドさんが、いたなって。女子の中では背が高めで、髪にウェーブがかかっている人です」

 小百合のことだ。男子は顔を少しばかり赤らめている。小百合のことを考えているのかしら。


 こうして、わたしと蓮は、いくつかの出し物を楽しんだ。

 そろそろ蓮がクラスに戻る時間だ。

「それじゃあ、ぼくはクラスに戻るから」

「頑張ってね、蓮」

 わたしは蓮に向かって手を振った。


 蓮がクラスに戻って程無くしてから、わたしのスマホが鳴った。小百合からメッセージが届いている。

「葵、今どこ?」

 わたしは彼女に「昇降口」というメッセージを送信した。すると、彼女から「今、行くから待ってて」というメッセージが届いた。

 少しだけ待つと、メイドの格好をした彼女が、蓮と入れ替わるように、わたしの所にやって来た。

「お待たせ」

 この後、わたしは彼女と共に色々な出し物を楽しんだ。

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