第15話 クラスの出し物
――文化祭当日――
「お帰りなさいませ! ご主人様」
黒い膝上丈ワンピースに、白いフリル付きエプロン、白いフリル付きカチューシャ、黒いハイソックス――いわゆるメイド服――を身に着けた女子が、わたしのクラスにやってきた男子たちを、はつらつとした声でもてなした。小百合である。
「誰だ、この可愛い娘!」
「箱根さんだよ」
「もしかして、あのバドミントン部の部長の?」
「そうだよ」
「しっかし、綺麗だなあ。しかも、ナイスバディ」
わたしたちのクラスにやって来た男子たちが、次々に
エプロンの
このメイド服はレンタル品。数日後にレンタルショップに返却する予定である。
わたしのクラスの出し物は、メイド執事喫茶。女子がメイド服を、男子が執事服を着て、おもてなしをするというもの。店の名前は「メイド執事喫茶サマーアイリス」である。季節は既に秋だけど、サマーアイリス。なぜなら、担任の先生の名前が由来だから。
注目を浴びるのは、小百合だけではなかった。
わたしのクラスに女子が数名入ってきた。見た感じからすると、上級生かと思われる。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
黒いスリーピース・スーツ――執事服――を着用した男子が、女子たちを恭しくもてなす。
「きゃ~」
「誰!? この子」
「何か可愛くない!?」
「ジャニーズ・Jrみたいで素敵!」
「こんな子いるなんて聞いてないよ~」
女子たちが、ひそやかながらも嬉々とした
もてなしたのは蓮である。執事服をビシッと着てもてなす蓮は、想像以上にモテるみたい。蓮がわたしの家に来た時、お母さんがやたらとニコニコしていたし、案外こんなものかもしれない。
ワイシャツとスカートにエプロン、三角巾という姿のわたしは、ホットサンドプレートやコーヒーメーカー等を前にして、調理を行っている。そのせいか、調理スペースでは香ばしくていい匂いが漂っている。
メニューはホットサンドとコーヒーと紅茶で、次のようになっている。
ホットサンドはハム&チーズとシュガーバターの二種類。
コーヒーはブレンドとアメリカンの二種類で、砂糖やミルクの有無を指定可能。
紅茶は砂糖の有無の指定と、ストレート、レモン、ミルクの選択が可能。
これらのメニューは教室外の入り口付近にある立て看板にも書いてある。
わたしは調理担当。家庭科が割と得意というのもあるけど、小百合や夏長先生の計らいもある。
性被害に遭ったわたしにメイド服を着させて接客させるわけにはいかない、という計らいである。ありがとう小百合、夏長先生。
確かに、やってきた男性客――男子生徒、OBと思われる男性、近所の住民と思われる人たち――の視線はメイド(服を着た女子)に行きがち。特に小百合への集中ぶりはかなりのもの。小百合がセクハラされないか心配である。
机を複数くっつけてクロスで覆うことによって作り上げたテーブル。それを囲むようにしてOBと思われる男性客たちが座っている。
「お食事をお持ちいたしました。ご主人様」
小百合が、OBと思われる男性客たち宛てに、ホットサンド数個をお盆に載せて持ってきた。男性客たちは一斉に鼻の下を伸ばす。
その一方で、蓮への視線の集中ぶりも相当なもので、こちらは女性客のものが中心である。
「コーヒーをお持ちいたしました。お嬢様」
蓮が、近所の住民と思われる若いOLらしき女性客宛てに、コーヒーをお盆に載せて持ってきた。つい先程までテーブルに頬杖をついていた女性客は、顔を赤らめながら頬に手を付けて嬌声を上げる。
蓮が、こんなにモテるとは。女性客たちが、きゃあきゃあ言っている。この様子を見ていると妙にイライラしてきた。なぜ、こうもイライラするのかは、わからない。もしかして、これが嫉妬というもの? 蓮は、わたしの彼氏というわけではないのだが……
ここは冷静にならなければ。注文は、どんどん来る。
メイド執事喫茶の出し物は、想像以上に好評だ。メイドの格好をした女子たち、執事の格好をした男子たち、みんなが健闘している。特に小百合と蓮の集客力は、相当なものだろう。わたしも頑張らなくては。
ここで、わたしは不思議なことに気付いた。蓮に興味津々な女性客は、上級生か下級生、校外の人間のいずれかであり、同学年の女子は、蓮のことは眼中に無いみたいである。
同学年の女子なら蓮がどういう子か多少なりとも知っている者が多い。しかし……
蓮のオタク趣味、サブカル好きが、そんなに嫌なのかな、とわたしは思う。
――そんなことを考えていた時、女子が数名入ってきた。桜とその友達だ。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
