第14話 文化祭の準備

 一時限目は現代文。担当の夏長先生が出張でいないので、自習となっている。自習なので、問題集を解いていようが、文章や漢字の練習をしていようが、現代文の勉強になれば何をしてもいい。中には自習なのをいいことに、遊ぶ人もいそうだけど。


 ところで、わたしのクラスは女子が若干多い。だから、女子同士が隣り合って座っている場合もある。わたしが、その数少ない一例だ。

 わたしの隣に座っているのは矢追さん。眼鏡を掛けた背の低い女子。口数少な目で、何を考えているのかわからない子。ちなみに、わたしの名前のローマ字にYを付けると、彼女の苗字になる。なんだかな~。

 彼女がノートに何やら一生懸命になって書いている。文章を見る限り、何かの小説のようだ。どれどれ……

 登場人物は二人。

 一人目の特徴――

 やや小柄で目がくりっとした可愛い系美少年。

 もう一人の特徴――

 角刈り。イケメンだけど、強面で目つきが鋭い。大柄な体格。

 この二人が口論になって、殴り合いの喧嘩になるところから物語は始まる。

 ……登場人物の特徴といい、どこかで見たことのある展開だ。可愛い系美少年、強面、喧嘩……先週の蓮と鬼瓦くんではないか。一人が蓮で、もう一人が鬼瓦くん。矢追さんは、このことについて知っているみたいだ。どこで聞いたのだろうか。

 わたしは矢追さんが文芸部に所属していることを思い出した。同じ文芸部の芥木くんから話を聞いたのかもしれない。芥木くんなら喧嘩の現場にいたし、保健室での話も聞いていたから、このことを知っている。

 先週の出来事を元に小説を書くつもりかしら。まだ、先の展開は書かれていない。わたしは、しばらく問題集をやりながら待つことにした。


 再び矢追さんの方を見る。少しばかり話が進んだようだ。

 二人の喧嘩は終わり、互いに痛み分け。二人は仲直りする。

 ……だいたい先週のことと似ているけど、微妙に違う。わたしたちは出てこないし、保健室に行こうともしない。

 ここから先は、まだ書かれていないので、これまでと同様にして待つ。


 矢追さんの方を見る。話はさらに進む。

 二人は打ち解ける。仲良く会話した後、二人は服を脱いで裸になって同じベッドに入る。

 ……何でそうなるの? もしかしてこれ、BL?

 どうやら矢追さんは蓮と鬼瓦くんを題材にして、BLの短編小説を書いているようだ。蓮は言わずもがな。鬼瓦くんも並以上の容姿だし。他人から聞いたであろう話とはいえ、先週のことでインスパイアされたのだろう。


 矢追さんは、まだ書き続けていた。二人がくんずほぐれつしている様子でも書いているのかしら。今度はエッチな方の意味で。

 さすがに、四度目を見る勇気は、わたしには無かった。見たらきっと、顔から火が出るだろう。それだけ恥ずかしい展開になっているに違いない。

 矢追さんを見て思った。エッチな事を考えたいという点では、女子も案外、男子と変わらないのでは?

 鬼瓦くんたちは、わたしについてエッチな事を考えていたけど、矢追さんは蓮と鬼瓦くんについてエッチな事を考えていたのだ。



 蓮の怪我が治る。文化祭が終わる。月曜日以外の平日。この三つの条件を満たすまで、彼との公園での活動は無し。とどのつまり、三週間は公園での活動が無いということ。このことについては、彼とSNSで連絡済み。

 文化祭が近づいてきているので、放課後は文化祭の準備をする。器具の準備をしたり、衣装を貸してくれる所を探したり。さすがに、食材の買い出しはまだ先。文化祭の出し物が何なのか、それは見てのお楽しみである。

 文化祭だけではなく、中間試験も近づいており、こちらは今日から一週間後。そのため、文化祭の準備は中間試験が終わるまで少しずつしかやらない。なので、クラスを出る時刻は、いつもより少し遅い程度である。