蓮が恭しくもてなした。
「ただいま戻りましたわ。早速、彼女らに
桜が、お嬢様っぽいセリフを言う。その口調は、いかにもわざとらしい。
「かしこまりました」
蓮が桜たちをテーブルに案内する。友達が、くすくすと笑っている。それにしても、桜は妙にノリノリな様子。文化祭だから、お祭り気分なのかしら。
桜は、わたしや蓮と同じ学年。クラスが違うとはいえ、隣だから、少しは蓮のことを知っていそうだと思うけど、蓮のもてなしに、やぶさかではないのが気になる。
蓮が桜たちの注文を受け取ると、わたしはそれに従って調理した。
「お食事をお持ちいたしました。お嬢様」
蓮が桜たちに料理を差し出す。
「ご苦労さまですわ」
「ちょっ、桜ってば」
桜たちは相変わらず楽しそうだ。桜も、なかなかの美少女。美少年執事と美少女お嬢様、これは絵になると
「ごちそうさま。アタシは満足ですわ、おーほっほっほ!」
桜たちは食事を終えた様子。食器類は見事に空っぽだ。
「桜ってば~、もういい加減にしときなよ」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
桜たちが教室を出る。ここに、ほっとする自分がいる。この時、蓮がわたしと同じように息を吐く様子を見て取ることができた。
小百合が蓮に何やら声をかけている。
「麦穂星くん、そろそろ自由に行動していいわよ」
「わかった。それではお言葉に甘えて」
彼の自由時間が来た。彼は、これからしばらく自由に行動できる。彼のことだから、文科系の出し物をあちこち見学してくるのだろう。
彼は教室から出て行った。すると、どこからか、ひそひそ話が聞こえてきた。
「ウケるよね~。麦穂星くんがモテてるの」
「そうそう、何も知らない女子が、やたらときゃあきゃあ言ってんの」
「麦穂星くんのキモオタっぷりを知ったら、どんな反応するんだか」
「きゃはは、見てみた~い」
聞いていて気分のいい会話ではない。教室の隅の方を見ると、メイドの格好をしながら雑談に興じている二人組がいる。どちらも背は低め。根多米さんと沖猿さんだ。
こういう子たちがいるから、人前で彼と堂々と付き合うことが、できないのかもしれない。この程度の愛なのかというのは愚問である。わたしと彼は恋人同士ではない。けれども、友達としては付き合いたいのである。少なくとも、わたしはそう思っている。ちなみに、彼がわたしのことをどう思っているのかは、よくわからない。
「麦穂星くんで思い出したんだけどさ~、なんで、日和塚さんって、メイドの格好しないんだろうね。うちらより胸大きいじゃん。似合うと思うんだけど」
――!?
なぜ、ここでわたしの名前が出てくる?
そういえば、根多米さんの彼氏は大隅くん。蓮と鬼瓦くんが喧嘩した現場には、大隅くんもいた。大隅くんを通じて、蓮とのことを知ったのかもしれない。
……ところで、根多米さんたちの胸が小さい、というのは禁句である。
「箱根さんが先生にお願いしたらしいよ。そしたら、先生もOKしてくれたって」
「な~るほど、やっぱり例のアレがからんでるのかもね」
例のアレ……あの忌まわしい事件のことだろう。
「このメイド服、何気に胸が強調されるんだよね。また触られるのを警戒してるのかも」
ご名答。また同じような目に遭ったら……考えたくもない!
「あなたたち! 何、油売っているのよ! 忙しいんだから少しは手伝いなさい!」
「は~い」
眉を逆八の字にした小百合が現れて、二人に注意した。注意された二人は同時に無気力な返事をして、渋々と自分たちの仕事に戻ったみたいだ。
蓮がいなくなっても出し物は盛況である。ただ、女性客が少し減ったような気がする。
わたしは、これまで通り調理し続ける。すると、そこに小百合が現れた。
「葵、自由行動の時間よ。調理は他の子に任せて、思いっきり遊んでいらっしゃい」
「わかったわ、小百合。あなたも頑張って」
「ええ。後はあたしたちに任せて」
「それでは、いってきま~す」
わたしは教室を出て、他のクラスの出し物を見物した。
見物した出し物はダンスパフォーマンスと迷路。ダンスパフォーマンスは、みんな一生懸命練習したのか、キレッキレだった。迷路は、お化け屋敷のような怖いものではなく、おとぎ話のようなファンタジックで可愛らしいデザインのものなので、わたしも安心して楽しめた。
迷路の出口に差し掛かったところで、スマホが鳴った。
SNSのメッセージが届いている。
「校庭で面白い出し物が見られるから来て欲しい」とのこと。
送信してきた相手は蓮だった。わたしは教室を出て昇降口に向かう。
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