 余程のことが無い限り、部活は定期試験の一週間前から停止する。そこで、放課後、文化祭の準備を少しだけやったら、図書室に行って小百合たちと勉強。ただし、とっぷり日が暮れて暗くなってしまう前までには、家に到着しておきたい。

 彼と交流する機会は激減。何だか寂しい。彼が鬼瓦くんと喧嘩した時は、他人の目の前でも彼と話すことができた。それは火事場の馬鹿力みたいにたがが外れたからかもしれない。けれども、日常に戻ってしまうと、結局話すことができない。クラスメイト――それも彼が喧嘩した時にいたメンバー以外――が、いるのならなおさらだ。


 帰宅したら今度は自分一人で中間試験の勉強をする。もっとも、一日中やっているわけではなく、時々息抜きもする。

 夜、ベッドに寝そべりながらスマホを片手に蓮とSNSでやり取りする。

「蓮、反省文はどうだったの?」と送信。

「OKもらえた。先生もぼくのことを許していた」というメッセージが届く。

「よかった」と送信。

 他に彼とは中間試験のこと、文化祭のこと、あるいは雑談等、様々なメッセージのやり取りをした。彼との交流はこれだけ。学校でも堂々と付き合うことができればと、つくづく思う。

 小百合は、わたしと彼について、どう思っているのだろうか。小百合は、この前のわたしと彼のやり取りを見ていた。少なくとも、何らかの関係があることくらいは、認識しているはず。



 あれ以来、鬼瓦くんたちは、わたしの話をしなくなった。獅子城さんに雷を落とされて、大人しくしているのかもしれない。

 しかし、鬼瓦くんたちが話さなくなったところで、わたしに対するエッチな話が完全に無くなったわけではなかった。

 廊下を歩いている時、他のクラスと思われる二人の男子から、こんな会話が聞こえてきた。

「日和塚って、どんな娘だ? 確かクラスは三組だっけ?」

「だったと思う。ま、俺もどんな娘か、よくわかんねーけど。とりあえず、痴漢に狙われる程度にエロい体してんじゃね?」

 軽く寒気がした。他のクラスの男子も同じようなことを考えていたなんて。

 わたしは急いで、そして静かにその場を離れた。



 中間試験が終わった。九月に何日も欠席していたからか、結果はいまいちだった。けれども、赤点は無かった。これがラッキーなのか、そうではないのか、微妙なところである。

 これから文化祭の準備が本格化する。けれども、夏長先生の配慮のおかげか、わたしは日が暮れる前に帰路に就いていいことになっている。なので、わたしはその配慮に甘えることにした。遅くまで準備している子には悪いけど。

 わたしは買い出しに行き、食材の調達等を行った。帰宅時刻が遅くなりすぎないよう、時間を考えながら作業を行った。

 わたしだけ帰宅が早いけど、責めるクラスメイトはいなかった。陰口を叩かれているかどうかは知らない。

 クラス全体でやる出し物は、決まっているけど、皆が皆、同じ出し物の準備をしているとは限らない。例えば、文化部の子はそちらの準備に勤しんでいるし、鬼瓦くんたちのように有志で出し物をやる人もいる。

 ちなみに、蓮はクラスでの準備の他、文芸部や漫画部の手伝いもしているらしく、大わらわの模様。彼は文芸部では文章校正、漫画部ではスクリーントーン貼りやベタ入れをしているとのこと。いつものSNSのやり取りで知った。



 こうして、文化祭の準備は着々と進んでいった。

 蓮の怪我は、とっくの昔に治っていた。傷や痣が残らなくてよかった。これで、彼はクラスの出し物で、役割を果たすことができるだろう。どのような役割か、それは文化祭でのお楽しみということで。

 十月最後の土曜日は、いよいよ文化祭だ。

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